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ビギナーズ・ラック

 ガラガラガラガラ……コロン。

 小気味よい玉の音に続いて、抽選の結果がボイスつきで表示された。


★★★★★★★★(ランク8)【鋼の剣】が当たりました!』


 おっ……おおお!?

 インベントリから出した〖(はがね)の剣〗は直線的な諸刃(もろは)の剣だった。研ぎ澄まされたれた刃は白く光り、革を巻いたグリップも手に吸い付くようにしっくりくる。


 シュン

 ためしに一振りすれば、軽やかな剣筋が浜辺の陽炎を切り裂いた。


 勝てる。これなら猿にも引けを取らない。


 キュン

 木の枝先を鋭利に切り落とす手ごたえとともに、射幸感がこみ上げてくる。たった5ptで剣とか神ガチャすぎるだろ。……Wは残り44ptあるし、もう一回くらいイイよな?


 ガラガラガラガラ……コロン。


『参加賞【ティッシュ】が当たりました!』


 むっ。

 これだから嫌なんだよ、ガチャの類は。



 ガラガラガラガラ……コロン。

『参加賞【ティッシュ】が当たりました!』


 ガラガラガラガラ……コロン。

『参加賞【ティッシュ】が当たりました!』


 ガラガラガラガラ……コロン。

『参加賞【ティッシュ】が当たりました!』



○ポイント

 秋葉原 B6 W24 H3



「どうなってるんだよ、この糞テーブル。こんなにティッシュばっかり、いらないんだよ!!」


「ティッシュがどうしたの?」


「いや初期ギフトの代わりに〖ガラポン〗っていうアイテムが送られてきたんだけど……」


 滝つぼから戻った夕凪は『あぁ、ガラガラポンね』と興味なさげに髪を絞っていたが、ティッシュが()()()と勘違いして興味を示した。


「それって私にも使えるアイテムかな?」


 夕凪がまだ水気の残る唇の艶をひと舐めし、細い指先でツマミを恐る恐る回すと、箱の中で混ざり合う玉の音がガラガラと浜に鳴り響く。


 ガラガラガラガラ……コロン。


★★★★★(ランク5)【怪物図鑑】が当たりました!』



「図鑑!?ちょっと見せてくれ」


 夕凪が即座にインベントリから出すと、怪物図鑑は中身の真っ白な自由帳だった。


「これいらない。秋葉原君、あげる」


 一瞬『まさか!』と期待してしまったが、モンスターの図鑑ではなかった。しかし、だからと言って価値が無いというわけではない。


「【ボールペン】を獲れば地図や情報を描くのに使えるし、焚きつけにだってなる。紙は貴重品だぞ?」


「そう?ならティッシュと交換でもいいよ?」


 言われてみれば確かにティッシュも紙だ。


「K。交渉成立」


 夕凪の笑顔があまりにも可愛らしいので、目をそらすように辺りの景色に視線を移すと、いつの間にか潮が満ち、砂浜が狭くなってきていることに気づかされた。


 西への進路を失う前に手早く準備を済ませて、そろそろ出発しなければだな。


 俺はヤシの木陰で胸元を仰ぐ夕凪から〖怪物図鑑〗を受け取った。対価としてポケット・ティッシュを4個手渡すと、夕凪は眉をひそめた。


「……4個?」


「あれ、4個じゃ足りない?交渉不成立?」


「この状況で4回も回したの!?」


 ……〖鋼の剣〗の当選もいれて5回だが。



 夕凪は呆れているのか怒っているのか、火照った頬を押さえて立ち上がった。


「どうして? どういう基準? 普段はじっくり考えるのに、何でこの場面で後先考えないの!?」


 俺だってガチャは好きではない。けれども、生き延びるためには手段を選ばないと決めたのだ。


「……ティッシュは5pt以上の価値があるし、損はしてない」


「『ティッシュばっかりいらない』って自分で答え言ってたでしょ? ずっと木陰で猿みたいにガラガラやってもいられないのに!」


 ムキッ!

 こうなったら、夢と浪漫の力を見せてやろうじゃないか。


 ガラガラガラガラ……コロン。

 

「おおっ!なんだろコレ!?」


「……頭にきた。私もう、一人で行くから!」


 ムキになった俺がガラポンを回している間に、夕凪は背を向けて歩きだしてしまった。


 このガラガラ、一見ただの箱なのに魔力でも込められているのか、回すたびに心がかき乱されてしまう。


 で、今回のガラポンの景品は――


★★★★★(ランク5)【植物図鑑】が当たりました!』


 ――恋愛小説だったりしないよな?確かに娯楽は貴重だが、今はそんな気分じゃない。……って、また真っ白か。


 いや違う、一ページだけ植物のイラストと説明が書かれている。



○植物図鑑

【ラグナヤシ】浜辺の貴重な木陰担当。水分豊富な実はメロンに似た味がする。食用:可



 背でもたれているヤシの木を見上げると、理解が頭上から降り注いできた。


()()()()情報が書き込まれるのか!!」


 食用の可/不可まで分かるとは、サバイバルで生死を分けるバイブルじゃないか。

 ……ケンカなんかしている場合じゃない。急いで後を追わなければ……。



 夕凪を追いかけつつ食料調達がてらラグナヤシの木を見上げたが、実は一つもなっていなかった。


 砂浜には他の植物は見当たらないので、俺は波打ち際の浮遊物で図鑑の仕様を検証してみることにした。


 ……コンブが植物なら、図鑑に載るはずだ。


 食べられますようにと炎天を仰ぎながら、一枚を拾って〖植物図鑑〗をめくった。



○植物図鑑

【ワカメーナ】海岸線に浮遊する海藻。ヌメヌメしていて掴みづらい。食用:可



「やっぱりか!」


 ……植物図鑑の検証には成功したが、新たな疑問が起こってしまった。


 手で触れ倒しさえしたのに何故、手長猿が〖怪物図鑑〗に載っていないのか。それともやはり『モンスター図鑑』ではないのか。



 推測が整理されないまま歩きながら。俺はワカメーナの端を一口かじってみた。

 

