09 波乱
自己紹介が終わり、担任の先生、グート・ライバー先生が最後に締めくくる。
「明日は、これからの授業に必要な教科書などを渡します。ちゃんと持って帰れるように準備をしておいて下さい。それじゃあみんな、また明日お会いしましょう」
そう言って教室を去っていった。
さぁて、俺も帰るとするか────
「なぁなぁ、あのミアって子、お前にめっちゃガン飛ばしてるけど……何かあったの?」
そう言って後ろを振り向き俺に話しかけてきたのは、リドム・トレンという男の子だ。
自己紹介では、魔術について学びつつ良好な友人関係をたくさん築きたい、と言っていたな。
ちなみに席順は決まっていない。
「いやぁ……俺もよく分からん。入学申請の検査の時からずっとあんな感じなんだけど」
「へぇ。大変そうだけど頑張れよ」
そうは言っているが、顔というか目が笑っている。
絶対状況を楽しむつもりだ。くそう。
そうやって俺に話しかけてきたのは、リドムだけだった。
見知らぬ人ばかりで尻込みしているのか、話しかけるかどうか迷っているのか。それとも興味すらないのだろうか。実際のところはよくわからない。
リドムと一言二言話し、さあ家に帰ろうと思い席を立つと。
視界の端で、ミアも立ったのが見えた。
だが、もはや気にすることはない。
その程度のことは些事だと捨て置いて、教室を後にした。
この学院には、寮がある。
学院からさほど離れていない所に存在し、他の街、国から来た者達は大抵そこに入る。
俺はサーグに家があるので、寮には入らない。
だが、本人の希望によりサーグ出身でも寮に入ることが出来る。そんなめんどくさいことはしないけど。
そんな訳で、家に帰るところである。
徒歩で、と言いたいところだが、残念ながら俺の家は学院から結構離れている。
実際に歩く気にはならないが、歩いて帰ったとすれば2時間はかかるだろう。
よって、移動は馬車である。
この世界では、馬という種族は凄い強い個体が多い。
昔から移動の足としてこき使われてきたので、どんどん進化しているのだ。
見た目は普通の馬だが、走る速度は馬車無しだとかなり早い。
一般的な馬は最高時速60キロと言われている。
だがこの世界では、そこら辺にいる馬でも普通に時速100キロに到達するスピードがある。
もちろん馬力も並ではない。
特殊な種族でも10馬力を超えるくらいだが、こちらの馬は引っ張っている物を見る限りでも50馬力を超えていそうな個体がゴロゴロいる。
そして、移動には馬車を使うと言ったが、普通の馬車ではない。もはやマイクロバス並みのサイズの馬車が日常として走っている。
バス停もあることから、日本と同じような感覚でも大丈夫だろう。
ちなみに、この世界では馬車亭と呼ばれている。
学院から最寄りの馬車亭は歩いて10分程の所にある。
多くの学院生が利用することもあり、5分に1度は馬車が通るようになっている。
この街には、馬車が通る専用の道がある。
一つの道は4車線分くらいに分割されていて、馬車が左側を走らなければならない所も日本に似ているな。
そんな訳で、馬車での移動は俺が想像していたものよりも断然快適なものなのだ。
最寄りの馬車亭に到着し、程なくして馬車がやってきた。
バスと同じように、整理券という札を取り、降りる馬車亭によって料金が変わるシステムである。
整理券を受け取り、二人がけの席の窓際の所に座り、馬車が出発するのを待つ。
少し早めに到着したこともあり、時間調整のため少し長めに止まっているのだ。
「……隣、座っていい?」
「あ、はい。いいで……」
「そう、ありがとう」
聞かれたことは、何の変哲もないこと。
窓の外を眺めていたので答えながら振り返ると。
射干玉色の髪と金瞳が特徴的な寡黙な少女ことミアが、俺の隣に座ってきたのだ。
「え、あの……寮じゃないの?」
「別にサーグの外から来ても、寮に入らないといけない訳じゃない」
