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NEW・アルカディア!  作者: 祝 冴八
[DAY8]偽物だって這い上がれ
58/64

8-B 双璧! 気づけばおいとまねじれの位置!

五秒でわかる前回のあらすじ

「大混乱のオルゴール」


 光が弾けた。

 核が壊れたから、私の『衝動(インパロールミシィ)』も消えたのだ。気がついた時には、私の身体は宙を落下していた。


「————っ!」


 床スレスレのところで、何者かに抱え上げられる。翼の音を頼りに顔を上げると、青い髪の少女が少し不機嫌そうに私を見下ろしていた。


「だいぶ、短くなりましたね」

「え、髪が?」

「気絶の時間です。前髪確認しないでください」


 なんだ、追撃でも食らって髪が焼けたのかと思ったが、自分の黒髪にツヤは消えていなかったことを確認してホッとした。

 それと一緒に、今の状況を思い出して咄嗟に辺りを見渡す。


「……して、ハイジュウは⁉︎」

「あそこです」


 マニさんは、私を片手で抱えながら、反対の腕を伸ばした。

 うつ伏せだったので、私は彼女の腕を少し押して上体を起こす。

 探し物は床の上で見つけた。全身から蒸気を噴き出し、それと一緒に身体を失っていく白ネズミが、動かず横たわっている。マニさんの鎌も、ハイジュウの口から外れ、床に転がっていた。


「う、うぎぎ……だ、ダメだったのだ……」

「あ、ナチちゃん……」


 空中では、それを見下ろし、両手に握り拳をつくって悔しがる悪魔がいた。


「マ、マニさん。あのこ、ナイチンゲールっていう名前なの」

「そうですか。いい名前ですね——状況によりますが」


 マニさんは右手を軽く払う。すると、落ちていた鎌が、磁石でも付いているかのように彼女の手に引き寄せられた。天界の人は、こうやって手放した武器を回収できるのだそうだ。この前私もそれをチャレンジしたことがあったが、武器を呼び寄せるのがコツがいるらしく、うまくできずに終わってしまったことがある。

 

「——さて、アルカディアさん。そろそろ観念していただけませんか?」


 彼女はナチちゃんに鎌を向けた。

 それに対して、相手は細い目の奥で睨見返す。


『おのれ天使軍め……! 私のジャマばかりするのだ……』


 彼女は右手をビームガンに変形させて、こちらに構えた。


「こうなったらワタシが直せ——」


「——伏見さんっ!」


 その声は、三人のうち誰のものでもなかった。

 自分の名前を呼ばれたナチちゃんは、聞こえた方向、つまり下を見下ろした。

 そこには、車椅子を手動運転してこちらにやってくる金髪の女性、つまりは関城さんの姿があった。


「伏見さん! (わたくし)ですわ! 私がわかりまして⁉︎」

「せ、関城サマ……⁉︎ 今は話しかけ……」


「伏見さん! 限界ですわ!」


 関城さんは、ありったけの力を振り絞るように声を張り上げた。


「あなたと友達が! お互いに傷つけ傷つきあってるところを! 私はずーっと黙って見ているだけ! そんなのもう限界ですわ!」


 車椅子の姫の目には、涙が溜まっていた。


「関城サマ……」

「降りてきて伏見さん! 私、あなたとちゃんとお話がしたいですわ!」

「そ、そんな暇は……で、でも……」


 ナチちゃんは、私達と関城さんを交互に見る。否定的な言葉を呟きながらも、次第に彼女の高度が下がっていく。

 そんな時、マニさんが小さく私の肩を叩いた。


「アルカさん、少し下がりましょう」


 小声の提案に、私は首を縦に振るしかなかった。


「……伏見さん。貴方の背中の——それ。素敵な羽ね」


 ——え、何を言い出すんだ関城さん。

 私が驚いてマニさんに視線を向けたが、口元で人差し指を立てられてしまった。


「関城サマ、こ、これにはワケが……」

「私はなにかを責めようとしているわけじゃありませんわ。ただ——褒めているの」


 ローズピンクのフリルと一緒に、金色が揺らめく。


「貴方が、私にしてくださったことと一緒ですわ」


 ——突然、関城さんが立ち上がった。


「——関城さん⁉︎」

「せ、関城サマ⁉︎」


 よたよた、と、それはあまりに弱々しく、産まれたての子鹿のような立ち姿だった。バランスの悪い、今にも崩れてしまいそうな。


「関城サマ、まだ義足では、た、立てなかったはずじゃ……」

「——伏見さん、私は、貴方が大好きだったの!」


 声を出すのが精一杯だったらしい。かなり苦しそうな音色は、おそらく、ナチちゃんにも届いた。


「『シモベ』というのは、ふふ……貴方が勝手に言い出したことよ、ね……! 最初はおかしかったけれど、私、を、慕ってくれるお友達ができたって思えて……本当に嬉しかったわ!」

「…………」

「貴方がそばにいてくれたら、私はなんだってできる気がした! ——見て!」


 彼女は両手を広げた。足元はかなりぐらつき、今にも後ろへ転倒しそうだ。


「今も、こうやって、立てるのよ! きっと、貴方がい、いなかったらっ! 私は、きっと、立とうともしなかったわ!」

「…………っ!」


 彼女は言葉を続ける。


「伏見さん、考え直して、欲しいの! 私が、大好きな貴方が——」



「——伏見さんがこんな事しているの、私は絶対に絶対に、嫌ですわ!」



 少女の叫びは、半壊した宝箱に反響した。


「……ぅ」

「だから伏見さん、もうやめ——」



「——っ、ううううううぅぅぅぅ!」



 大粒だった。

 大粒の雫が、小さな頬をぼろぼろと通り過ぎていくのだ。本人は歯を食いしばって、なにも流すまいとしているが、くぐもった声が漏れている。


「だって——だってさぁぁぁっ!」


 彼女の衝動は爆発した。

 ナイチンゲールは地に足をつけると、そのまま立つ気力を失い、ぺたんと床へ座り込んでしまった。


「だって、わかんないのだぁっ‼︎ ボス(・・)は、アルカを殺すのが、正しいって言うしっ! だから、怒られたく無いしさぁ! ボスの役に立ちたいのにさぁ!」


 柔らかい方の手と、冷たい方の手で、溢れる透明を懸命に拭い続ける。


「でも、アルカも関城サマも、それはだめだって言うし! みんな友達だから約束したいのだ! けど、ワタシは、いっつも、同じ失敗ばかりだからぁぁ!」


 嗚咽まじりの言葉は時に裏返る。

 彼女の眼から、涙が止まることはなかった。



「怒られるのも、みんなを殺すのも、どっちも嫌なのだぁ! もう、どうすればいいか、全然わかんないのだぁぁぁっ‼︎ うわああぁぁぁ!」



 その小さな子どもは泣きじゃくった。


 大人から教わらなかった、心の絡れ(もつれ)に。

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