8-B 双璧! 気づけばおいとまねじれの位置!
五秒でわかる前回のあらすじ
「大混乱のオルゴール」
光が弾けた。
核が壊れたから、私の『衝動』も消えたのだ。気がついた時には、私の身体は宙を落下していた。
「————っ!」
床スレスレのところで、何者かに抱え上げられる。翼の音を頼りに顔を上げると、青い髪の少女が少し不機嫌そうに私を見下ろしていた。
「だいぶ、短くなりましたね」
「え、髪が?」
「気絶の時間です。前髪確認しないでください」
なんだ、追撃でも食らって髪が焼けたのかと思ったが、自分の黒髪にツヤは消えていなかったことを確認してホッとした。
それと一緒に、今の状況を思い出して咄嗟に辺りを見渡す。
「……して、ハイジュウは⁉︎」
「あそこです」
マニさんは、私を片手で抱えながら、反対の腕を伸ばした。
うつ伏せだったので、私は彼女の腕を少し押して上体を起こす。
探し物は床の上で見つけた。全身から蒸気を噴き出し、それと一緒に身体を失っていく白ネズミが、動かず横たわっている。マニさんの鎌も、ハイジュウの口から外れ、床に転がっていた。
「う、うぎぎ……だ、ダメだったのだ……」
「あ、ナチちゃん……」
空中では、それを見下ろし、両手に握り拳をつくって悔しがる悪魔がいた。
「マ、マニさん。あのこ、ナイチンゲールっていう名前なの」
「そうですか。いい名前ですね——状況によりますが」
マニさんは右手を軽く払う。すると、落ちていた鎌が、磁石でも付いているかのように彼女の手に引き寄せられた。天界の人は、こうやって手放した武器を回収できるのだそうだ。この前私もそれをチャレンジしたことがあったが、武器を呼び寄せるのがコツがいるらしく、うまくできずに終わってしまったことがある。
「——さて、アルカディアさん。そろそろ観念していただけませんか?」
彼女はナチちゃんに鎌を向けた。
それに対して、相手は細い目の奥で睨見返す。
『おのれ天使軍め……! 私のジャマばかりするのだ……』
彼女は右手をビームガンに変形させて、こちらに構えた。
「こうなったらワタシが直せ——」
「——伏見さんっ!」
その声は、三人のうち誰のものでもなかった。
自分の名前を呼ばれたナチちゃんは、聞こえた方向、つまり下を見下ろした。
そこには、車椅子を手動運転してこちらにやってくる金髪の女性、つまりは関城さんの姿があった。
「伏見さん! 私ですわ! 私がわかりまして⁉︎」
「せ、関城サマ……⁉︎ 今は話しかけ……」
「伏見さん! 限界ですわ!」
関城さんは、ありったけの力を振り絞るように声を張り上げた。
「あなたと友達が! お互いに傷つけ傷つきあってるところを! 私はずーっと黙って見ているだけ! そんなのもう限界ですわ!」
車椅子の姫の目には、涙が溜まっていた。
「関城サマ……」
「降りてきて伏見さん! 私、あなたとちゃんとお話がしたいですわ!」
「そ、そんな暇は……で、でも……」
ナチちゃんは、私達と関城さんを交互に見る。否定的な言葉を呟きながらも、次第に彼女の高度が下がっていく。
そんな時、マニさんが小さく私の肩を叩いた。
「アルカさん、少し下がりましょう」
小声の提案に、私は首を縦に振るしかなかった。
「……伏見さん。貴方の背中の——それ。素敵な羽ね」
——え、何を言い出すんだ関城さん。
私が驚いてマニさんに視線を向けたが、口元で人差し指を立てられてしまった。
「関城サマ、こ、これにはワケが……」
「私はなにかを責めようとしているわけじゃありませんわ。ただ——褒めているの」
ローズピンクのフリルと一緒に、金色が揺らめく。
「貴方が、私にしてくださったことと一緒ですわ」
——突然、関城さんが立ち上がった。
「——関城さん⁉︎」
「せ、関城サマ⁉︎」
よたよた、と、それはあまりに弱々しく、産まれたての子鹿のような立ち姿だった。バランスの悪い、今にも崩れてしまいそうな。
「関城サマ、まだ義足では、た、立てなかったはずじゃ……」
「——伏見さん、私は、貴方が大好きだったの!」
声を出すのが精一杯だったらしい。かなり苦しそうな音色は、おそらく、ナチちゃんにも届いた。
「『シモベ』というのは、ふふ……貴方が勝手に言い出したことよ、ね……! 最初はおかしかったけれど、私、を、慕ってくれるお友達ができたって思えて……本当に嬉しかったわ!」
「…………」
「貴方がそばにいてくれたら、私はなんだってできる気がした! ——見て!」
彼女は両手を広げた。足元はかなりぐらつき、今にも後ろへ転倒しそうだ。
「今も、こうやって、立てるのよ! きっと、貴方がい、いなかったらっ! 私は、きっと、立とうともしなかったわ!」
「…………っ!」
彼女は言葉を続ける。
「伏見さん、考え直して、欲しいの! 私が、大好きな貴方が——」
「——伏見さんがこんな事しているの、私は絶対に絶対に、嫌ですわ!」
少女の叫びは、半壊した宝箱に反響した。
「……ぅ」
「だから伏見さん、もうやめ——」
「——っ、ううううううぅぅぅぅ!」
大粒だった。
大粒の雫が、小さな頬をぼろぼろと通り過ぎていくのだ。本人は歯を食いしばって、なにも流すまいとしているが、くぐもった声が漏れている。
「だって——だってさぁぁぁっ!」
彼女の衝動は爆発した。
ナイチンゲールは地に足をつけると、そのまま立つ気力を失い、ぺたんと床へ座り込んでしまった。
「だって、わかんないのだぁっ‼︎ ボスは、アルカを殺すのが、正しいって言うしっ! だから、怒られたく無いしさぁ! ボスの役に立ちたいのにさぁ!」
柔らかい方の手と、冷たい方の手で、溢れる透明を懸命に拭い続ける。
「でも、アルカも関城サマも、それはだめだって言うし! みんな友達だから約束したいのだ! けど、ワタシは、いっつも、同じ失敗ばかりだからぁぁ!」
嗚咽まじりの言葉は時に裏返る。
彼女の眼から、涙が止まることはなかった。
「怒られるのも、みんなを殺すのも、どっちも嫌なのだぁ! もう、どうすればいいか、全然わかんないのだぁぁぁっ‼︎ うわああぁぁぁ!」
その小さな子どもは泣きじゃくった。
大人から教わらなかった、心の絡れに。




