8-E 終演! カーテンコールに続け胡麻!
五秒でわかる前回のあらすじ
「今何時〜? ダイサンジ〜‼︎」
——終わった。
手にとっていた腕から蒸気が上がるのをみて、私はそれを確信した。
強く開いていた翼も、すっかり力を失って消え去っていく。彼女の姿は、オーバーオールを着た、普通の子どもに戻っていった。
「ナチちゃん——お疲れ様」
ぽとり。
どこからか、雫が落ちてきた。水がナチちゃんの服に溢れる。
「あっ、やべっ」
もちろん自分の目からだった。彼女の服にシミがつかないように、私はそそくさと立ち上がり、その場から離れようとする。
「アルカさん! ご無事で……ああっ!」
私たちの終末を見届けていたのだろう、マニさんが駆け寄ってきた。しかし、私の顔を見た途端、血相を変えてしまう。
「やだ、アルカさん! どこか痛みますか?」
彼女はしゃがんで、私の顔を覗いた。私は懸命に手で涙を拭って、笑顔を保とうとする。
「えへへ……大丈夫だよ、ありがとうマニさん」
「そうですか……きっと、少し疲れてしまったんですね」
基地に帰ったらゆっくり休みましょう、と、マニさんは微笑を返してくれた。
その顔は、エルの爽やかな微笑みとは違って、もっと甘くてしっとりとした、暖かいものだった。
「——おーい! アルカー!」
「——白雨さ〜ん!」
次に声がかかったのは、少し遠くの方からだった。左を向けば、関城さんがせっせと車椅子を回しており、右を向けばすぐるを先頭に、セラさんや鬱穂くんたちが駆け寄ってきていた。エルは歩幅を合わせているのだろう、ゆっくり小走りする百合ちゃんより後ろで、周囲を確認しながら歩いてくる。
「アルカ……って、おい……⁉︎」
「あっ! えっと、違ってね! さっきの蒸気が目に沁みちゃって」
すぐるが驚愕の言葉を漏らす前に、咄嗟に嘘をついてしまった。きっと彼を心配させてしまうだろうと思ったら、口が勝手に動いてしまったのだ。これは仕方のないことだ。
「本当か? 本当にそれだけか?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
私はなるべく涙を隠したかったので、少し俯き加減でにへら、と苦笑いする。すぐるは私より少し身長が高いので、目を合わせるには上目遣いにしなければいけない。
すると、彼は笑顔、とも取れない、なにか驚いたような不思議な表情を浮かべた。
「…………‼︎ お、おう……?」
「千薔薇様ァ!」
顔の赤いすぐるの後ろを、セラさんがものすごいスピードで通る。風圧ですぐるの短髪が靡くぐらいだった。
「千薔薇様! よくぞご無事で……!」
「セラ、だから言ったでしょう。私一人で大丈夫って」
セラさんは、関城さんの手をそっと握って、マンガのようにだばーっと涙を流していた。一方関城さんは胸を逸らして、どこか誇らしげな顔をしていた。対照的な二人を見ていると、なんだ少しおかしくなって、自然と笑みが溢れる。
「……それにしても、お前さ」
そんな私に、すぐるが声をかけてきた。振り向くと、彼は真っ直ぐに私を見てくる。
そして、突然私の肩をガシッと掴んできた。
「お前、スゲーよ! なんださっきの! でっかいやつ一瞬で倒しちまうし、伏見のことも、ど、どうなってるか知らねーけど、倒しちまったんだろ⁉︎ マジでスゲーよ、アルカ!」
彼の目は誰が見ても、キラキラしていたのがわかった。
私は褒められたことの嬉しさよりも、すぐるの反応について驚きの方が勝ってしまう。口をもごもごさせていると、彼の後ろから百合ちゃんも顔を出した。
「か……かっこよかった、アルカ……うん」
それだけ言うと、彼女は胸の前で指をもじもじして俯いてしまった。
私はというと——反応に困った。
