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傷心の王女は敵国に嫁ぐ

作者: Aki

書きたくてババっと書きました。誤字脱字等はまた時間ある時に…!広いお心で読んで頂けると幸いです。

私はセルゲア国の第一王女、エレーナ。二十八歳。


セルゲア国と言えば、つい何年か前まで戦争真っ只中の危うい国で、いついつ滅びるのやらと諸外国にも思われていたであろうに、運良く終戦を迎え、運良く存続することができたまさに奇跡のお国。敗戦とならず、休戦となったのは本当に幸運としか言いようがない。


戦争の原因とかその経過とか、聞いてはいるがよく分からない。女は政治に口を出すな、というのが父王の口癖であったから、私も深くは突っ込まなかった。とは言え、敵国のことについては流石に知っている。我が国と戦っていたのはジルヴァーナ国。セルゲア国のすぐお隣の国だが、古来より仲が悪い。先祖の恨みは子孫がはらす!というのは、お互い掲げている目標みたいなものだった。


戦争に負けるかもしれないと私の周りの者達は日々右往左往していたが、私は至って冷静だった。どうせ死ぬ時は来るんだ。負けたら私達王族は命はないだろうが、ここは腹を括るしかないだろう。それが王族として生まれた者の運命(さだめ)だ。可愛い弟や妹たちだけは助かって欲しいとは思っていたが、父王が全て決めることで、私にはどうすることもできなかった。


そうしている内に戦争は終わりを告げた。国内が疲弊しているのは誰の目にも明らかだった。戦死者の数、増える税金、不満が蔓延する王宮。借金だけが増え、このままでは国は内部から滅びると父王もようやく理解を示したのだろう。苦渋の選択の末、ジルヴァーナ国へ休戦を申し入れた。


だがジルヴァーナ国も同じ状況だったのだろう、休戦の申し入れはあっさりと承諾された。そうして戦争は終わり、前線に出ていた兵士たちも戻り、ようやく国に春が訪れた。


さて、ここで私が表舞台に登場することとなった。


要は婚約である。私はジルヴァーナ国の王子の元へ嫁ぐ事になった。と言えば聞こえはいいが、人質としてジルヴァーナ国に行く事になったということだ。同時にセルゲア国の時期王位継承者である私の弟と、ジルヴァーナ国の王女との婚約も発表されたわけだから、人質となるのは私だけではないのだが…。


ジルヴァーナ国の王子と婚約、そして結婚と聞いてまず思った事は、「私なんかでいいのか?」ということだった。いや、可愛い妹達に人質になれと言うつもりは全くない。それだったら私が進んで行く。そうではなくて、私は二十八歳だ。嫁ぐにしては年齢がいきすぎているような気がするが…。ともあれ、父王の考えは私などには計り知れない。結局命令されたことに従うだけなのだ。


結婚することになる王子は、聞けばまだ二十歳だと言う。可哀想に…。私みたいな年増の女と結婚しなくてはならないとは。政治的には必要な事だろうけれど、年若い青年にはかなりきついだろうに。


鏡の中を覗きこめば、年相応の女がそこにはいた。年、とったなぁなんて自嘲気味に笑う。


私には好きな人がいた。いや、好きなんてものじゃない。愛していた。王女という立場のせいで公にはできなかったが、それでも心から愛した人がいたのだ。


出会ったのは私が十八歳の時だ。その人は父王の右腕的存在の宰相の息子であった人だ。名をフィリック。無口で無表情、何を考えているのか分かりづらい人だった。宰相の仕事を手伝っているということで、王宮にも出入りをしていることで私は彼の存在を知った。


フィリックはその時三十五歳。私とは一回り以上年の差がある上に、彼には奥さんも小さい子供もいた。それを分かっていたのに、私は彼を好きになってしまったのだった。


どうして惹かれたのだろう?無口で無表情だと思っていたのに、時折見せる笑顔にキュンとしてしまったとか…。さりげなく気遣ってくれたところとか。話してみれば私の知らない事を沢山教えてくれて楽しませてくれたところとか。気付いたら好きになっていた。堪らなく好きになっていたのだ。


