2-D 先生! 私の世界は今何処に!
五秒でわかる前回のあらすじ
「ニューアルってこんな難しい話やったんかーい! はーっはっはっはっはルネッ(ry」
「な、なんで……? みんなどこ……⁉︎」
私はまた周りをキョロキョロ見渡した。
人間以外はちゃんとあった。先程立ち上がっていた生徒の椅子は引かれたまま。教卓には、国語の先生がいつも持っている教材やプリントが入った籠だけが、ぽつんと置いてあった。
「人だけ、消えてる……?」
唖然として、私は椅子を引いて立ち上がった。
しんとした教室に、ガガガッという音が響いて、ほんの少し怖くなる。
直後、自分の後ろに、何かの気配を感じた。
「…………?」
振り向いてみると、半開きの引き戸の端に一瞬、チラリと紺色のスカートが見えた。
「あっ……! 待って!」
私は咄嗟にドアへ飛びかかった。
ドアをもっと大きく開けようとしたが、年季入った彼は引っかかってスムーズに右に行ってくれない。
ガコガコ音を鳴らし、やっと開いた隙間から顔を出したが、その廊下に、人は一人も居なかった。
私は顔を戻し、目の前の木造の引き戸を眺めた。
「どうしよう……」
さっきのスカートは、完全にうちの中学校の制服だ。しかも、上履きの色が赤色だったのも見えた。つまり私と同級生ということだろう。
あの子は、私と同じで偶然消えなかったのだろうか……?
「一体何が起きてるんだ……?」
私は頭を抱えた。
昨日と今日で、不可思議な出来事が起き過ぎている。
私の頭の中は、すっかり混乱してしまっていた。
ぐるぐるぐるぐる。落ち着かない。
恐怖と不安もあるけれど、その中に、なぜか歓喜と期待も混じっていた。こんな怪奇な展開に、期待なんてしちゃいけない、そう私の中の一人が言っている。
ああ、神さま。もしいるならば。
私の世界を返してください。
——バキィ!
冷や汗が頬を伝った時、背後で軽い破壊音が聞こえた。
私は肩をビクッと震わせると同時に振り向く。教室を見渡すと、とある窓に目が行く。
さっきまで窓は全て閉まっていた……筈だったが、今はひとつだけ開いることに気がついた。
その窓枠には、鍵がなかった。
さらに『鍵だったもの』は、教室の床に転がっていた。そんな強引に開けられた窓から、屈んでこちらへ入って来ようとする見覚えのある姿を見つけた。
「——エル⁉」
空色に透き通った瞳。彼は、足をかけた窓枠から床に飛び降りた。私は驚きと安堵から、咄嗟にそこへ駆け寄る。
……ん? 待てよ。この人は今さっき、鍵が掛かってた窓を素手で開いて鍵を壊したって事かい?
——鍵ってなんだったっけ。
「……えっと……あ! そうだよエル! 学校のみんなが消えちゃったの! どうしよう! あとえっと、それで……!」
私は身振り手振りで記憶を再現しようと試みた。
しかし瞬間、今はそれをする状況でない、と判断する。目の前にいるエルは、いつもと違う、真剣な、そしてどこか焦っているような顔をしていたのだ。
「ごめんアルカ、説明は後でする!」
彼は、そう言うや否や、素早く私の腰に両腕を回して来た。
「え、何——どぉっ⁉」
私の両足が宙に浮いた……いや、エルが私の足を持ち上げていた。
そして彼は、私の頭をさらに自分の体に寄せると、膝を曲げて、背中を丸める。
「何する気ィ——⁉」
嫌な直感が脳裏をよぎったのも束の間。
——彼は、真上に跳んだ。
——ゴッ! ——ドゴォ!
彼の背中は、案の定天井にぶつかり、それを破壊。さらに四階の天井まで破る。
彼が当たる度に、私も小さく衝撃を受ける。私は内臓から声が出る感覚を味わった。
こんなもんハリウッド俳優もびっくりだわ!
「ごふっ……うう……」
「あれ? アルカ大丈夫?」
どうやら、はやくも外まで抜けたようだ。見下ろすと、我が校の屋上に穴が空いていたのが見える。
いつの間にか、彼の背中には白い羽が生えていた。それが動く度、お互いの体が小さく上下に動く。
——大丈夫? じゃないよ。こちらとら下手したら脳挫傷ルートだったよ。
「もー……やるなら言っ——」
——言ってからやってよ、と言おうとしたところだ。
——ズガァァァン!
私の目の前で、一瞬の強い光と共に、校舎全体が破裂する。
エルに抱っこされている状態だったので、私はそれを顔だけを回して見ることになる。目に飛び込んできた情景は、その一瞬、私の理解を遮った。
そこでは、さっきまで暴れまわっていたはずの赤い巨大タコが漏斗——通常のタコならスミが出るアソコ——を、学校の方に向けていた。その漏斗の周りは、相変わらず金属のウロコで覆われている。
タコの漏斗が学校へ向いていること。
さっきのエルの脱走のワケ。
直前に、辺りが光ったこと。
粉々になった、私がさっきまで居た校舎。
状況を辿って、やっと理解ができた。
「あのタコが、学校を——?」
「ごめんね……これが終わったら、戻せるから」
頭の上から、申し訳なさそうな、それでいて冷静さを醸し出す声が聞こえた。私は屑となった我が校を凝視しつつ、小さく頷く。
その間も、赤いタコは、うねうねと腕を動かし続けて、町を潰している。
よくよく見てみると、このタコ、頭の下がナメクジの足のように地面にへばりついている。なんだこの奇妙な生物は……お、イソギンチャクっぽいかもなぁ? そうだそうだ、イソギンチャクだ。この生物は、タコの足があるイソギンチャクだ!
