水
『♪皆さん、いかがお過ごしですか?ラグナ=シセラ島の美少女ナビケーター、アイアイです』
夕凪は耳に手を当てているが、いまいましいナビの声は耳を塞いでも遮断できなかった。つまり頭の中に直接、聞こえているのだ。
『〖問い合わせ〗機能から多くのお便りをいただいておりますが、その中から選りすぐりの質問をご紹介いたします』
問い合わせ機能……ログアウトボタンがない時点で、まともな機能は期待できないにしても、よりによってアイアイ宛てなのか。
『〖島からの脱出方法を教えて下さい〗。高田さん、渡辺さん他、たくさんの方から同様の質問をいただいております』
おいおい。みんな誰に何を期待して、そんな質問を送ったんだ?
『脱出方法① 隠された神殿のイベントをクリアする』
教えてくれるのかよ!?
『脱出方法② BANされる♪』
それは脱出とは言わないだろ。……まさかアリなのか?……いや、罠だ。BANで普通にログアウトできるなら、わざわざ――
『脱出方法③ クロノミコを探してつか……なによ?えっ?これ言ったらダメな裏ルート?早く言ってよ…………あー、えー。バッカみたい!』
クロノミコって何だ?ネクロノミコンの言い間違いか?
『以上がチュートリアルで伝える予定だった、クリア方法(+おまけ)だから。せいぜい命がけで頑張ってね』
今さらながら俺は、このナビゲーターが、心底、嫌いだ。
『ちなみに今、筆談で悪口をやりとりした山本君と中村君は、あとでゆっくりお話しようね♪マジありえないからっ!』
中村……黒い恐竜に見つからずに生き延びていたか。
合流して登山部の知恵を借りたいから、理不尽BANを食らわなければいいのだが。
もともと肌の白い夕凪が顔から血の気を失い、祈るように目を閉じた。
『次のお便りは山口君からの質問だよ?〖"ボウフラもわいてない生水は飲むな"って婆ちゃんが言ってましたが、大丈夫ですか?〗』
俺と夕凪はすでに、激流から滝壺の間で大量に飲んでしまった。そこまで細かくバッド・コンディションが設定されていたらマズイ。
『アンタ馬鹿なの?そんな大事なシステム情報を教えるわけないじゃない♪自分で飲んで確かめれば……あっ――』
あ? 『あっ』って何だよ!?
『――冥土の土産に教えてあげるね?ボウフラもエキノコックスも設定してないから、基本的には大丈夫よ?』
山口で何人目だ? 30人中、何人が残ってるんだ?
『臨時の放送はこれでお終い。生きてたらまた日没時間にね?バイバーイ♪』
ナビの口調が、いつものイカレた調子に戻っているのはスルーするとして。
各種機能を使いこなせていない俺と夕凪は、皆より一歩遅れているようだ。スタートダッシュのタイミングに川で溺れていた分の出遅れを、急いで取り戻さなければ。
「秋葉原君、ちょっとそこまで行ってくる……」
「フラフラしてるけど、大丈夫か?」
「うん……すぐ戻ってくるから……」
「わかった、あんまり遠くに行くなよ」
汗なのか涙なのか、頬をぬぐいながら砂浜をゆく夕凪の背を見守りつつ俺は、中断していたパネルUIの確認に取りかかる。
UI上部に『ポイント』『インベントリ』『戦闘リザルト』『問い合わせ』『時刻』などのタブが並んでいた。
……これか。ログイン当初より、いくつか増えている気がするが。
○戦闘リザルト
???????戦:W6pt
Wが何を指しているのかは分からないが、さっき倒した手長猿から得たポイントに違いない。
○時刻
13:03
俺は試しに、デジタル表示が13:05になるまで待ってみた。
……体感の60拍とほとんど変わらない。ということは、ゲーム内の一日もリアルと同じ感覚で暮れていくのだろう。
太陽はまだ頭上に高いが、『日没』までに夜を無事に過ごせるシェルターを確保しなければ。
続いてNEWマークのついている『インベントリ』タブを選択し、クソナビがクソメールとともに送ってきたアイテムを確認した。
○インベントリ
【ガラポン】×1
ガラポン? ガラポンって何だ????
思い当たらぬまま画面のアイテム名をクリックすると、砂の上に『八角形の物体』が転がった。
…………。
これ!福引のガラガラ回すやつだ!……そうか。ガラガラと鳴るからガチャポンじゃなくガラポンなのか!
分かったのはいいが、正直なところ俺はガチャや福袋が好きではない。
欲しいモノに狙いを定めて課金するほうが満足できるから……というのもあるが。不確定なブラックボックスに身をゆだねるのが、そもそも苦手な性格だからだ。
→説明
『5ptで一回まわせます。ptはベェル・ポイント、ウィルド・ポイントどちらでも使えます』
ポイントで回せる?モンスターを倒した時のアレか?
「夕凪。俺が気絶してる間に、ポイントの説明のアナウンスなかっ……」
あれっ?どこまで行った?
