2-H 想定! 夢から覚めたその夢で!
五秒でわかる前回のあらすじ
「エルくんは天使軍なんだって! へー! 初めて知っちゃった♪」
——バラバラバラッ!
「…………はっ‼︎」
何かの大きな音で、私は目を覚ました。
わたしの手が置かれていたのは、学校で使う机。端の方に、見慣れた落書きがある。紛れもなく、私の机だ。
私の重心が置かれていたのは、椅子だ。木目がとっても綺麗で新品な、いつもの私の椅子だ。
ぐるりと見渡してみると、ここは、明らかに、私の学校のクラス、1年4組だ。黒板の前には、あの黒縁眼鏡の国語の先生が喋りながら、チョークを動かしている。
壁を見れば、クラスみんなが書いた自己紹介シートと呼ばれる紙が並べ貼られている。その中には、きちんと私のものもあった。もちろん、将来の夢を書く欄には「大富豪」と書いてある。正真正銘、私のやつだ。
紛れもなく、ここは我らが1年4組だ。そして、クラスのみんな、先ほどの事件が嘘だったかのように、異常なく動いている。居眠りしている人もいれば、熱心に先生の話を聞いてノートを取っている人もいる。
——教室に、戻ってきたのか……? でもさっきは教室の人達もすっからかんになっていたはずで……?
思い出せるのは、エルと、マニと呼ばれる初対面の天使が口論していたところまで。もちろん、その後に足を使ってここまで歩いてきた、という記憶なんてない。
「えっと、大丈夫なのだ……?」
しかめっ面だったであろう私に、小声で話しかけてくれたのは、銀髪をツインテールに結った女の子。
彼女は確か、伏見那智さんだ。伏見が苗字で、那智が名前。どちらも名前っぽいのでたまに呼び方を間違えそうになる。私の前の席であるとともに、入学当初から、何故か袖だけが異様に長い、という謎の改造制服を着ていることから、私は密かに注目していた。
私が目を合わせると、何故か彼女が屈み、床に手を着こうとした。
「えっ、何?」
彼女の目線を追って、私も机の下を覗いてみると、そこには私の筆箱——お菓子の箱に輪ゴムを引っ掛けただけだが——の蓋が開いて落ちており、中身が床に散乱していた。
「おわっ……さっきの音はこれか……」
「ワタシ、拾うの手伝うのだ」
そう言うと伏見さんは、余った制服の袖の中の手を器用に動かし、私の文房具を拾い始めた。
「わ、悪いよ。大丈夫だよ伏見さん」
「お構いなくなのだ! 困ったときはお互い様っていうのだ〜」
彼女はキラキラとした笑顔をする。なんていい子なんだろう、なんて思っていた私は、ふとあることを思い出して、目線をずらした。
そこで、すぐると目が合った。彼が心配そうな顔でこちらを見ていたので、私は親指を立てて照れ臭く笑ってみる。すると、彼はやれやれというように笑い返してくれた。
よかった。前のことは、怒ってなかったみたい。
私は、伏見さんに続いて机の下に潜った。
けれど、本当にどうして、私は戻ってきたんだろう——
——ああ、そうか夢か。
そうだ。今まで見たもの全部夢だったに違いない。そう考えれば、これまでの出来事全てに理由がつく。
「どうかしたのだ?」
「う、ううん! なんでもないよ」
「そうなのか! じゃあはい、多分だけど、全部拾えたと思うのだ」
彼女が差し出したのは、私の筆箱だった。
それを受け取ると、私は笑ってみせた。
「わ、全部拾わせちゃってごめんね。ありがとう、伏見さん」
「お構いなくなのだ〜! それにしても〜……」
伏見さんはその細い目で、私の顔をじーっと見つめてきた。
そして数秒後、私だけにギリギリ聞こえる声量で囁いた。
「ここ最近、楽しそうにしてるのだ。何かあったのだ?」
「え?」
「おまえ、入学したての時より、楽しそうなのだ」
突然の告白に、少々戸惑ってしまった。
きっと彼女なりの、こう……コミュニケーション方法、なのだろう、と考え直し、私はその話の波に乗っかることにした。
「そ、そうなのかな……? どんなところが?」
「え、うーん……」
「——あ、そういえばいつも元気だったのだ!」
えへへ、と笑顔を返した彼女は、そっと自分の席に着いた。
「なあに、それ」
つい釣られ笑いを溢した私も、先生にバレないよう、屈んだまま腰だけを上げてしまう。
「いづっ⁉︎」
ただ、胸のあたりが急に痛んだ。
「ちょ……待った……これって…………」
痛むのは——そう、肋骨。
さっきまで、実はさっきからちょっと違和感はあったが、これは明らかに痛い。そして、この痛みには既視感があるわけで————
