2-F 克己! 思い出したが吉日さ!
五秒でわかる前回のあらすじ
「美少女は語る」
五秒でわかる前回のあらすじ
「美少女は語る」
天界の生き物——総称して『天生物』は、下界の生物とは似ても似つかないものが多い。その一例がコレ。
コレの事を、日本で言う「タコ」や「イソギンチャク」と認識する人間は多いと思う。
しかし、残念ながらコレは、爬虫類だ。
その証拠に、太い8本の腕には硬いウロコが付いているし、それらは切断してもまた再生する能力を持っている。
だが大して面倒なことはない。一発で絞めれば終わるだろう。
「でも今日のは……アレにはもってこいかな」
追ってくるハイジュウの腕を最小の動きでかわす。まだ、僕の番じゃない。
ふと見ると、彼女の隣にあの人が。どうやらいつものお説教をしているよう。
「——ははは、またお節介なんだから」
僕は、はにかんだ。
このあとに、なにが起こるかなんて知らない僕は。
*
「二度と、誰かを悲しませない!」
私がそう叫ぶと、手に持っていたエフェークオスが反応を示した。
くり抜かれたXの形の部分が白く光りだした——いや、違う。
その部分から、白い光に包まれた、丸い物体が生まれたのだ。
その球は、私の胸の高さまで浮遊すると、横に細く、長く、伸び始めた。
「なっ……なんじゃこら……⁉」
私は驚きつつもそれを手にとると、白い光がはじけるように消滅し、その中身が露わになる。
そうしてから、水色の何かが、リボンのようにクルクルと巻かれていった。一番端まで巻かれると、静止。これが完成形のようだ。
金色の、よくわからない——杖ような体。
その先端は、四本のアームのようなものがひし形に合わさっていて、その内部に、赤い、丸い宝石が入っていた。
——これが、私の力なんだ!
なぜか確信を得た。たった一本の謎の棒に、不思議と力強い信頼を感じ取っていた。
「いってきます! ありがとうお姉さん!」
「えっ……いえとんでも……」
彼女の返事を最後まで聞かずに、私は羽を畳み、急降下した。
「ウーフーッ!」
さっきまで感じていた落下とは違う。なんだかより気分が爽やかなのだ。
コトン、と地面に足が付いたら、座り込むまで踏み込む。立ち上がって前を見れば、鼻の先に赤い生物の巨体が。
頭のてっぺんまで見上げようとすると、少し首が痛くなる。どんな頑丈なビルも、ソレの腕一振りで粉々に崩れてしまうのだろう。
——大きさなんて、関係ない。
私はエフェークオスを自分の履いているスカートの襟に添える。すると、機械はカチャンと音を立て、アームのようなもので襟を挟み、固定された。
もう一方の手に構えた金色の棒を両手でつかんだ。
その次。私は左足でコンクリートを強く踏み込み蹴り飛ばした。すると風がウォンと鳴く。スピードに乗せて、私はこの道を駈け出した。
ふと、私の体に影が落ちる。吸盤の付いた腕が、頭上に落下してくる。
「私が、信じること——!」
私は、ソレが地に叩きつけられる前に、光の差し込んでいるほうへ跳んだ。
コレは、“あいつら”と一緒だ。
何も考えていない。ただここに誰かがいるから襲い掛かってくる。ただそれだけ。
足を踏み込んで左に飛びながら横転。そうすると、着地は次にやってきた金属のウロコの上。滑り気や弾力性があると思い着地と同時に後ろへ蹴ったのだが意外に硬く、思った以上に身体が飛ぶ。
後ろからは“もう一人”。
私を追いかけていたようだが、タイミングは遅く抑え込みは失敗。すぐに追いかけなおしてくる。
さあ、残りもたくさんいるのは知っている。
ウロコに巻かれた腕を伝っていくと、前からもう一本。二本。三本。
来い。全員相手してやる!
