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叶うことなら、もう一度あなたと  作者: 瀬尾優梨
私と大福とイケメンと
2/13

なんか今日もイケメンがいるんだが

 ……なんだかものすごく、疲れた。


 私ははーっとため息をつきつつ車を運転し、アパートの駐車場に停めた。

 助手席には通勤用のバッグの他に、お買いあげシールが貼られた「もちっと大福」が。


 つい五分ほど前の出来事が、今でも頭の中をぐるぐると回っている。


「……あ、理絵さん」


 荷物を持って駐車場に降りた私に、声変わり途中の少年の声が掛かった。聞き覚えのある声に顔を上げると、駐車場の前に自転車に跨った男の子がいてこちらを見ていた。辺りは薄暗くて彼の顔も影になっているけど、この時間にアパート前にいることと声だけで彼がすぐに誰なのか分かった。


 私は疲れた表情を引っ込め、笑顔で手を振った。


「やあ、翔平君。これから塾?」

「うん。もうすぐ期末試験だから、これから三時間塾があるんだ」

「うわ、三時間!? お腹空くでしょう!?」

「さっきたくさん食べたから大丈夫」


 そう答えるのは、私が住むアパートの大家さんの息子である翔平君。

 私がこのアパートを借り始めたのは、大学に進学した六年前。家賃は安めで設備は十分、近所には一通りの施設が揃っていて暮らしやすかったから、就職後も継続してここで暮らしているんだ。


 六年前は小学生だった翔平君も、今年中学二年生になった。これから身長が伸びる時期だからまだ私より小柄で、利発そうな目がきりりとしている。確か、バスケ部に入っているはずだ。「来年の夏季大会までには百七十センチになるんだ!」と豪語しているんだよね。


 大家さん一家は親切だけれど、とりわけ翔平君は六年前からずっと私に懐いてくれていた。一人っ子で、両親も忙しいから寂しい思いをしてきたんだろう。比較的時間に余裕のあった大学時代はよく一緒に遊んであげたし、就職するまではたびたび勉強も教えていた。大家さん曰く、今では勉強も運動も学年でトップレベルになったそうだ。翔平君すごい!


 私が就職するのと同じ年に翔平君は中学に上がって土日は部活をしているし、夜から塾に通うようになった。私も夜遅くまで残業することが多いから、こうして夕方にばったり会うくらいでなかなかゆっくり話すこともなくなったんだよね。


 翔平君は、私が手に「もちっと大福」を持っていることに気づいたようだ。


「あ、それまた買ったんだ?」

「また、って何よ。まあ、今日は私が買ったんじゃなくてもらったんだけどね」

「もらった? 誰に?」


 翔平君は目を細くして、どこかうろんげな眼差しで問うてきた。なんだろう、「知らない人からものをもらうな!」って言いたそうな目だ。君は私のママか。


「名前は知らない人」

「知らない人からものをもらったらいけないんだよ」

「やっぱり言ったな、君。……名前は知らないけど来週もコンビニに来るそうだから、その時に聞いてみるよ。結構なイケメンだったな」

「は? イケメン?」

「まあ、いいから。ほらほら、塾でしょう? 行ってらっしゃーい!」

「え、ちょっと……」


 まだ何か言いたそうな翔平君だけど、塾まであまり時間がないんだろう。自転車の荷台を押してやると、渋々ペダルをこぎ始めた。振り返って恨めしそうな目でこっちを見るけど、なんでだろう。あの男性がお買いあげ直後にもらったものだから、中に変なものとか入っているはずもないのに。


「……まあ、いいか。食べよう」


 もらえるものはもらう。

 来週もたぶん会えるんだから、その時にちゃんとお礼をすれば大丈夫だろう。














 金曜日は、「もちっと大福」の日である。


「……理絵ちゃん、今日も大福を買いに行くの?」


 定時に上がろうとした私の背中に、仁科先輩の声が掛かった。

 今日もお気に入りの缶コーヒーを飲んでいる先輩は、どことなく不機嫌そうな目で私を見ている。


「はい。……あ、すみません。先週は結局先輩の分は買えなくて……」

「いや、それは本当に、余っているときでいいの。ただ――」

「はい?」

「……いや、何でもない。気を付けて帰ってね、理絵ちゃん」


 仁科先輩は途中で思い直したのか、ふっと笑って手を振ってくれた。いつも通りの先輩だけど……なんだろう、ついさっきまで見せていた眼差しに違和感がある。

 先輩、私に「もちっと大福」を買いに行ってほしくないのかな……?