嬉しかったのは、彼も私を好きになってくれたことだった。自分には奥さんも子供もいると、王女という身分である私とはどうにもならないこともよく分かっていると。それでも私を愛してしまったと言ってくれた時は、天に昇る気持ちだった。彼の愛妾になりたいと何度も思った。フィリックの奥さんと子供をどうにかしようなんて思った事はない。ただ、彼の傍にいたかったのだ。


フィリックとの関係は六年も続いた。その間に来た婚約話を色々と理由付けて断り続けた私は今から思うと何て馬鹿なのだろう。王族としての役目よりも、女として生きて行く事を強く望んでいた。


しかしそれは突然終わりを告げる。フィリックとの関係が父王の耳に届くまで、噂が広まってしまったのだ。私の部屋から帰って行くフィリックの姿を、王宮の者が目撃してしまった。長年続いた習慣は、いつしか私達の警戒心を薄れされていたのだろう。一人でもバレてしまったことは、破滅を意味していた。


けれどそれ以上にショックなことが私の耳に入れられた。フィリックは私以外の女とも交際を続けていると、侍女が教えてくれた。フィリックはあの年代の割には女性たちにもてるのだと、奥さんと子供がいるにも関わらず、女遊びが激しい男なのだと侍女は苦い顔で私に伝えた。


信じられなかった。フィリックは無口で無表情で、女の扱いが上手い方だとは到底思えなかったからだ。


「エレーナ様も、彼のギャップとやらにやられたんでしょう?」


と周りの者達に言われてハッとした。確かに、彼が時々見せてくれる笑顔に胸が高鳴ったのは事実。だとすると、私はまんまと彼にはめられたというわけか。


彼は私を、馬鹿な王女だとでも思って遊んでいたのだろうか。身体目当てだったのか?それともお金とか身分目当て?頭が真っ白になった私は何も信じられなかった。父王は「馬鹿な娘だ」と唸るように言い放っていた。フィリックに対する恋心は徐々に怒りに変わり始め、どうにかして懲らしめてやりたかったが、彼は王女に手を出した罪で王宮を去らざるを得なかった。自業自得、ざまあみなさいと思った自分がそこにいた。けれど、やはり心は泣いていた。


それから私は父王に放っておかれるようになった。今まで来ていた婚約の類の話はぴったりとなくなり、生涯独身の王女だと陰口もたたかれるようになった。私も自業自得だから、これも仕方ないと納得したものだった。


そこに舞い込んで来た今回の結婚話。


結婚というめでたい話の裏にある、人質として敵国に送り込まれるという事実。なるほど、私が選ばれたのは納得だ。男に弄ばれた馬鹿な王女の末路としてはむしろ有難いのかもしれない。しかし敵国の王子がとても可哀想だ。私みたいな、汚れた馬鹿な年増の女を妻に迎えるとは。せめて、せめて王子が心から愛する人を見つけた時は、邪魔をしないで王子の味方になってあげようと。こっそりと心の中で決意をしていた。


***



三ヶ月後という異例の速さで、私はジルヴァーナ国へ嫁いだ。とは言っても、結婚式等はもっと先だが。この国に早く慣れるようにということだろう。有難いのか、そうではないのかよく分からないが。


「エレーナと申します」


ジルヴァーナ国の国王や王妃、王子や王女、国の重鎮達、沢山の人々の前で頭を下げて自分の名を名乗る行為は流石に緊張した。高く結った髪はほつれていないか、ティアラは傾いていないか、ドレスは汚れていないか。いつもは気にしない事を気にしてしまう程、私はがちがちだった。


「よく来てくれた、エレーナ王女。我が国とそなたの国の永遠の平和の為、これからよろしく頼むぞ」


ざっくりとした言葉が国王からかけられると、私と結婚するであろう王子を紹介される。王子と会うのはこれが初めてだ。


「第二王子のイリヤだ。イリヤ、エレーナ王女を案内してやれ」

「……はい」


若干二十歳の若い第二王子・イリヤは、表情を崩さずに私の元に来て手をとってくれた。彼はとても綺麗な顔をしていた。フィリックは三十五という年齢もあって、どちらかと言うと渋い雰囲気があったが、イリヤ王子は美青年という言葉がぴったり似合う人だった。加えてすらりと伸びた身長、細そうだが鍛えられた体であることは素人でも分かる。ああ、これはフィリック以上に女性に人気があるはずだ。思えば思うほど、私と結婚させられて可哀想すぎる…。


