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佐藤の紹介

二話です。主人公佐藤の話です。

 佐藤の厨二病が治ったのは中学三年の頃であった。


 それは何てことのない些細な事がきっかけであり、誰にでもありそうな話でそれほど特別な事でもないものであった。


 ある日、佐藤は眠れず、深夜にテレビをつけた。

 ついたテレビに映ったのは宇宙を題材にした教育番組がちょうど始まろうとしている所であった。


 佐藤はこれに興味を示した。


 当時、厨二病の佐藤にとって宇宙という広大な世界とは心くすぐる存在であった。


 佐藤はどんな能力が最強なのか、かっこいいのか、また弱そうな能力も使い道によっては強くなる。といった能力についての妄想が多かった。その千を超える能力の中にいくつかは宇宙を破壊出来る程の力がある能力もある。しかし、宇宙自体について知っている事はほとんどなく。巨大、空気がない。それくらいの単純な知識しか持っていない。


 番組の始まりは一人の少年が笑顔で立っており、そこから少しずつズームアウトしていき、次第に地球の全体が見え、太陽系、銀河系、宇宙の一部を映した映像と共に宇宙にはまだ謎がたくさんあるといった内容のナレーションが流れた。


 この時は、佐藤はまだ興奮していた。「宇宙は神秘的なんだなー!」くらいの感想を抱いていた。


 しかし、その後すぐに佐藤の心に変化が現れる。


 初めにその番組の解説は地球から月までの距離がどのくらい離れているのかを説明した。

その距離は地球を十週するよりも少し短い距離にあると聞いて、それくらいら一瞬で着

く事が出来ると妄想の中の自分に重ね合わせて佐藤は楽しんでいた。だが、この時すでに楽しみながらも佐藤の中で焦りに似た感情を微かに感じ始めていた。


 月の次は惑星との距離であった。地球から火星まで最短で約4200万㎞、月までの距離の約百倍。


 既に佐藤は妄想をもう辞め、テレビに食い入るように見つめていた。


 太陽までは1億5000万㎞、新幹線で行けば五十年、太陽系全体の大きさは45億㎞、光の速さでも4時間かかる。


 スケールが大きくなる毎に佐藤の鼓動は早くなっていき、冷や汗をかく。

 これ以上は見れば自分の何かが変わる気がしても佐藤はテレビの電源を切る事が出来ない。


 話はどんどん進む。地球が存在する太陽系が実は銀河という大量の星の集まりの中のほんの一部で、さらにその銀河でさえその広大な宇宙の一部でしかない、そして地球から観測出来る最も遠い星は128億8000万光年先にあると。


 光年を年月の単位と勘違いしていた佐藤は光年が何かをスマートフォンですぐに調べた。


 『光が一年で行ける距離を1光年とした単位』


 佐藤は光が速い事は知っていた。どこかで一秒で地球を七周半も出来ると聞いた事があった。凄い速いは凄いカッコいい、という、わかりやすい思考で佐藤は妄想の能力の速さは光の速度と比べて説明する事も多かった。


 妄想ならば光よりも速い技はある。しかし、現実においての絶対的な速さ頂点であり、速さの指標であった光が百億年以上かけなければたどり着けない場所がある。


 その事実は厨二病の佐藤、思春期の最中である少年の心に大きな傷をつけた。大人になってからでは取り戻せない、この時期のみ成長できる大事なモノを、この時、佐藤は落っことした。


 厨二病ならば、それほど宇宙が広大な事を知れば、それを糧に妄想の幅を広げられる事も出来たはずだが、佐藤にはそれが出来なかった。もう心は折られていた。


 容赦のない、無残で無慈悲な圧倒的なリアルに打ち殺されたのだった。

 宇宙の存在に完璧に佐藤の自尊心は踏み潰された。


 地球でさえ広く感じるというのに、日本の中でさえ行った事のない場所があるというのに、隣の町に遊びに行くにも遠く感じるというのに、近所の学校に行くのも面倒に感じるというのに。宇宙はあまりにも無限であった。

 妄想しているような能力が使えるようになるとは本気で思っていた訳ではない。力が覚醒したり、異世界に飛ばされたり、奇妙な事件に巻き込まれたりするとは思っていない。ハーレムだけは少し期待していたが。


 ただ佐藤は能力がなくとも、他人よりも特別な人間であり、大人になればきっと大物になるだろうと漠然と思い、自分は何物にもなれて何でも出来ると思っていた。


 楽しい人生であると。幸せな人生になると。最高な人生で終わると。


 だが、それは間違っていた。そう佐藤は悟った。


 自分は小さい。アリやミジンコなんてレベルじゃ測れないほど小さい。そんな世界で佐藤は自分をどうしても特別な人間だとは思えなかった。


 宇宙と比べれば誰だって人間の大きさと比べても原子にも満たない。それこそ佐藤だけが特別ではない。宇宙の広さを考えれば佐藤が住む地球ですら取るに足らない無数の星の内の一つでもある。


 普通は誰も気にしない。


 それでも佐藤は自分が小さく弱い人間であると心が完全に傾いたのは彼が厨二病であったから。


 自分の妄想した最大級の力、宇宙すら壊せるはずの力を創造したはずなのに、宇宙は自分の想像をはるかに超えて大きい。


 妄想の中で最強であった能力全てが呆気なく敗れていき、妄想する事でつけた自信や強さが破れ落ちる。


 子供だからこそ持てた万能感が崩れさり、無力感が代わりに佐藤の心を満たした。

 輝いて見えた世界は灰色に、楽しみな明日が急につまらなくなった。

 未来の希望も将来の夢もどうでもいい。


 初めは食い入って見ていたテレビ番組も消し布団を被る。

 ベッドに寝転ぶと、無気力になった佐藤に気がついたように睡魔が襲ってきた。そして一切の抵抗をせず身をゆだね、眠りに落ちた。


 次の日の佐藤には特に変わった所は見えなかった。

 普通に起きて、普通に登校して、普通に授業を受けて、普通に笑って、普通に話して。

 何か気にした様子もなく友達に光年が年月の事だと思っていた事をネタにして話しをしたりしていた。

 何も変わらない日常であった。


 それもそうだ。昨日あった出来事は出来事というにはあまりにイベント性が薄い、ただ眠れない深夜にテレビを少し見たというだけなのだ。


 日常が変わる程ではない。


 ただ少しだけ、ほんの少しだ。妥協が多くなり、高みを目指さなくなり、限界を決め、目標を低くし、素直に諦めるようになり、


 生きる事に命を懸けなくなった。


 佐藤は高校に入る頃にはダラダラとした日々を過し特別な事もなく卒業した。

 そして現在、大学二年になった佐藤は


 今日もつまらない顔をしながら次の講義が始まるのを待っていた。


読んで頂きありがとうございます。

明日も21時に投稿する予定です。

感想お待ちしております。

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