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叶うことなら、もう一度あなたと  作者: 瀬尾優梨
私と大福とイケメンと
3/13

なんかイケメンと一緒に大福食べているんだが

 このコンビニは二階建てになっていて、一階で購入した商品を二階のイートインコーナーで食べられるようになっていた。

 最近多いよね、コンビニカフェ。

 挽きたてコーヒーやジュースはもちろん、レジカウンターのケースにはドーナツなんかも並べられていて、ちょっと休憩するにはもってこいだね。


 というわけで私はイケメンに促されるまま、コンビニの二階に上がったのだった。

 時間が時間だからか、私たち以外の客はほとんど見られない。隅っこの席で学生らしい男の人がパソコンを打っていて、観葉植物の脇で中年のおじさんが新聞を読んでいる。二人ともこっちには無関心だ。


「どうぞ」


 私がぼんやりしている間に、イケメンが動いた。彼は窓際の席の椅子を引いて、私に座るよう促す。

え、何この高級レストランのウエイターみたいな仕草。むちゃくちゃ様になっているんだけど。


「ど、どうも」

「飲み物はいかがですか? 必要なら何か買ってきますよ」

「いやあの、大丈夫なので」


 こっちとしては名前も知らないイケメンと一緒に大福を食べるという非常事態に頭がショート寸前なんだ。飲み物なんて買われたら余計この時間が長引いてしまって、いたたまれなさすぎる。

 彼は「そうですか」と微笑み、私の隣に座った。同じ高さの椅子なのに、私が座ると少しつま先が浮いて彼が座ると脚が余って前に飛び出ている。背が高いから脚も長いんだな。決して私が短足なわけではないぞ。


「さて、ではいただきましょうか」

「あ、はい」


 テーブルにちょこんと置かれた「もちっと大福」。男性が丁寧な仕草で封を開け、プラスチックのトレイに入った二つの大福が引っ張り出された。

 今日はこの大福を彼に譲るつもりで、チューハイの他にフロランタンも買ったのに。どうしてこうなったんだろう。


 ちなみにこの大福、もともと二人で食べる前提らしく、爪楊枝代わりのピックが最初から二本入っている。


「おいしそうですね。……これは、中身は何味なのでしょうか?」

「バニラクリームです。冷やしたらおいしいんですけど、さっき買ったばかりだからまだほんのり冷たいはずです」

「なるほど、ではいただきます」


 そう言って彼は大福に対してもきちんと食前の挨拶をした。なんというか、見た目も爽やか系イケメンだけど、見た目に違わず育ちもいいんだろうな。私は一人で食べるときはいただきますもおろそかになっているから、彼を見習わないと。


 ピックを摘んで、二つ並んだ大福のうち私に近い右側のやつにぶっすりと突き刺す。中央に突き刺すと、食べているうちに中身がこぼれ出たり千切れたりしないんだ。


「んー……おいしっ」

「では僕も」


 男性もどこか弾んだ声で言って、左側の大福にピックを刺した。

 ……あ、そんな隅っこの方を刺したら。


「うわっ!」

「あっ! あー、ぎりぎりセーフですね」


 案の定大福は中身のクリームの重さに耐えきれず、ずるりと変形して落ちてしまった。このままだとテーブルに落ちるな――と思いきや男性は思いがけず俊敏に動いて、なんとか大福は元のトレーに落下した。


「え、ええ! ……テーブルに落とさなくて、よかった」

「ですね。……えーっと、端っこじゃなくてこの中央らへんを思いっきり刺してください。中途半端だと、また落ちますよ」

「分かりました。ご助言ありがとうございます」


 彼は大まじめな顔で言って、私の言ったとおり大福の中央にピックを刺した。今度は形が崩れることもなく、彼は一口で食べてしまった。まあ、もともと一口サイズだからね。


「ん……」

「どうですか?」

「……これは、おっしゃるとおりおいしいですね」


 どうかな、おいしいかな、甘すぎないかな、と彼の反応を伺っていた私は、にっこり笑顔と共に言われてほっと息をついた。

 よかった。自分がおいしいと思うものをまずいって言われたらやっぱりショックだもんね。


 ……って、あれ?


