7-E 参上! スーパーヒーロー悪魔の子!
五秒でわかる前回のあらすじ
「全員参戦!」
壁の穴に入ると、見慣れた姿があった。
「ああっ! みんな!」
「えっ……ア、アルカなの?」
栗色の瞳で私を捉えたのは、紛れもなく幼なじみの百合ちゃんである。
彼女の前には先程私達の前で走っていたセラさんと関城さんが立っていた。きっと百合ちゃんに注意喚起でもしていたのだろう。
私は羽を閉じ、高そうなフローリングに乗って、彼女達に向かって走った。
「百合ちゃん! 関城さんにセラさん! ここは危険です、玄関近くまで逃げましょう!」
「白雨さん……⁉︎ やっぱり白雨さんなのですわね⁉︎」
「承知ィ! けど、あとで状況は説明してほしいわ! もうなにがなんだか」
驚きを隠せない関城さんの車椅子を持ち上げ、セラさんは慣れた足取りで私と並走する。私は百合ちゃんを小脇に抱えてまた走り出した。
「わかりました! とにかく護衛は私に任せてください!」
私がニッと笑ってみせると、セラさんは少し安心したように、小さくため息をついた気がした。
——ドンガラガラガラッ!
ハイジュウはまだ暴れているらしい。振り向くと、私達が走って来た道は瓦礫に覆われていた。よかった、みんなを早めに避難させたのが正解だったようだ。
しばらく走ると、大きな両開きの扉の前に着いた。
「これ玄関ですか?」
「いや、こっからはなが〜い廊下になっとります」
「まだ廊下……」
関城家デカ過ぎんだろ……
「とにかく今は止まっちゃいかん! 開けるで!」
セラさんはそう叫ぶと、扉の片方を右足で勢いよく蹴って開けた。そのまま関城さんの車椅子を後ろ向きに運んでいく。
……なんか、慣れていらっしゃるのか、潔いだけなのかわからんな。
「——ああっ⁉︎」
扉の向こうから関城さんの声がした。急いで私も扉を押して廊下に出る。
そこに見えたのは————
「——うわぁ! も、もう降ろしてくれぇ!」
カプタニに縛られたままの、すぐると鬱穂くんが空中でジタバタしていた。
説明しよう!
『カプタニ』:地球で言うカブトガニによく似た天生物。
彼らの頭から生える触覚は、物を縛り付けるために備わっている。これによって食べ物を運んだり高いところにぶら下がるように登ったりできる。稀に好奇心で人間を持ち上げてしまうこともある。
「大変っ! 夜咲さん達が!」
冷や汗をかいて心配する関城さんに、私は落ち着いて解説を試みた。
「だ、大丈夫です! あれはそんなに害は無いんで!」
「で、でも縛り上げられていますわよ⁉︎」
「まあそうなんですけど……」
彼女の言う通り、カプタニに縛られているままでは、彼らの避難が遅れてしまう。
人語が伝わる相手では無いが、天生物なら、人間界の生物より少し賢いかもしれない。私はそう考え、カプタニに近寄り姿勢を低くした。
「ごほん……カ、カプタニくん、その人達を下ろしてくれない? 私の友達なの」
声に反応したのか、その生物はつぶらな瞳でこちらを見上げた。
「このままだとキミも瓦礫の下敷きになっちゃうよ」
しかし、これっぽっちも動こうとしない。音に反応しているだけで、言葉を理解しているわけではなさそうだ。
「じゃあ……悪いけど強行突破だ!」
私は両手でカプタニを抱え上げようとした。
「ぐっ……! お、おもっ!」
そりゃそうだ。カプタニ自身は軽くとも、カプタニに持ち上げられた中学生男子二人の体重も加わっているのだ。
「おわっ……え、アルカ⁉︎ なんだその格好⁉︎」
「せ、説明は後じゃい!」
「わかったけど、俺たちどうなるの⁉︎」
「このまま避難する準備だぁ!」
しかし、こんな重いものを運ぶのでは、歩くので一苦労だ。なんとかすぐるたちを降ろさせなければ。