「やっぱ…………アレだよな」
……うん。
こんな痛み方をする原因は——
——あの男の、スキンシップしかないわけだ。
「ああ…………夢じゃ……なかったんか…………」
椅子に着席すると同時に、私は机の上に脱力した。
*
その日、学校から帰ると、エルから聞かされた。
私はあの時、戦いの中で魔力や体力をいつもより一度に多く使ったのだと。
しかし、使い慣れてなかったにも関わらず、時間が経ったのに休まなかった。
そのため体が耐えきれず、気絶してしまった——というのが現実。
なんとも情けないことだが、学校の教室まで私を運んでくれたらしいエルには、本当に感謝すべきだ。
「…………で、これはどういうことなのだろうか」
ナウ、ある日の下校後の我が家。
リビングに入った私の目の前には、眼帯をした少女が、腕組みをして立っていた。
「アルカさん! お皿がつけ置きっぱなしでしたよ!」
眼帯をした少女——マニさんは、ぷくりと頬を膨らませた。
「え、ああ、あの、今日は時間無かったから帰ったら洗おうと思って……」
「いけません! 長い時間つけおきしてたらカビが生えちゃいますよ! 今回は私が洗っておきましたが、次は気をつけてください、いいですね⁉︎」
「りょ、了解です」
洗ってくれたんだ……マニさんって、なんだかんだ言ってめっちゃいい人なんじゃ……?
いや、マニさんそれよりも!
——なぜここに居る⁉︎
「ごめんねアルカ。僕も断ったんだけど」
「エルもまだ居候続いてたんだ」
「アルカの家を見た途端、マニが聞かなくなっちゃって」
エルは、ローテーブルに手を置き、本を読んでいた。表紙の文字は——読めない。またこれもギャラクアス語なのだろうか。しかも、テーブルにはまだ似たようなものが3冊積まれている。彼はこれを今日一度に読む気なのだろうか。暇かよ。
「アルカさん、手洗いうがいは?」
「し、しましたっ」
「よろしい。ああそうでした、洗濯物も乾いていたので取り込んでおきました」
「えっ、そんなことまでしなくても……!」
私の仕事がなくなってしまう! と言ってみたが、マニさんは無視して台拭きを持ってキッチンへ向かってしまう。どうやら家中の掃除までしてくれているようだ。
いや、えーっと……働き者にも程があるぞ⁉︎
「ごめんねアルカ。マニは本当に世話焼きなんだ」
「そうか……とっても優しい人なんだね!」
ギャラクアス語の本が置いてある食卓も、よくみると水拭きした跡がある。
彼は早くも一冊読み終わったようで、持っていたものを目の前から避け、積み上げられたそれらの一つを手に取った。
「うん、でも、あまりにも世話焼きすぎだから、僕らの間では『戦場のママ』って言われてるんだよ」
彼は顔を上げて私と目を合わせると、クスリと肩を竦めて笑った。それに合わせて、髪束の流れに背いたアホ毛が、ぴょこっと跳ねて遊ぶ。
私も釣られて、にへらと苦笑いした。
その時、背後からスパンッ、と襖の開く音がした。
「誰が『戦場のママ』ですって——?」
振り向くと、マニさんが片手には台拭きを、もう片方には————真っ黒な大鎌を手にして立っていた。
「ヒィッ⁉︎ マ、マニさん! あの、鎌だけはカンベン! うちモロイから……! マジ木造だからっ……!」
『エルさん! あなた本読む前にやることあるでしょう!』
『今日はマニがやればいいんだよぅ』
「ああっ! エルが火に油なようなことを言ってる気がする……!」
頭を抱える私はお構いなしに、マニさんは鎌を振り回した。しかしエルは器用に避けたり、受け流したりする。
『当番制でないでしょうアレは! もうエルさんってば!』
『昨日はやったもーん』
『今 日 も や る ん で し ょ う⁉︎』
——あれっ?
ギャラクアス語だ。和訳はもちろんわからない。だが、感覚で何かがわかる。
今マニさんは、ただただエルに怒り、怒鳴り散らしているわけではなさそうだ。
『こらーっ‼︎ 待ちなさいエルさん! 』
「我不想干」
『めんどくさがらずにやりなさーい!』
これは——世に言う、愛の鞭というやつだろう。
それに気がついた私の頬が、ひとりでに綻んだ。
「……こんなに家の中がうるさいのは初めてだなぁ……ははははっ!」
そんな騒がしい光景を、いつの間にか、どこか居心地良いと感じている私が大声で笑った。
その日、我が家のリビングが消灯するのが、いつもより少し、遅くなった。