リエ様と愉快な仲間たち
「もしもっしー? 元気にしてた、理絵?」
宝来ちなみはベッドにうつぶせになり上機嫌で、携帯端末で会話をしていた。
今の通話相手は、中学校高校の同級生。
大学進学を期に同級生は他県に引っ越してしまったのだが、定期的に連絡を取り合っているし彼女が帰省した際には必ず遊びに行っている。
『うん、私は元気だよ』
「そりゃ何より。仕事も順調?」
『うん、仕事内容は結構ハードだけど、仁科先輩がいつも助けてくれるからね』
電話の向こうで、同級生理絵が元気よく喋っている。
(……仁科先輩、ね)
ふっとちなみは遠い眼差しになる。
理絵の職場の同僚だという仁科先輩というのは、ひょっとしたら自分の前世の仲間の一人ではないかとちなみは考えているのだ。
(前世でリエが言っていたものね。実際、デュークとは再会できているし)
前世の記憶を取り戻したちなみは中学生のある日、理絵の家に届け物をしに行った際に運命的な(?)再会を果たしたのだ。
風邪で寝込んでいた理絵の看病をしていたのは、隣の家に住むという彼女の従兄。挨拶くらいはしようかな、と思っていたら、出てきた顔を見るなり両者とも絶叫をあげたものだ。
「うっわ、もしかしてデューク!?」
「その偉そうな物言い、さてはおまえユーフェミアだな!?」
周りに誰もいなくてよかった。
かつて理絵は、「親戚、同級生、近所の子、先輩に仲間と似ている人がいる」と語っていたのだ。ちなみは記憶を取り戻してすぐに、「同級生」が自分の生まれ変わった姿のことなのだったと理解したのだ。
デュークもとい守谷斎とはすぐさま連絡先を交換しており、今でも「リエ様定期連絡会」を行う仲である。
そういうわけで、その仁科先輩というのが仲間――サマンサの生まれ変わりである可能性が高そうなのだ。ちなみも斎も理絵の顔を見た瞬間に思い出したので、もし予想が当たっているなら仁科先輩という女性も前世の記憶を取り戻しているはず。そして、きっと理絵の近所にベンの生まれ変わりの少年もいるのだろう。
(サマンサやベンとも早く再会して、連絡先交換しないとな)
「リエ様定期連絡会」は随時開催されているのだ。
そうして斎との話題に挙がるのが、仲間の最後の一人、騎士ジークベルトである。
(あいつだけ、リエは会った記憶がないと言っていた)
傍目から見ても理絵と愛し合っていたジークベルトのことだ。ちなみたちと同じように転生を願ったはず。
ということは、理絵があの世界にトリップした時点で彼女はまだジークベルトの生まれ変わりに出会っていないのだろう。ちなみたちの年齢は、前世と一致している。ジークベルトだけまだ生まれていない、ということはないはずだ。
そういった状況確認のためにも、ちなみは頻繁に理絵と連絡を取り合っているのだ。
「そっかそっか。また理絵のところに遊びに行きたいなー」
既に何度か理絵のアパートに遊びに行っているが、昼間だからか「近所の子」には会えずじまいだった。ただ、理絵からは「大家さんの息子君」という情報を得ている。年齢を聞いたところ、今年で十四歳。ベンと一致している。
『えー、でも私のアパート狭いじゃん?』
「あたしは実家暮らしだから、アパートに憧れるんだよ!」
『はは、了解。それじゃあ今度ちなみが来られそうな日を教えてね』
「ありがとう、お土産持っていくからねー!」
ひとまず理絵が元気ならそれでいい。
「でさぁ、最近いい話ないの?」
『え?』
「ほらほら、理絵ってば中学の頃から真面目一筋だったじゃん。仕事とかでいい人と出会ったりしてない?」
ちなみはからかうように言うが、なんてことない。
理絵に不埒な気持ちで近づこうとする連中は、斎とちなみで撃退してきたのだ。
県外に引っ越してからは不安だったが、どうやら大学生活でも万事は起きていないそうだ。もしかすると、ちなみたちに代わってベンの生まれ変わりが活躍してくれたのかもしれない。