イリヤ王子は何も話さなかった。むすっとした顔をしながら、私を謁見の場から連れ出し、部屋まで案内してくれた。そしてメイド達を下がらせると、厳しい顔のまま私に向き合った。


「改めて、エレーナ王女。イリヤと申します。最初に申し伝えておきますね。私はあなたの国に対してあまりいい感情は持っていないのです。ついこの前まで敵国だったのだから当然ですね…。そこは予め理解しておいて欲しいと思っております。そしてあなたと、政治的な論争はするつもりがありませんのでご了承ください」


まあ当然でしょうね。敵同士だったのだから。すぐに仲良くしましょう、という方が無理がある。


「あなたと上手くやっていけるか自信が正直今のところありませんが…。私はこの国の王子です。いずれ兄上を支える立場になりましょう。だから努力は致します」


厳しく言われたが、私は密かに感動した。なんていい青年なんだろうか。王族としての役目と立場を理解して、その責任を果たそうとしている。かつての私などとは大違い。思わず溜息が出てしまう。


「イリヤ王子、分かっておりますよ。あなたの言いたい事も。私に対して思うところも沢山あるでしょう。それを今すぐ、無理矢理どうにかしようなどと思わなくても大丈夫ですよ。ゆっくり、やっていきましょう。あなたの仰るように、私はあなたと政治的なお話をするつもりは全くありませんから、安心なさって」


私の言葉が意外だったのか、イリヤ王子は目を丸くさせた。


「…もう一つ言えば、あなたはこの王宮内で良く思われていないのです…。王も皆の前だから平和の為とか言っていましたが…」

「それも分かっています。私のことはどうでもいいですよ。適当に扱って下さいませ」

「いえ、適当と言われても…」

「元々、セルゲア国でもどうしようもない、お荷物王女でしたので。こうして生きる場所を与えられただけ満足です」


これは本音だった。フィリックとのことで、王女という身分と位を剥奪されてもおかしくはない…と言うか、あの過激な父王だったらその位のことはしそうだったのにそれをしなかった。それどころかこうして嫁ぎ先まで見つけて来てくれるなんて。人質だろうが元敵国だろうが、今の私にはどうでもいいことなのだ。


「イリヤ王子、初めに言っておきますね。もし心から愛する女性を見つけられたのならば、遠慮せず私にお伝え下さいね。私、心から応援いたしますから」

「は?」

「あなたはまだお若い。今は王子という立場から、ご自分の責任を果たそうと必死なのでしょうが…。そのうち、あなたは心から誰かを愛すると思います。その時はどうぞ、仰って下さいね」


伝えるべき事はちゃんと伝えた。王子には幸せになってもらいたい。そして王子が愛する女性も幸せになって欲しい。私のような想いをしないように…。



***



ジルヴァーナ国に来てから半年が経った。当初はイリヤ王子の言っていた通り、周りの者達の目は厳しく、「敵国の王女が諜報活動でもしてるのかしら」と陰口も叩かれた。それは国民も同様で、私の評判は「敵国の年増王女」だの「敵が送りこんで来たのは地味な王女」だのその他諸々。だがそんな事で傷付く私ではなかった。全て他人事のような、そんな気分で悪口が書かれたビラを眺めていた。


私にとってみれば、この国に来てからは穏やかな日々を送れていたと思う。確かに周りの者達は厳しかったが、でもここにはフィリックがいない。フィリックの知り合いもいない。それが一番大きい。結局、私の心はフィリックに未だ縛られたままなのだろう。だから彼がいないということが、私の心を穏やかにさせていた。