「そういえば、これがどういう味なのかとか知らずに買ったんですか?」

「ええ……まあ。昔の知り合いから、この大福がおいしいと聞いていたので」

「へえ……でもこの大福って、同じ系列のコンビニでもお店によって売ってたり売ってなかったりするんですよね」


 そう、それが私がこのコンビニに執着する理由の一つである。

 実は、私のアパートにより近い場所に同じ青色コンビニがあるのだ。そっちなら徒歩一分程度で着くから、そちらの方が便利ではある。


 でも、そちらのコンビニにはこの大福は置いていない。わざわざ店員に尋ねたから、売り切れじゃないのは確かだ。

 ネットで調べた結果、青色コンビニの中でもごく限られた店舗のみ、「もちっと大福」を入荷していることが分かった。そして一番近いのが、アパートから車で五分のこのコンビニなのだ。次に近い店となると、なんと車で十五分。しかも職場とは反対方向の都市部なので駐車場がない。


 そういうわけで、青色コンビニだから「もちっと大福」を置いているわけじゃないんだ。


「家がこの辺りにあるのですか?」


 私が問うと、なぜか彼は困ったように視線を彷徨わせた。また顔が赤い。何なんだ。


「い、いえ。駅前のマンションで暮らしています」

「そうですか。……あ、ちなみにこのもちっとは駅前の青色コンビニにもあるんですよ。自宅からだと、そっちの方が近いでしょうね」

「え、ええ。そうですね」

「それじゃあ、このコンビニに来たのは職場が近いからとかですか?」


 何気なく問うただけなのに、なぜか彼は沈黙してしまった。

 ……あれ? 聞いちゃいけないことだった?


 彼は困ったように視線を彷徨わせた後、ぼそぼそと言う。


「……先週来たのは、仕事のついででした。この付近の事務所を訪問しまして、その帰りにと」

「なるほど」

「……今週は、その、あなたに会うために寄りました。先週は同僚の車で途中まで送ってもらったので知らなかったのですが……ここ、最寄り駅がないんですね」

「確かに……ん?」


 最寄り駅がない。先週は同僚の車に乗せてもらった。

 ……つまり?


「もしかして、電車通勤ですか?」

「ええ、まあ」

「……今日はどうやってこちらまで?」

「……タクシーで」

「わざわざタクシーに乗ったんですか!?」


 なんてこった! これじゃあ二百十六円の大福や安物ハンカチではとうていあがなえないくらい彼に負担させているんじゃないか!

 驚愕する私の心の内を察したようで、彼は慌てて身を乗り出してくる。


「タクシー代のことならお気になさらず! そもそも今週も会いましょうと言ったのは僕の方なので!」

「分かった! 分かりましたので、ちょっと離れて!」

「え? ……あっ」


 私の指摘でやっと、至近距離まで私に迫っていることに気づいたようだ。

 彼はささっと席に戻り、頬を赤らめて咳払いした。先週から思っていたけど、この人よく赤面するな。


「し、失礼しました! ……でも、タクシー代より何より、僕はあなたに今日も会えたことが何より嬉しいのです」

「そんなに大福が食べたかったんですか?」

「…………いえ、その……」


 彼は口ごもり、口を手で覆ってしまった。イケメンってどんなことをしても様になるんだな。


「それじゃあ、今日も駅までタクシーで帰るんですか?」


 この辺はバスも通っていないので、近所に住む人は一家に二台は車を持っている。私の住んでいるアパートも、駐車場完備である。社会人なら車を持っていて車通勤が当たり前の地域なんだ。