…………すいませんでした。
「うかうかしてたらいけない。アルカ、これ持って」
エルは、右手で、ベルトの辺りからカチンかちん、と音を鳴らして何か外した。そして、私の目の前にそれを差し出す。
それは黒くて、直方体の物体だった。一瞬ちょっと大きめの財布かな、と思ったけれど、そうではなさそうだ。どちらかといえば携帯端末のような、メカニックな物だと見て取れる。
その物体の表面は黒い金属——なのかは知らないが、それっぽい光沢のある物質——で覆われており、一面はXの模様にくり抜かれていて、中から青色のプラスチックのような物体が姿を見せていた。
そして、そのくり抜かれた部分の中心に、金色の謎のマークが書かれている、そういう物体だった。
——なんだこれ。
「なにこれ?」
「“エフェークオス”」
「は?」
私が顔をしかめると、急にエルは私の手首を無理に掴み、掌をその物体の上にかざさせた。
「え、ちょ、何?」
「復唱して」
「ふ、復唱?」
『————』
有無を言わずに、彼は異国の言葉を発した。
突然のことで思考を停止していたが、なるほど、その言葉を復唱しろとエルは言ったようだ。ええっと、とりあえず従っておくか……
「……シ、『シネストメイト・サイメテオ』!」
すると、機械の、青い部分が二回点滅し、ピロリ、と電子音を立てた。
何事か、と不思議に思っていると。
「——うわおっ⁉」
自分の体が、眩しい白い光に包まれる。
数秒でその光が収まり、その後反射的に、私は手元に焦点を合わせる。先程まで着ていたはずの制服。それはその一瞬で、姿を変えていた。
そう、昨日見たばかりの、あの真っ赤な袖。
「わっ……! 変身したぜよ……!」
それと同時に、背後でバサッという音が聞こえた。
顔を少し後ろに向かせると、黒い骨で出来た、悪魔の羽があるのが確認できた。
——すげえ……! これすげえよお父さん……! これで遂に特撮に出られるよ!
と、私が目を大きく開けて感動した…………のも束の間。
——突然、自分の体に風圧がかかった。
「ごふうっ⁉」
「ごめんアルカ! ちょっと我慢して!」
エルが、私を担ぐのを右腕だけに替える。
何事かと思い、私は彼の肩の上から、彼の背後の景色を確認する。
吸盤のついた、巨大なタコの足が、こちらに迫って来ていた。
「ひょえええええええええええええっ⁉」
一振りでビルを粉々にしてきていた、あの太い足。それは私を恐怖のドン底に突き落とす。
「エルゥゥ! 後ろから来てる! 後ろから! たこ焼きにされちゃうよおおおおお⁉」
「大丈夫! 落ち着いてアルカ!」
私は、エルのティーシャツに、縋るようにしがみついた。対する彼も、腕に少し強く力を込める。潰さないように配慮してくれているのか、ありがたい。
……などと考えていたその時である。タコの足が当たるか当たらないかスレスレのところで、エルの背中から生えた羽が反り返った。
——ぐるんっ
その一瞬、彼と私は縦に一回転した。
「へ——⁉」
しかし、それだけでは終わらない。
横へ。下へ。上へ。グルングルンと、回るわ回るわ。
それを追う八本の足は、焦るようにこちらだけに集中し始める。比例して、エルの動きもより俊敏に、激しくなる。
「いぎいいいいあああああああああ!」
私は振り落とされてたまるか、と根性でエルの体にガッツリしがみついた。
しばらくすると、彼は直線方向に飛ぶようになってくる。
助かった、動きが弱まった。そう気がついた時、再びエルが、異様に落ち着いた声で話した。
「アルカ、いい? 今から、アルカのことをハイジュウの向こう側に投げるからね」
「うん————は?」
「これ、持って」
彼は、私の掌に、先ほどの黒い機械を再び押し付け、そして握らせてきた。
なんだ、そうそう、エフェークオス、だっけ?
「何かあったらこれ使って。えっと、色々と便利だから」
「説明下手じゃない?」
「とにかく、絶対に、離さないで」
一瞬、エルと機械のどっちを? と思った私はもう頭がおかしかったと思う。もちろん、彼が言ったのは、機械を離さないでということである。
「じゃあ、いちにのさんで行くから」
「——いや待って⁉落ち着こうかエルさん⁉ きっともっといい方法はあるはずさ⁉︎」
彼は、私の言葉を聞かず、羽を数回閉じ、急降下する。
そうして、赤い屋根の上に足をついた。
「いち!」
彼は力強く軸足を踏み込む。
「にの!」
そして、これまた強く、左足を前に出す。
「さん!」
彼のかけ声と共に
——私は一直線にぶっ飛ばされた。
「どわあああああああああああああああああああああっ⁉」