ある日のことだ。イリヤ王子が私の機嫌を伺いにやって来ていた。一週間に数回は私のところにやって来るは本当に律儀で王子の鑑だ。そんな彼がぼそっと聞いていた。


「あなたは…、その…。前に言いましたよね?私がもし誰かを愛したら、その時は言ってくれと」

「はい、言いましたね」

「その真意は一体どこにあるのです?私が愛妾を作り、そして子供が生まれた時は」

「その時は引退でもしましょうか。修道院で尼さんになる…はちょっと遠慮させて頂きましょう。信仰というものが全くないもので。のんびりと一人で暮らすのもアリですねえ」


イリヤ王子は眉をしかめて、異常なモノを見るような目で私を見つめていた。部屋の中にいた数名のメイド達も私の方をちらりと見ている。


「イリヤ王子はお美しいのですから、絶対に女性にモテますよ。数人囲ってもよろしいのでは?」

「囲うって…。人を何だと思っているのですか」

「あら。男性ってそういうものでしょう?何人も女性を相手にできるのでしょう?私の父王も、何人も愛妾がいましたよ」


イリヤ王子はそれに対して何も答えなかった。妙な沈黙が一瞬私達の間に流れたが、その空気が嫌で私は一人でしゃべり続けた。


「王子、私は何も望みません。王子の愛も、この国の人達から好かれることも。今はただ、こうして生きる場所があればそれだけでいいのです」

「……何も望まないとあなたは言うが…。あなたは最初から諦めているだけに見えるのですが」


そう言われてああ、と私は声を上げる。イリヤ王子はまた怪訝そうにした。


「成程!流石王子です。成程…私は諦めているのですね」

「…は?一体何だ…」

「そうですね…。イリヤ王子の仰る通りです。私は諦めているのですね…。ううん、諦めざるを得なかったと言う方が正しいのでしょうか」

「………」

「王女でなければもっと自由に出来たのかもしれない。でも私は王女だから諦めるしかない。一人を愛したくても、でもそれすら許されなかったから…諦めてしまった。裏切られたから、諦めるしかなかった。そうですね…私を一言で言い表せば、‘諦めた女’ですね…ふふふ、おかしい。今頃自分のことに気付くなんて」


気付いたらぽろりと涙が一つ流れていた。あれ?こんな時に、こんな所でどうして涙なんて…。


止めようと思ったが止まらなかった。ボロボロと涙は流れるだけ。どうして?どうして今頃涙なんて。


「エレーナ王女」

「…ごめんなさい…泣くつもりなんてなかったのに。みっともないですね…いい年して。どうかお忘れ下さいね」

「………」


イリヤ王子と周りの者達の視線を感じるが、涙は一向に止まらなかった。馬鹿な私。私って、まだフィリックの事が好きだったんだ。でもそれもそうか。六年も想い続けた人だもの。すぐに忘れるなんてことは出来なかった。裏切られていたと知っても、彼を好きだったんだ。どうしようもなく馬鹿な女。


そっと肩が抱かれた。いつの間にか、隣にイリヤ王子が立っていて私の肩を抱いてくれた。そして自分の胸の中に私をそっと抱き寄せてくれたのだ。


「…申し訳ない。あなたを傷つけるつもりは…」

「……王子のせいじゃありませんよ。私はただ、馬鹿な女なんです。王子のように、王族としての自覚も薄いです。駄目な奴なんです…」

「……」

「ただ一人の男を愛した女です…。どうしようもない男かもしれないけれど…でも好きだったんです。ああもう、何を言っているのか…すみません、どうか忘れて…」

「……そうですね。忘れます。だからあなたも…」


いえ、とイリヤ王子は一旦止めてから言葉を続けた。


「忘れる必要はありませんね。どんな経験をしたにせよ、無駄なことなんて一つもありませんでしたよ。人生って、そういうものでしょう?」

「…お若いのに年寄り臭いことを」

「よく言われます。私はどうやら年寄りめいたことを言うようで」


明るく言われたものだから、思わずぷっと吹き出しながら顔を見上げれば、清々しく笑ったイリヤ王子の顔が目に入った。


「初めてお会いした時も思いましたけれど、イリヤ王子は美形さんですね…」

「はあ、そうですか?自分じゃよく分かりませんが」

「ご謙遜を。女性に人気あるでしょう?」

「…それは近々私の妻になる人に言うべきことですか?」

「別に言ってもいいですのに…。前にも言いましたが、私は気にしませんよ。あなたがいつか誰かを愛するようになっても…」

「…そこまで物分かりがいいのも複雑なんですが」

「だって、男性ってそういうものでしょう…?妻がいても、他の女性と恋に落ちて…」

「………あなたが好きになった男は、余程碌でもない男だったんですね」


何も言う事ができずに固まってしまった私を、イリヤ王子は苦笑して見ていた。


「誠実な男も、いるものですよ?碌でもない男を基準にされて判断されては、少々反論もしたくなります」

「………そうですね…」

「自分のレベルを下げる必要もないでしょうに。あなたは紛れもなく王女ですよ。敵国の中に一人放り出されたのに、少しも動じることはなかった。悪口も沢山言われているのに、母国に報告すらしなかった。あなたの態度は誇り高いと言う者もいるのですよ」

