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サルvsカニ

 ヌチョッ・ズルッ

 剣の(つか)付近を触手に掴まれ、淡緑色のハサミの間合いに引きずり込まれる。


 バサッ・キラン

 ゆらゆらと揺れる触手の五指を付け根から切り離すと、ぬるぬるした白い泡がカニの甲羅に降り注いだ。


 ザクッ・キラッ

 白濁した泡が剣の刃から手まで滴り、グリップが滑って力が逃げてしまう。


 ……さっきの粘液が、溶けてきている??


 ガリッ・ゴリッ・キラン

 走っては斬り、斬ってはまた走り、病み上がりの体力が限界に達した頃ようやく、俺は全てのカニを切り刻み終えた。


「ふぅ、ギリギリ危なかった」


 数の暴力に各個撃破のヒット&アウェイで対抗し、かろうじて勝利したが。炎天下の耐久戦で意識が飛びそうになるほど消耗してしまった。



 手についた白い泡は刺激もなく、指に纏わりつく粘液をゆるゆると溶かしている。


『この匂い……石鹸か?』


 ヤシの根元で尻もちをついて水をひとかぶりし、泡立った両手の粘液を洗い流していると。ヤシの木から降りてきた夕凪が申し訳なさそうに『丸い玉』を差し出してきた。


「……ありがとう。一人で逃げてゴメンね」


「登ってくれと頼んだのは俺だから、気にしない。それより、その実。もしかしたらラグナヤシの実じゃないか?」


「ラグナヤシ?」


 鋼の剣で一刀両断にすると、ヤシの実から黄金色の果汁がこぼれた。


「おいしそう……に見えるけど、これって食べられるの?」


「図鑑に『食用:可』って書いてあるから大丈夫のはずだ」


「図鑑?さっきの?」


「うん。…………さっきは後先考えてなくてスマン」


「ううん。今は結果オーライってことにして、食べてみよう?」


 俺と夕凪は、恐る恐るヤシの実をひと口齧ってみた。

 甘味とほのかな酸味・苦味の混じった果肉が、闘いを終えて乾いた喉につるりと滑り込んでゆく。


「うまい、図鑑どおりのメロン味、うますぎるっ!」



 プルプルした果肉をすする夕凪は、無言のままだった。

 理由は何となく想像がつく。


 仮想現実は、いつの間に『味覚』まで表現できるようになったのか……という驚きを、口にできずに飲み込んでいるのだろう。


 確かに俺たちが知っているVRは、最新機種でも匂い程度しか再現できていないのに。目の前にある〖ガラパゴス〗のリアリティ表現はその全てが、今日のテクノロジーを遥かに凌駕している。


 パルスを脳へ3D照射し、想起された五感をさらに強化し、現実のものと錯覚させる技術のニュースを入院中に読んだが。


 ……ゴクリ。

 『まだ実用化には程遠い実験段階だったはずなのに』という言葉が喉元まで出かかっては、リアルな果肉の食感に押し戻されてゆく。


 夕凪も初めて口にした味をどう評価していいのか迷う子どものように、複雑な表情のまま固まっている。



 ヤシの実を食べ終えると、俺と夕凪はヤシの木にもたれて炎天下の砂浜へ、交互にため息を吐いた。


「……その〖植物図鑑〗っていうの、便利だね」


「さっきは白紙だったけど、触ったらデータが記録されるんだ」


「なら〖怪物図鑑〗は、やっぱりモンスターの図鑑だったの?」


「いや。それは俺も考えたんだが」


 インベントリから取り出した怪物図鑑のページを捲ってみせると――


「まじか!!」


 ――先刻までは無かった『カニ』のデータが収録されていた。



○怪物図鑑

【グラブクラブ】古代アダマント級の硬い甲羅(こうら)と大きなハサミをもつ、甲殻モンスター。触手のはえている方がメスで、身は茹でて食べると絶品だ。弱点は関節。食用:可。