一、二、三と土台を蹴る。金色の棒を振り回し、一本に命中させた。
——ゴンッ
鈍い音と共にソレが横へ吹き飛んでいく。それを逃さず上に飛び乗る。すると、元の土台が遅れて暴れ始めた。振り落とせなくて残念だったね。
他の彼らもすぐに方向転換してくる。相変わらず何も考えていないんだな。
私は土台を飛び降りる。それと同時に背中の翼を左右に大きく広げ、少し後ろに反らす。
ビュンビュンと音が鳴る。私が地をすれすれに低空飛行すると、ハイジュウの腕は、頭上を反対側に通り過ぎていった。
数回羽ばたき、金属の群れから抜け出すと、“彼”の顔がよく見えるようになった。
*
「……マニ」
「はい」
「何をしたの?」
「少し喝を入れただけです」
「そっか……」
「——エルさん」
「才能は、あるけど」
「エルさん! もう諦めてくださいよ! おかしいですよ、なんでそこまで庇うんですか⁉」
「うるさいな! まだ観察段階でしょ!」
「観察も何も、見ればもうわかるでしょう!」
「エルさん、あの子は——『アルカディア』ですよ‼」
*
「彼」はその漏斗を私に向けていた。
その奥が、かすかに光始めている。
先ほどの学校の崩壊の映像がフラッシュバックした。一瞬腕に震えが起きたが、奥歯を噛んで力づくで耐えた。
「人の痛みを知れええええええええ‼」
私は金色の杖を振り上げ、一気に振り落とした————
————ゴーーン
……ん?
な、なんか今、ハズレみたいな音がしたぞ……?
音こそはまぬけだったが、威力は抜群のようで、ハイジュウの巨体は大きく仰け反り、倒れた。
——ドォォォォン!
タコの漏斗から、明後日の方向へ太い光線が飛んでいった。
ただまっすぐ空を上ったが、白い雲まで届かないうちに消えてしまった。
や……やったのか⁉
心の中で歓喜した…………その、直後。
「——っ、くっ……あははははははっ!」
どこからか聞き覚えのある声が。男の人。少し低くて、ほのかに甘ったるい声。
誰だ! 私は思わず振り向いてみる。
エルだ。
エルが、お腹を抱えて苦しそうに笑っていたのだ。エルが。お腹を抱えて。心底愉快そうに。
あんな彼の姿を見たのは初めてだ。私は目を見開いてしまった。
隣には、先ほどの天使のお姉さんが。こちらはというと、何かに驚いているのか目をぱちくりさせ、私とエルを交互に見ていた。
「あはははっ! アルカ! 最高だよ!」
無邪気に笑う彼の顔には、嘘という言葉が見当たらない。
あのエルがここまで心底笑うなんて。笑わせた私ってめっちゃ天才なんじゃないか⁉ しかし、なぜ笑われているのだろうか……?
「こっちにおいで! あとは僕がやるから!」
笑いがこらえ切れていないまま、大声で叫んだあと、彼は私を手招きした。
私は素直に従おうと、羽を動かす。
人を笑わせられたという事実はなんだか嬉しいのだが、なぜ笑われてるのか分からない自分がいて、考えれば考えるほど眉間にしわが寄ってしまった。
とりあえずそのままエルのもとへ。彼もこちらを迎えるように近づいてくる。
「アルカ。エフェークオス、返してもらえる?」
彼は私の目の前まで来ると、そういって右手をこちらに差し出した。
もちろんイエスだ。私は、差し出されたその掌に黒いハコを置いた。
すると彼は、それを受け取ると同時に、私の横を猛スピードで通り過ぎていった。
「……は?」
『————!』
キョトンとする私に謎の言語で話しかけたのは、天使のお姉さんだ。相変わらず、右目は眼帯で覆われている。うーん、やっぱかっこいい。
『こちらへ来なさい、あとは彼がやりますから』
「あ、あの……なんて言ってるんですか?」
「…………? ……ああ、あなたはギャラキュアスが通じないのでしたね……正直信じられはしませんが。とりあえず、ここでエルさんを見ていてください」
彼女は、私の両肩に両手を乗せると、私の胸の向きがエルの方へ向くように振り向かせた。
……待って。二人して私を置いていかないで! この後何をするの⁉
ぶん殴る⁉ 爆発させる⁉ 今まで散々な目にあっていたことを思い出した。とりあえず、本当に今からなにをするのか宣言してからやってほしいよ! まじで!