「ペッ。苦すぎる!」


 当たり前といえば当たり前なのだが『食用:可/不可』と『美味しい/不味い』は、別基準の評価なのか。



 岬のように崖が張り出した地点の下を越えると、遠くの砂浜に夕凪の姿が見えた。7~10mの絶壁がずっと続いているせいで内陸側へは登れないらしい。


「秋葉原君ーー!!」


 俺を見つけた夕凪が、手を振り駆け寄ってくる。

 かわいいヤツめ。


 ・・・まずい!モンスターに追いかけられている!


 ストッキングの切れ端を手に走る夕凪を、背後から襲っているのは『半透明な緑色のカニ』の化け物だった。スパイクに覆われた甲殻に左右非対称のハサミを折りたたみ、カニが加速を始める。


「カニのくせに、なんで高速で前進してくるんだよ!?」


 今さら驚いても仕方がないが、ラグナ=シセラの生き物はサイズが尋常じゃない。遠近法を狂わせながら夕凪に迫る3匹のカニは、その重そうなハサミだけで軽く彼女の膝丈ぐらいのサイズがありそうだ。


 インベントリから〖鋼の剣〗を取り出し砂を蹴ったが、さらに夕凪を追い詰めるカニのハサミが、すんでの所でスカートを捉えそうになる。


 接敵まで、あと20mほど。

 夕凪も全力で向かってきているが、数秒の間にカニが再加速したら、ギリギリ足に届いてしまう僅差だ。

 頼む、間に合ってくれ。



「おりゃあ、間に合った!」


 勢いをそのままに正面から剣で一閃、外殻は硬かったがクリティカル・ヒットすれば中は柔らかく、ズンバラリとカニは真っ二つに崩れ落ちた。


 ヴンッ

 残る二匹が仲間の消失にもひるまず、巨大なハサミを展開する。


 振りかぶったので打撃と思いきや、一直線に突撃を狙ってくる。……このカニ、猿よりずっとズル賢い! だが。左右から挟み撃ちにされズボンの(すそ)を切られたものの、リーチは剣を装備している俺の方が長い。


 サクサクと砂に突き立てられた鋭い足は、多脚のわりに踏ん張りが効いていないようだ。瞬発力の勝負なら、わずかに俺のほうが勝っている。


 前後に避けていたカニがリズムを転調し、突き出た目をグリグリ回しながら跳ね、ひと息に俺の懐へ飛び込んでくる。


『パリィ!』


 ハサミの突きを受け流そうとしたが、絶妙に甲殻のスパイクが刃に引っかかり、威力を手首でもろに受けてしまった。


 回りこんできたもう一匹の横殴りを、とっさの横っ跳びで吸収緩和する。斜めにでんぐり返してすぐさまの反撃を試みるが、取り落とした剣の(つか)を灼けた砂に手を突っ込んで探さなければならない始末。


 ハントゲームのアクションを真似ようとしても、体がイメージ通りに動いてくれない。まったくもって普段の俺の運動能力のままだ。


『リアル=面白い、とは限らないだろうが!』


 シャツに入り込んだ砂をザラザラいわせながら、柄を両手で握り直して振り下ろす。


 ブンッ

 白刃取りしようとした爪をくぐり抜け、カニの片腕を部位破壊した。すかさずガラ空きのボディーに袈裟(けさ)切りをお見舞いする。……いける、甲羅の固さを憂慮していたが充分いける!


 ザンッ

 一瞬硬直したカニがピンク色の泡を吹き、蒼白い光の粒となって砂浜に降り注げば残り一匹。


 真正面から対峙したカニは左手のハサミを持ち上げ、俺を威嚇しながら後退してゆく。逃がすものかと詰め寄ると、ビュンと空気を震わす音がしてカニの爪から()()が噴出された。


『しまった……なんだコレ!?』


 とっさに両手でガードしたが、粘性のある液体が顔まで飛び散ってくる。


『接着剤か!?』


 粘液は、握った剣を容易に手放せないほど強く手に粘り付き、指先の動きを重くしてくる。

 クッソ……サバイバルゲームで初見殺しは無しだろ!


 やばい。空気に触れて硬化するタイプなら、早く洗い落とさないと両手がグーになってしまう。

 ……経験値は惜しいが追撃はあきらめるべきか。


「秋葉原君!海!海!」


 夕凪の警告を受け横目で海を一べつすると、浅瀬に生えた手が何本もウネウネと、こちらに近づいていた。


「なっ……」


 波打ち際から上陸したそれらは、カニの背中に生えた『触手』だった。


 見た目が気味悪いうえに数が十を超えている。しかも海と絶壁に挟まれている俺たちが逃げられないよう、包囲陣形で迫ってくる。


 …………二匹倒して喜んでいたが、ビギナーズ・ラックだったか。


 数で囲み、一個体でも生き残ればいい物量作戦こそ、ヤツらの本領。一度でも死んだら終わ(ノー・コンティニュ)()の1クレジット・ゲームを強いられているこちらが圧倒的に不利だが。


「夕凪、ヤシの木に登ってくれ!」


 こちらも『夕凪を守りきったら俺の勝ち』と勝利条件を変えさえすれば、五分(ごぶ)の土俵に持ち込めるはずだ。 

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