意外な使い道
ゲハッ
目が覚めると首筋が灼けるように熱かった。
夕凪が声をつまらせながら、潤んだ目尻をぬぐっている。
「よかった。心配したんだから……」
彼女の背後には岩肌の断崖絶壁があり、そこから激しく滝がほとばしっている。
おそらく、あの水流から滝つぼに落ちてきたのだろう。
「夕凪は大丈夫か?ケガはない?」
「かなり水を飲んだけど、大丈夫」
ほのかな潮の匂いとともに視界が開けると、砂浜の景色が肌身に染み込んできた。
浜か。……浜なのに漂流物が枝以外に無く、ペットボトルの一本も落ちていない。その不自然なキレイさが『ここはVRの中なのだ』という観念を突きつけてくる。
海に背を向け見回すと、ヤシらしい木を見つけたので夕凪を誘ってみた。
「ちょっと日陰に移らないか? 砂が熱くて焼けそうだ」
「そうね……ずぶ濡れの制服がすぐに乾きそうなほど暑いものね……」
パラパラと浜に落ちる砂粒の音に身震いしながら、夕凪が立ち上がった。
ブレザーを脱ぎ、木陰で暑さをしのぎながら、俺たちは状況の整理をはじめた。
「夕凪、ログインする前って何してた?」
「学校の前で春の健康診断を受けてたら、急に白い部屋に変わったような……」
「俺もだ」
「じゃあ私たち全員、健診用のバスであの白い部屋に連れて行かれたの?」
「いや、『飛び込んだ黒い穴が入り口』だったんじゃなくて、『白い部屋はもう仮想空間の中』だったんだと思う」
そうでなければ、池田と島本が光の粒へ分解されたことの説明がつかない。
「バスのベッドと機材が、VR用ベッドセットだったってこと?」
「かもな。乗ってすぐのスペースしか見ていないから、奥がどうなっているかは分からないけど。検診ベッドから『ログイン』したのだとすれば、いくつかのつじつまが合う」
……けれども。腑に落ちないことだらけで頭が混乱してくる。
「なら、私たちの『肉体』は今ドコにあるの?」
「ヘッドギアと首輪を付けた状態で、バスに並んで座ってるとか。それならスペース的な問題も解決するし」
「スペース的な問題が解決しても、人道的には大問題でしょ!!それに私……バスの前で並んでる時、先に終わった人を見たような気がするの」
俺は名前順で男子の一番だったから、見ていないが。自身の検診後の記憶は夕凪にも無いらしいので、今、体がどこにあるのかは不明だ。
「もうひとつ。白い部屋で一瞬みえたヘッドギア。検診の時の機械に似てなかったか?」
「似てた気はするけど……VRゲームを使った健康診断とか、ありえる??」
!!
その発想は正直なかった。だが、これが大がかりな健康診断である可能性に考えを巡らせてみる。
「………………ありえないよな。巨額の開発費に見合うリターンが思い浮かばない」
「えっ? あぁ。うん、そうよね」
ほんの一瞬キョトンとした夕凪は、俺の顔をまじまじと見ながら呟いた。
「秋葉原君と二人でゆっくり話すのって、久しぶりだね……」
「そう…………だったか?」
言われて記憶を辿ってみるが、中学、いや高一ぶりか?
透き通った潮騒を眺めながら記憶を探っていると、夕凪が俺の頬を軽くつねって目をそらした。
「おいっ。痛い。なにすんだよ」
「もしかしたら夢かなぁと思って……」
「そういう時って普通、自分の頬をつねるもんだよな?」
「そう? ……そうだったかも」
つねられた頬の痛みは、仮想現実とは思えないほどリアルだった。
確かにここ数年、VRゲームの進化はとどまる所を知らないが。ショック死事件が社会問題となって以降『痛み』の脳内再現は、実装はおろか開発することさえ『違法行為』として処罰されるハズではなかったのか。
その法律を破ってまでこんなモノを作る理由が、俺にはわからない。
夢のような……というより悪夢と呼ぶほうが相応しい仮想空間を、誰が作ったのか。なぜ3-Bのメンバーを監禁しているのか。
さっぱりわからない。
矛盾は解消できず、この世界がバーチャルなのだとは信じ難かったけれど。『この世界で生き延びながら答え合わせをする』ことに二人で決めた。
こちらで意識が死んだ瞬間、あちらで首輪が爆発し脳が黒焦げになる……という、VR小説によくある最悪の結末も怖いには怖いのだが。
意識がここにある以上、ヤシの木陰で飢餓に苦しみながら座して死を待つわけにもいかない、という問題が一番の理由だった。
……リアルすぎるせいで、ログアウトを狙った自死を試すこともできない。
* * *
脱出(もしくは救助されるまで)この状況を生き延びるには、まず何をするべきか。
一般的なサバイバルにおいて最初にすべきは『水の確保』なのだろう。だが、幸か不幸か水なら激流で吐くほど飲まされた。
むしろ今の俺たちに必要なのは『武器』だ。