「いや、そうだけど……」
自己紹介の際には、みんな自分の出身地を言っていた。
その時、ミアは隣の国、タロス出身だと言っていた。だから寮に入っているものと思っていたのだ。
確かに、寮じゃなくても下宿だったり親戚の家にお邪魔したりと、色々なパターンがあることを考えた。多分そのどれかなんだろう。
学院から家まで、馬車で30分弱くらい。
その間、俺はずっと窓の外を眺めていた。
その横では、ずっとミアが座っている。
何をしているのかは知らないが、少なくとも全く降りる気配がない。
何故ずっと窓の外を眺めていたのか。
ミアの方を向いたら、目が合ってしまうだろうと思ったからだ。
事実、ずっと隣から圧迫感を感じている。
別に緊張するとか恥ずかしいとかいう感情はこれっぽっちもないが、居心地が悪い。
早く降りてくれないかなぁ……。
今、家に到着した。
玄関はノック式なので、ノックをすれば使用人が内側から開けてくれる。
ノックをすると、すぐに玄関の扉が開いた。
「おかえり、ファル君……えっ、ファル君この子誰?」
「知らん、勝手についてきた」
「まっまさか……! もうファル君に彼女ができたなんて……! 私というものがありながらぁ!」
「おい何言ってんだよこの駄メイド」
基本的に、扉を開ける人は決められていない。近くのものが即座に対応する形だ。
だが、なんでよりによってリネアなんだ。運が悪い。
「ファル君が帰ってくるのがなんとなくこう、ビビっと来たのよ!」
「胸を張って言うなこの駄メイド」
「……」
リネアがここまで気持ち悪いことになっているのには理由がある。
リネアが俺にベッタリだったのは知っているだろう。
それがいつまで経っても変わらなかったので、どんどん俺の対応が雑になっていったのがいちばんの原因だと思う。
鬱陶しいから塩対応ばかりしていると、遂にリネアが新しい扉を開いてしまった。
罵倒すると身悶え始めてしまい、もう手が付けられなくなり、今に至る。
だが、そこは腐ってもメイドだった。
ファーゼスやミラ、他の使用人たちの前では絶対に身悶えたりしないのだ。
そういう所では本当にポーカーフェイスって役に立つんだな。
ミアがゴミを見るような目で見ているが、リネアは全く動じない。
そんな反応を示すのは俺にだけってか。要らねぇよ。
それはともかく、ミラかファーゼスに聞きたいことがある。
もちろん、ここまで付いてきたミアをどうするか、という事だ。
◇◇◇
「はぁぁぁぁ……アンリ……ッ!」
ミラは今、怒っている。
もちろん、アンリが送ってきた唐突すぎて意味のわからない手紙についてである。
そこには、こう書かれていた。
『これから8年間、ウチの子のことよろしくね! 入学式が終わったらそっちの子と一緒に帰ると思うからちゃんと面倒見てあげてね? まぁ大丈夫よね、私たちの仲なんだから☆』
バキッ!
これを読んだ瞬間、ミラは手に持っていた筆を強く握りすぎて折ってしまった。
「ウチの子をよろしく……? 私たちの仲……? よく言えるわねまったく……!」
書かれていた内容は、ミアをこの屋敷に住まわせてくれ、というもの。
それも、アンリ側からは何もしない、と言っているのだ。
「……はぁ、仕方ないわね」
チリンチリン、と呼び鈴を鳴らす。
すると、即座に使用人が部屋にやってきた。
「空いてる部屋、いくつかあったでしょ? その部屋を昼までに日常生活ができるように整えて。至急よ、他の使用人も総動員なさい」
「はい、かしこまりました」
使用人はあっという間に部屋から出ていった。
この屋敷の使用人は、例外を除いて全員が凄腕なので、すぐに終わるだろう。
「まったく……大丈夫かしら、ファル……」
アンリにいいように扱われているが、どうしようもない。
ファルの将来を案じることと、ファルを全力でサポートすることくらいしか、自分には出来ないのだから。