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《8》


 ***


 インゴット様。


 何回お手紙を差し上げたことでしょう。もはや回数など分かりません。

 きちんと届いているのかもわかりません。

 しかしお待ちしております。

 お願いいたします。

 水曜日の夜。タランチュラ。ニコラ。

 内容はお会いしましたら直接お伝えしたします。

 どうか、お願いいたします。


 ***



 変な手紙。

 大輔の率直な感想だった。

 そしてなんか気持ちが悪い。面白味はないが、なんだかねっとりとしている。

「ストーカー? メンヘラな彼女からの手紙……、にしてはちょっと違うか。なんかクラブとかキャバクラからのお誘いみたいな……?」

 しっくりこない。

 差出人も書いていないし、色気もそっけもない茶封筒だ、キャバクラやクラブには似つかわしくない。

「変な手紙」

 紙を手放し、スマホを手に取る。

 グーグル。

 代官山 タランチュラ

 代官山 タランチュラ ニコラ

 タランチュラ ニコラ

「タランチュラ星雲」

 ウィキペディアがタランチュラ星雲を引っ張り上げた。

 ニコラという博士がタランチュラを星雲だと突き止めたらしい。

「ふーん」

 なにか関係がありそうだが、大輔の興味は星雲に移り、恒星に移り、宇宙に移り、不思議な話しに移り、怪談とホラーをまとめ掲示板で漁っていた。


 古いアパートだった。自分の浮気が原因だから仕方がないが、同棲していた彼女にマンションを追い出され、仕事もあるから早急に部屋を見付けなけりゃいけなかったんだ。え? そう、マンションの名義は女側だよ。収入が倍違うんだら仕方ないじゃん? 断じてヒモではない! ま、近いけどな。そんなわけであんまり金がないから、安くて職場に近ければ文句なんてないね。終電過ぎにタクシーで帰るのはしんどい。だから古いアパートでも、月三万でフローリングでロフトもついてるなんて最高だった。着の身着のまま転がり込んで、翌朝は六時には現場に行かなきゃなんないからそっこーで寝たんだよ。いやそんときは全然気にならなかったんだけど、夜中目が覚めてさ、トイレいくかなーって電気つけたら、壁に目があったんだ。人の目。片方だけな。その目がじっと見てんだよ、こっちを。

「こんにちは」


 ビクッとして大輔は顔を上げた。

 窓の外に人がいた。

「ひっ」

「あ、すまんね、驚かせてしまったか」

 隣のおじさんだった。

「あ、えっと、すみません、そうじゃなくて……」

「いやいや、人の部屋を覗きこむものじゃなかったな。申し訳なかった」

 おじさんは申し訳なさそうな笑顔で、額を撫でた。

 窓は開けっぱなし。しかも窓と床の間が狭い昔の作りのアパートだ。覗きこもうと思わなくても、外から丸見えだ。

「あ、あ、あの、おじさん。今朝はコーヒーありがとうございました。美味しかったです。それで、カップをお返ししてなくて、」

「あー、カップ。そんな急がなくて良いし、なんなら上げるよ」

「そんな、素焼きの高そうなカップ、とても貰えませんよ。今持っていきますから」

「ならこっからもらうよ」

「いえ、あの、ちゃんとお渡ししたい物もあるので」

 大輔はなんとか押しきって、コーヒーカップとソーサーと、用意していたお菓子を持って外に出た。

 庭先だったが、きちんとおじさんの前に立つ。

「一◯二に越してきました、淋代と申します。よろしくお願いいたします。こちら詰まらないものですが、お菓子です。よければ食べてください。それと、コーヒーありがとうございました」

 お菓子を手渡し、カップも返し、頭を勢い良く下げた。

「これはご丁寧に。一◯一の竹山と申します。よろしくお願いします。私は長いことここに住んでいるんで、何か分からないことがあったらなんでも聞いてくださいね」

「はい、ありがとうございます!」

「ああ、このお菓子! みかど屋の揚げまんじゅう! これ好きなんだよ、ほんとありがとね! コーヒーにもあうんだ」

 おじさんは歯を見せて笑った。

 良かった。

 大輔は心から、良かったと思った。

 喜んでもらえている。迷惑がられていない。救われた。

 大輔は何度も頭を下げてから部屋に戻った。

 そしてすぐに庭の外から言われる。

「カーテン買いなよ。雨戸があるが、やっぱり気になるだろう?」

「そうですね……」

 言いながらぐるりと部屋を見回す。

 つい苦笑いが出た。

「それよりも、なんにもないから、先に買わなきゃいけないものばっかりだ」

「ほんとうになんにもないな」

 おじさんは身を乗り出して部屋の中を覗いている。

 嫌な気分はしなかったし、むしろ顔を見合わせ、ケラケラ笑いあった。

「寝るときはどうしてるんだ。床に直接か?」

「はい、そうです」

「いつベッドが届くんだ。そうだ、それまで客用の布団をかしてやるよ」

「いえそんな悪いです」

「いいからいいから。年に二回、孫が遊びにくるんだ。それ用の一式がすぐ出せる」

 おじさんはすぐに布団一式を持ってきて、ねじ込むように窓から部屋へ投げ込んだ。

「ふー、重いねえ。シーツなんかも要るだろう、もう少し待っててくれるか。押し入れを探してくる」

「シーツくらいならすぐ買えますから!」

「そうかい? まあそうか」

「はい! でも布団は、正直助かります。お借りして……本当に良いんですか?」

「孫が来るまでに返してくれればいいさ」

「ありがとうございます。すぐ布団かベッド買います!」

「なんだ、引っ越しで持ってこなかったのか」

「え、ええ。その……全部こっちで揃えようと……心機一転。はは」

「そーゆうことかい。分かった。なら、自分の好きな一点が見つかるまで使ってかまわないから、その布団。食器なんかはどうなんだい? もう店は回ったかい?」

「え?」

「中目黒系ってのも今は流行りだが、代官山もまだまだこだわりのある店があるからな、じっくり探してみてくれな。僕の知り合いのデザイナーなんかもたまに展示出展しているから、フライヤー貰ってきたらあげるよ」

「え、あ、ありがとうございます」

 大輔は内心冷や汗をかいていた。

 おじさんの言っている言葉がすべて、分かるようで全く分からなかったからだ。

 借りた布団はふかふかで、とてもよい品のようだった。

 枕もふかふかだ。

「シーツ、買いに行くか」

 どこに売っているのだろう。

 大輔はスマホを繰った。

 代官山で探したがうまく出てこず、やっと出てきたのは北欧インテリアショップだったので、固唾を飲んだあと、無印良品を検索し、恵比寿駅ビルにあるらしいので再び恵比寿へと舞い戻ったのであった。

 そして、夜の空気をまといはじめ、活気に満ちて華やぐ恵比寿の変わりぶりに、大輔はたじろぐことになる。


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