03 とりあえず、もう一歩
お知らせです。
この次の話からは、二日に1話の頻度で投稿するつもりです。
有事の際には、活動報告にてお知らせします。
ご了承ください。
俺が自由に移動できる足を得てから、およそ半年。
ようやく、俺の住んでいる家の全貌が明らかになった。
結論から言うと、メチャクチャ広かった。
まず、この家は三階建てである。
しかも、一つの階に8個の部屋がある。
廊下を挟んで部屋が四つずつある構造になっている。
一つの部屋は、およそ15畳位はあるだろう。
それが、8部屋。赤ん坊の俺には広すぎるぜ。
◇◇◇
俺がハイハイをできるようになったのは三ヶ月。
通常の赤ん坊だと、早くて五、六ヶ月位で、遅くても九ヶ月程でハイハイをし始める。
しかし、それは通常の赤ん坊だった場合だ。
目が見え始めてから、周りのものに対し興味を持って、それから体を動かして確認しようとするのと、最初から意識があって、移動しようとしていた俺とでは、違って当たり前である。
腕が自分の重さに耐えられないかも、と思っていたのだが、それまでの努力が実を結んだのである。
最初に、動こうと試みるもほとんど動けない。
しかし、俺は人間である。
何度も動いて筋肉を使えば、自然と筋肉が付く。
日々のたゆまぬ努力のお陰で、体を起こす腕も、頭を支える首も、既に仕上がっていたのだ。
しかし。しかしである。
ハイハイをしている俺を見つけた両親は、当然俺の努力を知らない。
通常の赤ん坊の半分の期間でハイハイしていれば、それはもう、ヤバい事なのだ。
「凄いわ! もうハイハイしてるなんて! 天才かしら!?」
「ああ、絶対にそうだ! 間違いない!」
ハイハイがバレてから、およそ5分後。
母親が部屋に飛び込んできた。
あれ、おかしいな。すごい勢いだったのに、足音が全く聞こえなかったぞ?
そろそろ、『父親』『母親』『両親』だとめんどくさいので、ここで名前も紹介しよう。
父親の名前はファーゼス、母親の名前はミラという。
どちらも、とてもよく似合っている。
「でも、どうしましょう。このままだと勝手に外に出歩いたりしないかしら……」
「何を言ってるんだ。どう考えても、ノブに手が届かないだろう?部屋の中を歩き回るくらいしか出来んだろう」
「そう……そう、よね。そんなこと、あるはずないわよね」
ほほぅ。俺も舐められたものだ。
俺をただの赤ん坊だと思うなよ?
ハイハイが三ヶ月だぞ?
「でも……心配なのよね。いつか、何かをしでかしそうで……」
「ふぅむ……そうか。そんなに心配なら、メイドを1人、常に傍に置くようにしようか」
「そうね、それなら安心できるわ」
……ふぁっ?
◇◇◇
その次の日。
本当に、メイドがやってきた。
「本日から身辺のお世話を任されることになりました。リネア・アストリアと申します。何か御用の際は、何なりとお申し付け下さい。……なんて、まだ言葉も分からないか」
……マジか。
本当に来ちまったよ。
この瞬間、俺の冒険は瞬速で幕を降ろしたのである。
ちくせう。
「……はぁぁ、可愛いなぁ。見てるだけで癒されちゃう」
ちなみにこのメイド、初見の挨拶をしてからというもの、ずっと俺で戯れている。
可愛いものに目がないのか、先程から頬が緩みっぱなしである。
あああ、待て待て!
涎がっ、涎を擦り付けるなぁ!