「……それは誤解と言いますか。私は今言った通り、国の事とかあまり気にしない女なんですよ…」

「そうですね。あなたはまさに恋に生きる女性ですからね」


王子は面白そうに笑う。その笑顔に、なぜか心臓が跳ねる。初めて王子の顔を真正面から見た気がした。


「私は王女として失格ですよね…。分かっているんです…だからこそ、父も呆れていたんでしょうね」

「セルゲア国王は、誰よりもあなたを心配しておいでですよ?私との婚約が決まった時、‘休戦条約の為でもあるが、どうか娘をよろしく頼む’と父に手紙を寄こして来たらしいですから」

「………え?」

「出来の悪い子供程、可愛い子はいないってことなのではないでしょうか?」

「………」


びっくりして声が出なかった。そしてじわじわと心が温かくなる。父王はいつだって私を呆れて見ていたと、冷たい目で、こんな馬鹿な娘はいらないと思っていたのだと…そう私は思い込んでいたけれど。でも私の事を考えてくれていた?私の幸せを、少なからず願っていたの?


また目から涙が流れる。イリヤ王子はふっと優しい息を吐きながら、私の涙を拭ってくれた。


「話は戻りますが、エレーナ王女?私は前にも申し上げた通り、いずれ王になる兄を支える立場になるでしょう。国と兄、そして民のことを第一に考えるという姿勢を変えるつもりはありません」

「…ご立派ですわ。王族の鑑です」

「今ですら仕事人間と言われっぱなしな私ですが…。できれば家庭は、仕事とは無縁の、安らぎのあるところがいいと思っているのですよ」

「……」

「あなたは元とは言え、敵国の人間。そんな女性を妻に迎えたところで、安らげる場所なんてできるわけがないと思い込んでいましたが…。どうやらあなたはそんな事を気にしないようですし」

「……確かに…私は国家間のいざこざはあまり詳しくはないですが…。王女失格です」

「そこがいいんですよ。言いましたでしょ?私は、家庭に安らぎを求める男です。屋敷に帰ってまで、政治の話とかはしたくはないんです」


そこで、と言いながらイリヤ王子は私の手を取ると、自分の口元に私の手を持って行き、軽くキスをした。


「どうせならその役目、果たしてみる気はありませんか?」

「……え?」

「私の安らぎの場所を作ってみては下さいませんか、と言っているのですよ」

「……でも…」

「私、こう見えて結構女性に人気があるのですよ」

「……それは分かっていますよ、言われなくても…」

「そんな私の一番になってみたいとは思いませんか?」

「………」

「碌でもない男よりも、私の方がいいと思ってもらえると自負しておりますよ、これでも」

「いえ…それは言われなくても…。イリヤ王子の方が誠実でいい男性ですよ。あ、でもイリヤ王子だっていずれ他の女性に目がいってしまうとか…」

「口では何を言っても信用できないでしょうから、これからの人生で証明してみせますよ」


私達は何を言い合っているのかな…。さっきから微妙に混乱している。そしてなぜか心臓がドキドキ煩い。顔も熱を持っているのが分かる。自分より八歳も年下の男の子相手に…私は一体どうしたんだろう?


「どうせなら、私に本気になってみませんか?恋に生きる、王女様」


イリヤ王子の真意が分からない。ただからかっているだけ?それとも私を哀れんでこう言ってくれているだけ?半年前に会って、あまり交流もなかったのにこうして優しくしてくれるなんて。どうして私なんかに、と。


王子の考えは結局分からなかった。


しかしその瞬間、私は確かに、彼に恋に落ちた。にっこりと笑ったイリヤ王子のせいで、また泣きたくなってしまった。


イリヤ王子はそんな私を見て、やれやれと苦笑いをしながら肩を抱いてくれたのだった。



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