「あのカニ、倒したら消えちゃったよね? どうやって身を手に入れるんだろ?」


「それな」

 

 インベントリには【アプロの手袋】×1と【蟹の身】×2が獲得されていた。モンスターの肉などは植物と違い、直接インベントリへ収納されるのだ。

 狩った数だけ獲れないのは腹が立つけれど、血抜き・皮はぎをしなくて済むのなら手間が省けてありがたい。


「アプロの手袋ってなに?」


 具現化したアイテムは片手装備で、グラブ(てぶくろ)クラブ( がに )のメスの触手に似ているのだが。手にはめてみても白い泡は出てこなかった。


「アプロディーテの名を冠してるから、石鹸が出るかと思ったんだけど」


「あぁ……それは残念」


「身のほうは図鑑に『食用:可』って書いてあったよな?」


「うん、茹でて食べられるって書いてある……」


 グラブクラブとの戦いで減った腹は、ラグナヤシの実では満たされていない。何でもいいからタンパク質が食べたい。




 デザートとメインディッシュが逆になったが、満場一致で〖蟹の身〗も食べることに決まった。問題は『どうやって茹でるか』だ。


 『鍋』『水』『火』をポイント交換のギフトで調達できないだろうか?


●Bギフト一覧 (31pt利用可能)

・  5pt【ろ紙】【蝋燭】【歯ブラシ】【塩】

・ 10pt【空き缶】【ボールペン】【漫画】【砂糖】

・ 20pt【ペットボトル】【バスタオル】【手鏡】【アルミ箔】

・ 50pt【毛布】【ビニールシート】【針金】【水ボトル】


●Wギフト一覧 (139pt利用可能)