ジャングルで食糧を調達するために、最低でも猿型モンスターは確殺できるぐらいの武力が欲しい。多対二で戦うなら挟み撃ちにされないよう、リーチの長い武器がいい。
思い立ったが吉日、俺は流木を何本か拾って硬さを確かめた。鈍い音がして木は折れたが、鋭い切り口にはならずギザギザした断面が残った。
これは………………ただの『棒』だ。
木の先端を加工するため、今度は浜辺の石を割ってみることにした。
手近な大き目の石をぶつけ合って砕くと、鋭くなるにはなったのだが。『石刃』は木の枝を槍に加工できるほどの硬さと薄さにはならなかった。
「思ったほど木が削れないね」
「うん。内陸に上がったら黒曜石を探そうか」
「えっと……川辺で見つかるんだっけ?」
「そこまで設定してあるかは分からないけど。この辺の石よりずっと硬いはずだから」
黒曜石の剣は無理でも、手ごろな刃が手に入れば、加工技術が一ランク上がるだろう。いい形に割れたら鏃に使うこともできる。
木の加工をいったん終わりにし、俺たちは余り物の石刃をつけた〖斧〗の作成に取りかかった。
夕凪がヤシの木を覆うごわごわを削いで紐を編んでくれたのだが、何べん枝先に結んでも石刃はスルリと抜け落ちてしまう。
おそらく俺のイメージする『×の字』に結ぶ固定方法が、間違っているのだろう。そうでなければ石器時代なんてものは存在しなかったはずだから。
石器系武器の作成もあきらめ木の棒を振り回していると、夕凪が『ストッキング』を脱いで素足になった。…………まぶしい。というか魚でも獲りに潜るつもりか?
夕凪はストッキングに石塊を入れ、『紐つきハンマー』のような武器を作りはじめた。
「おい。何だよその物騒なアイディアは」
「暴漢対策の授業で習ったの」
ブンブン回して振り下ろされた石が、焼けた砂浜にドスンとめり込んだ。ストッキングが伸びるので間合いは不安定だが、うまく当てられれば必殺級の武器になるかも知れない。
……ぉぃ。危ないから離れて振り回してくれ。
ピロリロリロン♪
突然の着信音と共に、光学パネルの画面が勝手に立ち上がった。
『新着メッセージが一件あります』
画面にタッチするとメッセージ・ウィンドウが開き、ナビゲーターからのメールが現れる。
『やっほぅ、ギフトを送るよ。アンタには勿体ない特注品なんだからね アイアイ』
「おっ、ようやくギフトが送られてきたか」
伐採や加工にも使える刃物だったら嬉しいのだが。所持品ゼロの現状だから、たとえどんな外れアイテムでも有り難い。
「……ギフト!?」
「ん?どうした?」
夕凪の表情があからさまに曇ってゆくのは、黒光りするアレを怖がっているせいだろう。
「マシンガンは、『四藤』から時間を稼ぐためのハッタリだよ。ギフトの一覧にそんなもの無かっただろ?」
と言いつつ俺も慌てていたから、何があったかは正確に覚えていないのだが。
「だって『夕凪は貰ったぜ。俺のマシンガンでウヒャヒャ』とか言ってた……」
「言ってない!……演技はしたけど、そんな酷いことは言ってない」
「舌なめずりもしてた。秋葉原君のあんな悪い顔、初めてみたもの!」
あぁもう。性に合わない演技なんかするんじゃなかった。
「マシンガンどころか俺、初期ギフトを取り損ねたんだ。ALL-TAKE-OUT。数が足りなくて最後の【漫画】すら取れなかった。だから今ごろ補填アイテムが送られてきたんだよ」
夕凪は少しだけ考えてから、無言で俺の隣に座り直した。
…………さっきより少し距離が遠いのだが、気のせいか?
「なるほど、納得」
夕凪が睫毛の長い瞳で海を見たまま、クスッと微笑んだ。
俺はちょっと納得いかない。微不満あり。
彼女が光学パネルを立ち上げインベントリを開くと、手のひらに【漫画】が乗った。
「なんだ、漫画を取ったの夕凪だったのか」
「最後に『漫画』が残ってたのを知ってるのは、つじつまが合ってるし……それに秋葉原君だったら……」
「俺だったら?」
「鈍くさいから普通にありえるなっ!って」
「そうか?……確かにテニス部の主将からすれば劣るだろうけど。俺、言われるほど鈍くさい?」
「現にギフトを取り逃したじゃない。中学時代からの例をあげればキリがないんだけど……なんていうか、運動神経に由来する鈍くささじゃないのよ。秋葉原君のは」
「確かに俺は、石橋を叩いて――」
「壊しちゃうタイプ」
……………………そこまで酷くないと思うが。
「あと、よく考えたら。マシンガンを持ってるのに、恐竜から逃げ回ったりしないよね」
…………酷評する前に、そこに気づいて欲しかった。。。
* * *
気を取り直してパネルのUIを確認していると。
どこからともなくラジオ番組のイントロのような音楽が聞こえてきた。
「……夕凪、何か聞こえないか?」
「うん、聞こえる。崖の上からかな?」
このひどく場違いに爽やかなBGM……嫌な予感しかしないのだが……。