現状で視界の外まで離れてしまうのまずい。
「おい、夕凪ーーー!」
夕凪は陽炎の立ち上る砂浜を見回しながら、滝のそばをウロウロしていた。
「あ、うん……ちょっと地形把握に」
「この先は、さすがに無理なんじゃないか?」
残念ながら東は滝の少し先で砂浜が途切れ、絶壁の岩肌に波が打ち寄せていた。
「そうね……こっちは行き止まりみたい」
「もう少し涼しくなったら、西へ探索に出ようか」
「うん……砂浜は暑すぎるから……このまま留まるのは……厳しいね」
夕凪は滝つぼへ入って水に浸かり、顔を洗い始めた。
「おいっ!どうした急に?」
「……あんまりにも暑くて……ボーっとしちゃうから」
夕凪の白いシャツが勢いよく滝の水を吸い込み、肌に密着して張りついた。
そのみずみずしい肢体があまりにも眩しくて、逆光でもないのに思わず目を細めてしまう。
「体を冷やしすぎるのも、逆に体力を削られると思うぞ」
「大丈夫……すぐ上がるから……」
といいつつ俺も水分補給のため、滝つぼの水を手ですくって一口飲んでみた。海水が混じっているようで微妙にしょっぱいが、上から流れ落ちてくるやつならイケるか。
「何か入れ物があれば、汲んで運べるんだけどな」
なにせペットボトルの一本も漂着していない、仮想空間の砂浜だ。ヤシの実を探して水筒がわりにでもするしか――
「入れ物? 入れ物なら『何とかポイント』で交換できるかも」
「――ポイントで交換できる???」
やはり俺が気を失っている間に、ナビの臨時アナウンスがあったのだという。
滝つぼから上がった夕凪は、手早くパネルのUIに触れた。
「私も詳しくは聞けなかったんだけどね……」
「おぉ。ポイントで交換できるシステムなのか!」
○ポイント
秋葉原 B46 W42 H3
ガラポンの説明からしてBがベェルでWがウィルド?なのだろうが、Hは何だ? モンスターを倒した6pt以外のポイントも、どうして手に入ったのか分からない。
聞き逃したシステム情報を推察しているうちに、夕凪が交換できるアイテムの一覧を眺めはじめた。
●Bギフト一覧 (37pt利用可能)
・ 5pt【ろ紙】【蝋燭】【歯ブラシ】【塩】
・ 10pt【空き缶】【ボールペン】【漫画】【砂糖】
・ 20pt【ペットボトル】【バスタオル】【手鏡】【アルミ箔】
・ 50pt【毛布】【ビニールシート】【針金】【水ボトル】
●Wギフト一覧 (39pt利用可能)
・ 5pt【バンダナ】【竿】【竹笛】【ロープ】
・ 10pt【軍手】【矢/ボルト】【リュック】【釣り糸】
・ 20pt【帽子】【水中ゴーグル】【槍】【雨合羽】
・ 50pt【ブーツ】【弓】【虫眼鏡】【チョコバー】
Bが37でWが39? 夕凪のポイントを横目に俺は、B20ptの【ペットボトル】2本を獲得してみる。
ほかにも欲しいものは山ほどあるが、まずは水の確保が最優先。
チャキン
効果音が鳴り、フタつきのペットボトルが砂の上に転がった。
○ポイント
秋葉原 B6 W49 H3
プラスチックの手触りに驚きながら俺は、ボトルに滝の水を汲んでみた。
重い。質感だけでなく質量感をも脳内再生できるVR技術に、改めて絶句させられる。
……リアルに荷物が重くなりすぎるのは、困るのだが。
……。
この水入りボトル、もしかしたらインベントリに……やっぱり収納できるのか。
ブレザーの上着は……これも入るのか。
なぁ運営。このシステムで【リュック】って必要か??
ともかく重さを考えなくていいなら、ペットボトルはもっと追加したい。
「なぁ夕凪、一日に必要な水分摂取量って、どのくらいだった?」
「体重×30~40㎖くらいだったような……」
「普段そんなに飲んでたか?」
「食べ物に含まれている水も合わせて、じゃないかな」
「なるほど。ただ、この暑さを考えたら、もっといるよな?」
ペットボトル1本でおよそ500㎖、半日に一回は補給できるとして一人2~3本は欲しい計算になる。
B5ptの【ろ紙】を取って、水をろ過する必要はあるだろうか?
いや。濁っているわけでもないし、どのみち毒の類は取り除けないだろうから、今はポイント節約路線でいくか。
「夕凪、そっちは何を取った?」
「えっ?もう決め終わったの?」
「とりあえず定石のペットボトルを2本。残りは考え中」
「だよねー。こっちももう少しだけ考える時間をちょうだい?」
夕凪がパネルと睨めっこし、ぶつぶつ呟きながらポイントを計算しはじめた。
その間に俺はヤシの木陰に置き忘れていた〖ガラポン〗を回収しに走る。
あった、あった。
ガチャは好きではないがシステム把握のために、一回だけ回してみよう。
ガラガラガラガラ……