……と、そんな心の声が届くはずもなく。
彼は、どこからともなく、いつか見た、あの黒い大剣を取り出した。
ああ、なにかやるんだ。と身構えつつも、好奇心は私の焦点にエルの動きを追わせた。
彼は空き手で、いつの間に腰のベルトについていたエフェークオスに、慣れた手つきで手をかざす。すると、彼の手が緑色の光に包まれる。その手で剣に触れると、なんとその光は剣へと移ったではないか。
「『シネストメイト』——!」
謎の言葉を叫ぶと、1,2,3と、右に一直線、左下、上。彼はその点を結ぶように剣先を振った。すると、剣に纏っていた光が三点で線となりつながる。
頂点が飛び出た変な三角形だ、と思ったが、次の瞬間、その図形が高速で回転しだした。
回っている合間に光の線が伸びだし、先ほどと別の模様が作り出される。
魔法陣だ!
ソレが静止した瞬間、認識した。
五つの円を結ぶように描かれているのは五芒星。それに沿うように、見知らぬ文字が書かれている。
するとどうだろう。次に瞬きしたときには、エルの周りに彼の剣より大きな剣が無数、ハイジュウに先を向けて出現していた。
エルはその前で、空中に足を一歩踏ん張るように出すと、大剣を、魔法陣に先を向けたまま頭上に振り上げる。
「ーー『シプサード!』」
その呪文を合図に、彼は全力で剣を魔法陣に突き立てた。
——バリンッ!
魔法陣はガラスのように割れ、放射状に弾け飛んだ。
それと同時に、彼の従えた大剣たちが、うおん、と風を鳴かせて一斉に発射した。
それらは、ハイジュウの頭をめがけて一直線に飛んでいく。
見事に命中、その瞬間白い閃光と爆発音が飛び散った。中から噴き出す爆風は、彼の黒髪を暴れさせる。舞い上がった砂煙は、ソレの姿を隠してしまうのだった。
「——す、すごい……倒し、たの……?」
振り返ると、眼帯姉さんは、少し考えてから右手でハイジュウの方を指差した。
私はまた顔を正面に向ける。すると、とっくに砂煙は自然の風に払われており、その下を見れば、全身がばらばらに砕かれた、ハイジュウの塊がそこにあった。
「……っ、ふう」
その空中には、圧倒的な威力を魅せてくれたエル。そんな彼が、どういうわけか羽が脱力し、ふらりとよろけてしまう。
「エル⁉」
私は即座に近寄って彼を支えようとしたが、そこまでする必要はなかったのだろう、彼はすぐ自力で元の姿勢に戻った。
「ああ、ありがとうアルカ。大丈夫だよ、心配しないで」
いつものさわやかスマイル。追加で私の頭をくしゃくしゃっと撫でてくる。なんだ、そんなことされたら気持ちいいじゃないか!
「さて、あともう一仕事しなきゃ。アルカ、一緒に来てほしいんだ。もちろん、マニもね」
「お……そうなのか! ……ってん? マニ、って……?」
「私の事ですよ、アルカさん」
そう言ったのは、さっきまで私の隣にいた、眼帯セーラー服のお姉さんだ。
なるほど、マニっていう名前なのか……その端麗な姿に相応しく、とても綺麗な名前だ。
「エルさん、アレですね?」
「アレだよ。アルカもわかるよね」
エルとマニさんがこちらを向いた。一瞬ドキッとしてしまったが、彼らの言ってる意味を理解し、立ち直った。
「——うんわかる! アレだね! 任せて!」
私がニッと笑って見せると、エルが微笑む。
と、次の瞬間、彼は羽を畳み、真下に落下する。同じようにして、マニさんも下へ向かってしまった。気がついた時には、すでに彼らは米粒サイズで私の足元に見えた。
「ふ、二人して行動が早い……!」
戸惑う感情もあったが、この状況で拒否するという選択はない。
つまり、彼らに続いて、私も羽を閉じて地上へ降り立つことにしたのだった。