「おーい、カプちゃんよ、落としてくれよ〜!」
カニ歩きしながら抱えているカプタニを揺らして見せる。
するとその生物は、揺らされたことに驚いたのかワタワタ手足を動かし始め、パッと触手を緩めて彼らを降ろしてくれた。
「ふう、とんでもない目にあったぜ」
「死ぬ……もう死ぬ……」
「とんでもないのはこの後だよ! 鬱穂くんも、早く逃げないと本当に死んじゃうから立ち上がって!」
私は、我々のいる廊下の奥へみんなを手招きする。
しかし、若干一名歩みを止めているものがいた。
「俺はもういい……もうだめだ……」
首を下げると藤色の癖っ毛がへなりと落ちた。鬱穂くんが正座の姿勢から前に両手をついて項垂れている。
ぼつりぼつりと、その口から陰湿な言葉がこぼれていく。完全に動きが止まっている。
「鬱穂! 大丈夫だ、アルカも俺もいるから!」
すぐるは特技の大声で鬱穂くんの背中を叩く。
私は彼らより少し先まで走ってしまい、彼らの会話はうまく聞こえない。
「もう無理だ……俺は死ぬんだ……」
「諦めんな! 今から走れば大丈夫だ!」
「人間なんてみんないつか死ぬんだ……」
「——だとしても今じゃないだろ!」
その言葉と同時に、すぐるは鬱穂くんの腕を引っ張った。よろよろと立ち上がった鬱穂くんは、足を引き摺るように歩き出した。
「……お前、足挫いてたのか」
「…………さっき触手から落とされた時に」
「なーんだ、なら最初から言えよ。肩ぐらい貸すからさ」
なにやら鬱穂くんは俯いて、それからすぐるの肩に腕を回した。
——ドスン! ドスン!
ハイジュウの暴れている地響きがする。またこちらに突進でもしてきたら、かなり危ない状況になるだろう。
「っと、早く行くぞ。このままじゃマジで死んじまう」
「……うん、ありがと」
「——おーい! すぐる! 鬱穂くん! はやくはやくー!」
私が手を振ると、彼らは肩を組んで、小走りで走り始めた。
建物の揺れが大きくなるのを背に、私たちは広く暗い廊下を、前に前に走って向かった。
*
しばらく走ると、昼頃に見たどデカい玄関の扉が、ようやく目の前に現れた。
「やっとついたぁ……」
「さあ、こんなところは出ましょか!」
セラさんはそう言うと、玄関のドアノブに手をかけた。
「あ! 待ってください、外には……」
「何や⁉︎ 全然開かん!」
背の高い彼女が、身体ごと前後に揺すっても、扉はびくともしなかった。
「すみませんセラさん! 言うのが遅くなったんですが、外には出られないらしくって!」
「で、出られない⁉︎ 何があってそんな⁉︎」
「ええっと……説明が難しいな……」
「……っくう〜! びくともせぇへん!」
彼女はかなり悔しそうな顔で、ドアノブから手を離した。
ここまではエルの言った通りだ。本当に我々は、この関城家から出られなくなってしまったようである。
「とにかくみんな聴いて。今はこの空間に不思議な力が働いてると思ってほしい。私たちはここからは出られないの。私はみんなを、比較的安全な場所へ連れてきたんだよ」
「はぁ? そんなファンタジーな……」
「……セラさん、さっきのナチちゃんを見ていましたよね?」
その私の言葉に、セラさんははっとした。
「……まさか。なんかの手品やろ?」
「いえ、本当の魔法です……信じてもらえないかもしれないけど」
私は、自分の目線より高い位置にあるメガネの奥を見つめた。
セラさん、百合ちゃん、すぐる、鬱穂くん、そして関城さん。
お互いがこの非現実を受け止めるのに、しばらくの沈黙が通り過ぎた。
——ドゴゴゴ! ズガーン!
地響きは屋敷を駆け巡る。
私たちは、ナイチンゲールの小箱に閉じ込められた。