(うーん……そして就職してからはサマンサが守っていると考えると、あたしたちは本当にうまく転生したんだなぁ)
幼少期は斎、学生時代はちなみ、大学生時代とアパートではベン、職場ではサマンサが理絵を守っているとなると、女神の「祝福」の強力さを実感する。
ふと、端末の向こうが静かになった。
「……理絵?」
『……あ、あのね。ちなみだから言えるんだけど……聞いてくれる?』
「もちろん」
どことなく緊張したような理絵の声。
まさか――とちなみが息を呑んだ後。
『……ちょっと変わっているけれど、なんとなく気になる人がいて』
「誰!? どこのどいつ!? 顔は!? 名前は!?」
肩で端末を支え、ちなみはデスクに猛進して筆記用具をスタンバイした。これは間違いなく、「リエ様定期連絡会」の議題に挙げるべき内容である。
そんなちなみの心情を知ることなく、理絵が恥ずかしそうに言う。
『設楽さんって言って……大福が縁でコンビニで会ったの』
「大福ぅ?」
『そっちでは売ってないかも。『もちっと大福』っていって、青色コンビニの店舗限定商品なんだけどね、私毎週金曜日にそれを買いに行っているの』
「ふんふん」
『それで一ヶ月くらい前のある日に、すごいイケメンが最後の一個を買いに行っちゃって』
「すごいイケメン」
メモを取りつつ、ちなみは眉間に皺を寄せる。
設楽、という名前だけでは何もピンと来ない。
イケメン――確かにジークベルトはかなりの美男子だった。照れ屋でたまに挙動不審になるが、剣の腕前と理絵に捧げる愛情は本物だった。
『いつも同じ子がレジをしているからかな、レジ中に私が店に入ったときに設楽さんと目があって。そしたら……』
「そしたら?」
『いきなり泣き始めたの』
「……おぅ」
『かと思ったらいきなり顔を真っ赤にして照れたりして……何というか不思議な人だった』
(やっぱりあんたかジークベルトぉぉぉぉぉぉーーーーー!!)
ダン! とちなみの拳がデスクに叩きつけられ、筆記用具が飛び上がった。
「ちょ、もう一回名前教えて!」
『えーっとね……名刺がここに……』
(もう名刺まで渡したのか!)
『設楽洋介さんよ。上山プロダクションの営業で……なんか、すごい人みたい』
「上山ってったら、こっちで有名なアレ?」
『そう、アレみたい』
「……おぅ」
『いろいろあったけれど、なんだか忘れられなくてね……連絡先に思い切ってメールしてみたの』
「返事は!?」
『すぐに返ってきた。ま、また会いたいです、って……』
(やるなジークベルト!!)
「それで!? 約束を取り付けたの!?」
『う、うん。来週の土曜日にお茶しましょうって誘われたの』
神よ! とちなみは前世の癖でついつい空を仰いでしまった。
「そ、そう。それで、行くのね!?」
『うん、でもどんな格好すればいいのかとか、どんな話をすればいいのかとか分からなくて……ちなみにアドバイスしてもらえたらなと思ったんだけど、いいか』
「任せなさい!」
ちなみは全力でアドバイスした。
そうして満足したらしき理絵が電話を切った後、すぐさま電話帳を繰って電話を掛ける。
『……あー、もしもし、ちなみか?』
「斎、来週の土曜日に理絵の所に行くわよ!」
『は? 俺、仕事なんだけど』
「たぶん、理絵がジークベルトの生まれ変わりとデートする」
『今すぐ仕事のシフトを変わってもらう』
次の週の土曜日。
おしゃれなカフェで談笑する男女を見つめる目が、合計四組。
「……まさかあんたたちとも合流できるとはね」
「理絵ちゃんが男の人とデートって言うから張ってきたのよ」
「ベン……じゃなかった、翔平か。おまえ、部活は?」
「理絵さんとジークベルトの一大事だ。休んできた」
「にしてもあれ、間違いなくジークベルトだな」
「名前……何だったかしら、ユー――ちなみちゃん?」
「設楽洋介」
「……あ、次の場所に移動かな?」
「追うわよ」
「うっす」