「………………はっ!しまった、ついよだれが……!もっと自制しないと……!あぁ、でも、合法的に赤ちゃんと戯れるチャンスを無駄になんて出来ないし……うへへぇ♪」
……なるほどな。
親父め、やりやがったな。
このリネアというメイドは、メイドの仕事であまり個人の時間がないのだろう。
そのせいでストレスも溜まり、仕事の能率も落ちていた所を、まだ赤ん坊の俺を世話させることでストレス発散&仕事(監視)を与えているのか。
ぐぬぬ、これは打つ手がないな……。
仕方ない、俺がリネアの相手をしてやるか。
「あーぅ、うあ?」
「きゃーーー! かわいいーーーーー!」
やはり、半端ない食い付きである。
……このメイド、先が思いやられるなぁ。
◇◇◇
メイドのリネアが俺の世話を始めて、一週間が経った。
食事の時はファーゼスとミラがいるのでリネアも形を潜めていたが、居なくなった瞬間の変化は、是非とも二人に見せてやりたい。
それともう一つ。
赤ん坊の世話といえば、あれがある。
おしめを取り替える、いわゆる下の世話だ。
リネアは、ミラには劣るがかなりの美人である。
薄い水色で肩口までのショートカットは、ザ・メイドという清潔感が感じられる。
少し細めの紺色の目も、とても真面目なザ・メイドという雰囲気を醸し出している。
それに加えて、表情も引き締まっているので、普段はとても大人びているようだ。
更に、出る所は出ているので、俺から見ても申し分ないどころか歓喜である。
メイド服も、純粋なロングスカートのものではあるが、フリルがふんだんにあしらわれており、所々に可愛らしい刺繍が入っていたりする。
いいのかな?制服にそんなことして。他のメイドがどうなのかは知らんけどな。
そんな美人に、下のお世話をされるのである。
しかも、緩みっぱなしの表情で。
恥ずかしい、という感情は湧かなかった。
やはり、俺に対する残念な面が、俺に恥ずかしいという感情を抱かせてはくれなかった。
嬉しいのか悲しいのか、俺にももうわからん。
「あぁ、今日もファル君はかわいいなぁ♪」
最初は、この言葉は嬉しかったのだ。
しかし、このリネアというメイドを舐めてはいけない。
なんと、およそ二時間に一度は言って来るのだ。
しかも、ほかの事を言ってもこの言葉だけは必ず言うので、二日で何も感じなくなった。
うーん、やっぱりこのメイドは残念だ。
◇◇◇
それから更に四日。
リネアの相手をするの、飽きた。
本が読みたい。何か他のことをしたい。
そう思うようになった、確固たる要因は、間違いなく今の状況にある。
「〜〜〜♪」
俺が寝転がっているベッドに引っ付き、俺の顔を眺めながら鼻歌を歌っているのだ。
ちょっとイライラしてきたので、偶然を装ってリネアの頬をペチン、と叩いてみた。
普通なら怒るとか避けるとか、なにかアクションを起こすよな?
だが、相手はリネアだ。
やはりというかなんというか、俺の期待していた斜め上のリアクションをしてきた。
「〜〜!? ふぁっ、ファル君に叩かれたっ!? なんてことの……! この子、私に興味あるのかな……!」
とか言い始めた挙句、俺の頬をぷにぷに、とつついてくるのだ。
なん……だと……!?
効果がないどころか喜んでいるだと!?
想定外にも程がある!
ずっとこんな調子なので、もう相手をする気も失せたのだ。
もうやだよこのメイド……。
◇◇◇
それから更に二日。
俺は、一大決心をした。
日々努力してきた事のうちの、奥の手とも言えるもの。
リネアと、対話をしてみようと思う。
あぁ、待て。言いたいことはわかる。
赤ん坊が話せるわけがない、だろう?
チッチッチッ、決めつけは良くないぜ?
何度も言うが、普通の赤ん坊なら、言葉も行動の意味も理解できないんだ。
だが、俺は違う。何かをやりたい、という意志があって、努力を惜しまなければ、出来ないことなどほとんど無いのだ。
流石にまだ立てないけどな。
まぁそんな訳で、足音などをしっかり聞いて、近くに人がいないことを確認してながら、ずっと発声練習をしていたのだ。
お陰で、まだ舌が回りきらないこともあるが、日常会話が出来るくらいには喋れるようになった。
その成果を、見せる時が来たのだ。
「……こん、に、ちは。……り、ねあ」
仕方がないと思う。目の前の赤ん坊が突然言葉を発したら、俺だって驚く。
しかし、これは酷い。
「え……、あっ、え……?」
それは、確かめるようにもう1回言った時だ。
「……こんに、ちは」
「ふぁっ、ファルクンガシャベッタァァァァァァ!!??」
どこからそんな声出したの?というレベルの声で叫んだのだ。
これは誇張した表現ではない。
本当にこんな感じだったのだ。