「……まさかね」


 私はいつも通り車を走らせ、コンビニへと向かった。

 今日は先週より道がすいていたみたいだ。同じ時間に退社したはずだけど、先週よりも十分くらい早くコンビニに着いた。


 あのイケメンは……いないみたいだ。

 まあ、私にはもっと大切な目的があるもんね!


「あ、いらっしゃいませー! 『もちっと大福』、いかがですかー!」


 レジの子わざとらしいな! それ絶対私に対して言っているでしょう!

 いそいそと冷蔵菓子の棚に向かうと――あった! ラスト一個、「もちっと大福」が残っている!

 すぐさま大福を確保し、チューハイコーナーで桃味のチューハイを選ぶ。そして菓子コーナーでナッツ入りフロランタンを選んでレジへ。


「いらっしゃいま……あ、イケメン」


 誰かが来店した音に続き、私が渡した小銭を数えていたレジの子が声を上げる。


 イケメン。

 それはつまり。


「……こんばんは、今週も会えて嬉しいです」


 レジ袋を受け取った私の元にやってきたのは、スーツ姿の麗しい例の男性。

 小首を傾げて微笑む姿は何ともきまっており、その眼差しは優しい。


「あー……どうも。先週はお世話になりました」


 レジの邪魔になってはならないと、店内の隅っこにある無料雑誌コーナーに移動してひとまず私はそう挨拶をした。すると男性は目を丸くし、くすくすと笑い出す。


「ふふ、何をおっしゃいますか。いきなりみっともなく泣きだした僕のほうが世話になったのではないですか」

「でも、私は『もちっと大福』をもらってしまいましたからね……ということで」


 私はレジ袋に手を突っ込み、はい、と彼に「それ」を差し出した。


「本日最後の『もちっと大福』です。どうぞ」

「どうぞって……え? これ、あなたが買ったんですよね?」


 心底不思議そうに言われたので、私は頷く。


「はい。先週はあなたが買った分を私にくれました。だから今度は、私が買った分をあなたに上げようと思っていたんです。これでお互いチャラです」

「違いますよ。先週はハンカチを貸してくださいました。大福は、そのお礼だと――」


 ほら、と彼は胸ポケットからきれいに折りたたんだハンカチを取り出した。ああ、その色気もクソもない一枚六十六円程度のハンカチはまさしく、私が先週貸したやつです!


「ちゃんと洗濯しました。……ですから、その大福は受け取れません」

「いやいや、ハンカチなんて本当にちり紙程度だと思ってくれればいいんですよ。そのハンカチは一枚百円もしないのに、二百円越えの大福をもらったままなんておかしいでしょう」

「あ、あれは僕が好意でお渡ししたものでもありますので、お気になさらず。それに、あなたはその大福が好きなのでしょう?」

「気にしますってば。それに、好きなものはやっぱり他の人にも食べてもらいじゃないですか」


 仁科先輩に渡せるのはいったい何週間後になるか分からないけど、先輩にだってこのおいしさを広めて、共有したい。広がれ、「もちっと大福」の輪!


 男性は、私の言葉に口をつぐんだ。そしてなぜか頬を赤らめ、何か考えているかのように視線を彷徨わせていた。今、照れるような場面じゃないと思うし、先週も顔を赤くしていたから赤面性なのかな。


 私が「もちっと大福」を差し出し、彼がハンカチを差し出す格好のままお互い動きを止めるというシュールな光景は、十秒くらい続いた。ちょっと離れたところで、レジの子が「いらっしゃいませー」と気の抜けた声を上げている。


「……分かりました」


 ようやっと彼の口からその言葉が聞けて、ほっとしたのもつかの間。


「それでは大福は二個入りですし、一緒に食べましょうか」


 ……どうしてそうなった?

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