 私の問いに、彼は照れたように笑って頭を掻いた。


「はは、そうなりますね。幸いこの辺りもタクシーは頻繁に通っているようですからね」

「でも、最寄り駅までそこそこ距離ありますよ?」


 日によって道が混んだりするから駅までどれくらい料金メーターが加算されていくのかは分からない。でもどう考えても、バス代や電車賃よりずっと掛かってしまうだろう。


 私はテーブルに頬杖を突く彼を観察する。

 今日も身なりはばっちり、立ち居振る舞いには品があって、物腰も丁寧。スマートに椅子を引く仕草からして、育ちもいいんだろう。

 ……なら、大丈夫かな。


「それじゃあ、駅まで送っていきますよ」

「え?」


 私の申し出に、彼ははっとしてこちらを見てきた。

 私は微笑み、ポケットに入れていた車のキーを取り出してぐるぐると指で回す。


「私、車通勤なんで。駅まで送っていきま――」

「なりません!」


 とたん、それまで穏やかだった彼は大声を上げて立ち上がった。他のお客二人もぎょっとしてこっちを見たのが気配で分かる。

 彼は顔どころか耳まで真っ赤にし、椅子に座ったままの私を見下ろしてきていた。


「女性の車に乗せてもらうなど、あってはならぬことです!」

「え、そう?」


 仕事の飲み会とかでは、「駅までたのーむ!」とか言う酒臭いおじさん上司を近場まで送っていったこともある。翌日お菓子をもらったから、私もまんざらでもなかったな。

 だから私としては男の人を車に乗せることにそこまで抵抗はない。


「仕事でよく乗せますよ?」

「仕事は仕事です! あなたは会って間もない得体の知れない男と密室で二人きりになるのですか!?」

「得体の知れないって、自分で言っちゃう?」

「たとえ表現です! どうか御身おんみを大切にしてください!」


 御身……御身とか、生まれて初めて言われた。

 彼はヒートアップしていることに気づいたのか、はたと動きを止めた後、椅子に腰を下ろした。


「……すみません、あなたに対して声を荒らげるなど……」

「いや、私の方こそ、ちょっと不用心なことを言ったんですよね」


 冷静になって考えると確かに、職場の人と違って彼のことは名前すら知らない。穏やかそうに見えるけど本心はどうか分からないし、何かあったときに女である私は彼の力にはかなわないだろう。

 どうやら私は昔から思いつきで発言する質らしくて、従兄の兄ちゃんや中高の同級生からは、「もっと用心しないと!」と口を酸っぱくして言われている。


 今日のことも二人が知ったら大慌てさせちゃうだろうな。

 ……不用心だった。


 彼は私が反省モードに入ったのが分かったのか、ふっと息をついた後、まだほんのり赤い頬を緩めた。


「……でも、そのお申し出はありがたかったです。お気を遣ってくださり、ありがとうございます」

「いいえ。……まあ、大福でしたら駅前店にも置いているはずですし、わざわざここまでタクシーを使ってまでして来る必要もないですね」

「……。……そのことですが」


 不意に彼は真剣な表情になり、胸ポケットから手のひらサイズのケースを取り出した。

 それ――名刺入れ?


「……もしよろしければ、連絡をください」

「へ?」

「申し遅れました。……設楽洋介したらようすけと申します」

「ほ?」


 そう言って差し出されたのは、おしゃれな名刺。見ると、「設楽洋介」の名の上部に、誰もが知っている大企業名が。


「……上山プロダクション」

「あ、ただの営業です」


 いや、「ただの」じゃないし!

 見た目からしてエリートっぽかったけど、上山プロダクションの営業なんて私からすれば雲の上の存在だよ! 日本中に支店を持っている大企業じゃないか!


「ちなみに春まで東京の本社所属でしたが、今年の春にこちらに異動になりました。左遷ではなくて、昇格です」

「……」


 大福が縁で出会ったイケメン。

 その人は、大企業のエリートサラリーマンでしたとさ。


 なんてこったい。

前半終了です

後半に行かれる皆様は、お風邪を召されませぬように

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