はじめて彼らに自分の翼を見せた。戸惑われるかと思ったが、すんなり受け入れられてしまっていたようだ。私はどう応えればいいかわからなかったが、一つ、頭にあった行動をとった。
私は片腕ずつ使って、二人をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう二人とも。みんな無事でよかった」
「なっ……⁉︎」
「……ぅにゃぁ⁉︎」
急に抱きつかれて驚いたのか、二人一緒のタイミングで狼狽の声を上げた。
顔も似てないし得意なことも違う二卵性双生児だが、こういう時に双子だなと感じることがある。
「えへへ、ほれ、鬱穂くんも!」
「え、いやおれはいいよ……」
双子の後ろにいた鬱穂くんに、私が手を伸ばす。彼はドン引きする様に、さらに後ろへ下がってしまった。
「なんだよ鬱穂! 俺たち4人で——」
「——ハピネスセット、でしょ……? クソダサいからやめようよその名前」
鬱穂くんはすぐるに対して「否」を伝えるために手を振った。そんなに嫌だったか。なんだか悪いことしちゃったかもしれない。
「まあ、とりあえずそんなこんなで一件落着! ね、エルも——」
私が、この中で1番背の高い少年を探した、その時だった。
——スパンッ! カランカランカラン……
何か一瞬、大きな音と風圧がこちらに舞い込んだ。
私が目をやると、エルがいつのまにか私たちに背を向け、剣を持ち、それを振りおろした後の体勢になっていた。
「え……? エ、エルどうかし……」
カチャン。何かを踏んだ。私は足を避けてそこを覗く。そこにあったのは、金属の物体だった。手にとって見ると、それは細長くて、一方の先端は半径がだんだん小さくなっていくような形状——
「……だ、弾丸⁉︎」
の、半身だった。先ほどエルが大剣を振るったのは、これを切るためだったのだろう。
私は、ハッとしてキョロキョロと辺りを見回す。
エルはその間も、ずっと剣を構えたままだった。そんな、まだ敵がいたのか⁉︎
「——マニ。上見て。僕の前」
彼はそれだけ言った。
この時に、彼が私ではなくマニさんの名前を呼んだのが、少し珍しいと思ってしまった。エルは普段よくマニさんを煽り散らかしているが、こういう時はちゃんと仲間として認識しているんだな。
「……なんてこと」
彼女は、エルの目線を追って遠くを見上げた。私もまた、同じようにしてそこを見た。
ハイジュウの攻撃で剥き出しになった関城家の鉄骨。我々に1番近いそこの上に、一つの人影があるのを見つけることができた。
「…………? 誰?」
黒い中折れ帽を被った、細めの男性だった。年は40〜50代くらいだろうか。黒いスーツのようなものを着ている、スタイリッシュなシルエットの者が、橙色の長い髪を揺らしていた。
その者は、この場にいる全員の視線が自分に集まったことに気がつくとにやり、と笑みを浮かべる。
「やるなあ兄ちゃん。ま、当たっててもよかったんだがなぁ」
そう言う手には、こちらに銃口を向けた拳銃を持っていた。なるほど、さっきこちらに発砲してきたのはアイツか。
私はすぐるや百合ちゃんを後ろに下がらせ、再び槍を構える。
「——っはは! 怖い顔するなって! オレはちょ〜っと遊びに来ただけだ」
拳銃を持った手の甲で帽子をクイッと上げ、ケタケタと笑い始めた。
なんだか悔しくなってきて、こちらも口を走らせずにはいられなくなってきた。
「なにをぅっ! お前、今撃ってきて……!」
「待って、アルカ」
エルが左手を私の前で開いた。彼にそう言われたからには、私は口を噤むしかない。
ふと見えた彼の表情には、珍しく笑顔が消えていた。その目線が中折れ帽の男に向いた後、エルはゆっくり息を吸った。
「そっちにいたんだね——ジザ」
彼の声は、非常に重たかった。