・  5pt【バンダナ】【竿】【竹笛】【ロープ】

・ 10pt【軍手】【矢/ボルト】【リュック】【釣り糸】

・ 20pt【帽子】【水中ゴーグル】【槍】【雨合羽】

・ 50pt【ブーツ】【弓】【虫眼鏡】【チョコバー】

・ 100pt【サングラス】【ナイフ】【薬缶】【怪物図鑑】

・ 200pt【ヘルメット】【マチェット】【網】【コンパス】


○ポイント

 秋葉原 B31 W139 H3

 夕 凪 B7 W9 H1



 夕凪は学校の上履きにかえてW50ptの【ブーツ】を獲得したのだという。相変わらず堅実を掛け軸に書いたようなヤツだな。


 一方、俺はガラポンで消費したWポイントが、カニ祭りで一気に100ptを超えていた。おまけにW100ptと200ptのギフト情報も解禁されている。


 怪物図鑑は100ptか。100ptの【ナイフ】に、200ptの【マチェット】と、Wギフトは欲しいものが山盛りだ。



 腹の虫が「早くカニを食べたい」というので、『鍋』『水』『火』の調達を再開する。



「水は……海水を使えば、味付けの塩(B5pt)を節約できるな」


「蟹の身にも塩分がありそうだし、塩分をとりすぎたら、飲み水がすぐ無くなると思うよ」


「なら、いったん滝の所まで戻ろうか」


「ペットボトルと飲み水も追加したいし、賛成に一票かな」


 満ち潮で砂浜が狭くなってきているので、時間が経つほど水陸両用のグラブクラブに引けを取る。行くなら今しかない。



「よし、行こう!……いてて」


 グラブクラブのハサミに殴打された手首に、鈍い痛みが響いた。



「秋葉原君、もしかして骨折したところ完治してないの?」


「いや、もうくっついてるから問題ないよ。痛いのは足じゃない」


 入院中の話は後にして滝へ急ごう。カニへの恨みはカニで晴らすのだ。




 滝のある東の行き止まりまで、夕凪と引き返して来た。

 作業分担としては、俺が前転回避運動で砂まみれの全身を服ごと洗っている間に、夕凪が流木拾いすることに決まった。


「……爺さんと婆さんが逆だな」


「何か言った?」


「いや、気のせいだ」



 探索が進まず内陸への経路も未発見だが、飲める水があるという点ではここを仮設の拠点にするのもアリだろうか。


 滝壺で冷たい水に浸かっていると、灼けた砂浜の探索がおっくうになってくる。



 水浴びを終え、石で簡単なカマドを組み上げ、流木やヤシの木のゴワゴワを積み重ねた。最後にして最大の課題は『火おこし』なのだが……。


 窪みをあけた流木に棒を突き立て、夕凪と交代でこねくり回したが、火種はおろか煙すら発生しなかった。


「なんで~?」


「わからん。漫画でしか見たことないし」


 原始的着火は早々にあきらめ、科学の力に頼ることにする。

 W50ptで【虫眼鏡】を交換すればすぐに火は点くのだろうけれど。ポイント節約のためにB10ptの【空き缶】を試してみよう。


 理科の時間に『ジュースのアルミ缶』の凹面で光を集めて火をつけた実験が、こんな形で役に立つとは思わなかった。



「まずは空き缶を交換して――」


 ぁ。これアルミ缶じゃないのか。そもそも何でジュースの缶だと思った?俺。


「――これを鍋の代わりにします」


 桃の缶詰ぐらいの底が平らなスチール缶に、滝から水を汲んでセット完了。


 最後の手段で【虫眼鏡】の獲得をしかけたが、思いとどまって同じくW50pの【弓】を使った火おこしに挑戦してみる。


 【弓】は木の板を何層か重ね合わせたタイプの、簡素なものだった。だが、火おこしに使うなら、強い弦があるだけで充分。さっそく弦を棒に巻きつけ、摩擦を加えてみる。


 棒を支える指先が痛いので〖アプロの手袋〗を装着し、前後運動を加速させると、煙の筋がフワフワと浜風になびいた。


 あとはラグナヤシのゴワゴワに火種を乗せ、全力で吹き散らかすのみ。


「ちょっ夕凪、顔が近い!」


「大丈夫よ、これくらい」


 赤面しているうちに消えてしまったのか、ラグナヤシのゴワゴワには上手く着火しなかった。……二度目の火種はティッシュへ移すことにして、再挑戦。



「やった、ついたよ!」


「急げっ……消える消える!ティッシュの追加を頼む!!」


 夕凪は一瞬まよってから【漫画】を取り出し、バリバリと表紙を破り捨てて火に近づけた。


 すぐにティッシュから漫画とゴワゴワまでは燃え移ったのだが、流木にはなかなか火が移らない。


 バリッバリッバリッバリッ


 あああああ……貴重な娯楽が……また一ページ……



 漫画を破り終えた夕凪は思いついたように崖ぎわを走り、何本かの枝を拾ってきた。


「おっ、燃えた!……なんで?枝の種類が違うのか?」


「波打ち際から遠い流木なら、乾いてるかなって」


「あぁ……そういうことか」



 だんだん強くなっていく炎を眺めながら、夕凪がカマドに枝を添えた。


「火って、こんなに起こすの大変だったんだね。林間学校の時は点火剤を使ってたから、すぐついた記憶しかなかった」


「俺も。たかが『火おこし』で、これほど体力を消耗するとは思わなかった」


 クラフト系ゲームでは、枝の湿り具合など設定されていないし、素材さえあれば1クリックで点くのに。


「ともあれ、カニだ、カニ!」




 インベントリから取り出した【蟹の身】×2は、苦戦して倒した巨体に比べて小さかったものの、それでも一本が500㎖ペットボトルほどの特大サイズだった。


 ツバを飲み込みながら待つこと数分。プリプリと肉汁のこぼれるカニが()であがる。



「いただきま……アチチ、うまっ……これ旨いな」


「ほんと。ここまで美味しいとは思ってなかった」


 リアルな食感を超えた蟹の身を噛みしめるうちに、腹も据わってくる。


 『生き延びるためには、手段を選んでいられない』


 漫画の切れ端を焚火にくべると、暗い炎が空き缶の残り汁をたぎらせた。

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