飲み干せど溢れ出る
夕凪のふくらはぎに張り付いた薄ピンク色の蛭は、弱点を突くまでもなく指先でペシャンと潰れた。獲得ポイントは1pt、大騒ぎするほどでもない。
○怪獣図鑑
【ブラッドサッカー】ラグナ=シセラの川辺に生息する蛭。その名の通り血を吸われないように注意。弱点は塩。食用:不可
夕凪は『無理!私、ああいうの無理だから!』と金切り声をあげながら、片足が太ももまでになってしまったストッキングへ、俺の目も気にせず足を通した。
そうだよな。見栄えがどうの言ってる場合じゃないもんな。薄皮一枚でも防御力が上がるなら、履いたほうがいい。
ひとしきり騒ぎ終えた夕凪がようやく落ち着き、見上げた岸辺のヤシの木を揺すりはじめた。
「これ、いつものヤシとは少し種類が違うみたい」
「だな。俺の知ってるヤシの実に近い感じがする」
○鑑定結果
【シセラヤシの実】こってりした味わいのドリンクを絞ろう。Bクラフトで融点の低い植物油にも加工できる。
「飲み物も手に入ったことだし、昼メシにしますか」
「うん。元気になってきたらお腹がペコペコしてきた」
まぁ、蛭一匹であれほど大騒ぎできるのだから、元気の心配はもう無いだろう。
二人とも猛烈に腹が減っていたので昼食は『バーベキュー』に即決した。レンガでポイントを使ってしまうのは勿体ないので、俺は川原の石を簡単に組み上げた。
涼しくなってきたとは思っていたが、すでに空一面が雲に覆われていた。着火に虫メガネは使えないものの、周りに煙が目立たないから丁度いい。
念には念を入れてW200ptの【網】を上に張り、煙を散らすヤシの葉を重ねてかざし、カマドは完成。
茂みから手ごろなサイズと厚みの葉を採って、皿の代わりに炊事場に並べる。
「この葉っぱ……ピアノ教室にあった観葉植物に似てるけど、何だったかな」
「わからないけど、毒でもないか一応調べておこうか」
手始めに植物図鑑をめくるうち、二人同時に声をあげた。
「ゴムの木だ!!」
W100ptで【ナタ】を入手した夕凪がゴムの木へ切り込みを入れると、いい感じの傷ができた。ツタのツルで〖空き缶〗を括りつけゴム採取装置が完成したのだが。
結果。採取に何時間かかるんだよこれ?
考えてみれば樹液がドボドボ噴出してくるはずもなく、薄っすら滲むだけの樹液にポカンと口を開け、夕凪と顔を見合わせた。さて、飯だ飯。
手ぶらで戻るのも癪なので、倒れた方のゴムの木から葉っぱを毟り、皿代わりとしてインベントリにストックする。
結果。全部ゴミ化、収納規格外アイテムでした。
最後のあがきにタッチ機能で木の幹ごとインベントリへの収納を試みる。あがいてはみるもので、ゴムの木が所持品一覧に加わったのでさっそく鑑定。
○鑑定結果
【ゴムの木】簡単な加工で木材として使える。ゴムの樹液は野生の木からでなければ採取できない。
ゴムは文化レベルが向上しそうな垂涎もののアイテムだ。昼飯が済んだ頃に少しでも採取できればうれしいのだが。
バーベキューの材料は玉ネギ、スニーカーの肉、カトロピテコスの肉。他に食材がないから本日は肉祭だ。
釣竿をムダにしないよう川へ釣り糸を垂らしてみたのだが、ぴくりともヒットしなかったのだ。餌が蛇の肉ぐらいしかないから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
猿の肉に難色を示すかと思いきや、夕凪はサバイバルに適応してきたのか何も言わなかった。
「一緒にバーベキューしたかったね」
…………中島のことか。俺は果物ナイフで玉ネギをザクザク切りながら、『そうだな』とだけ答えた。
くそっ。バーベキューなのに勢い余って微塵切りにしてしまい、目が痛い。
野菜・肉・野菜・野菜・肉・野菜。
矢に加工して失敗した『傘の骨』を串がわりにして塩を振り、食材にじっくり火を通してゆく。アニャンの一玉が大きすぎたせいで、玉ネギまみれのBBQになってしまったが。
「ほら、秋葉原君。肉、焼けたよ?」
こんがり焼けた串焼きへ二人で競うようにかぶりついた。蛇の肉も猿の肉もジャーキーみたいに肉汁が吹き飛んでいたが、噛みしめるほどに英気がみなぎってきた。
汗をたっぷり掻いたぶん、塩分が体に染み込んでゆく。
炙ったパンの実もサクサクしていい食感なのだが、無性にどっしりした白米飯が食べたくなってきた。けれどもBの残りは151pt。50ptもするおにぎりと交換する余裕はまだない。
黙々と噛んでは飲み・飲んでは噛むと、水で薄めたにもかかわらずシセラヤシの実のジュースが、あっという間に底をついた。
「もっとヤシの実を探してこようか?」
「ありがと、私は水でも大丈夫だよ」
ピロピロン♪
音がしたので光学パネルを開くと、自動販売機の売り上げマージンとしてB50ptが振り込まれていた。
いったい誰だ??一本100ptだぞ?
ジュース代の半分を労せずに獲得できた喜びよりも、誰かが冷え冷えの缶ジュースを飲んでいる羨ましさで、いてもたってもいられなくなる。
そうだ!イベント景品の『ドリンク無料引換券』があったはずだ。
「いいもの持ってたのを忘れてたよ」
「なになに?」
俺はインベントリを開いてドヤ顔で券にタッチした。
バラバラバラバラ
…………。
…………。
両手いっぱいぐらいはありそうな『ドングリ』が足元にこぼれて散らばった。
「あとで御餅かクッキーにしてあげるね?」
「おっ、おう」
あったけぇええ
焼いた肉を食べ、川渡りで濡れた足を乾かし、『火』の恩恵を最大限に享受する。
「人間っていつごろから、何の目的で火を使い始めたのかな?」
「雷などで自然に発火した炎で暖でもとったのか、山火事で焼けた動物が旨かったのか。なんにせよ味をしめたんだと思う」
「最初に人工的な火起こしを考えた人は、天才以外の何者でもないよね」
「まったくだ。焼けた肉を最初に食った馬鹿の次に偉い」
足を乾かす時間がもったいなかったので、浅瀬に〖網〗の罠を張った。釣竿のほうは全く釣果がなかったが、網でなら川魚が捕れるのではないかと待つこと数分。
腹の虫を退治してしまうと、今度は睡魔に襲われはじめた。コボルトの干物は……気力と体力をブーストしてくれたけれど……一気に疲れが押し寄せてくる…………
今か今かと水面を見つめていたはずなのに、気がつくと視界が曇り空に変わっていた。
あれっ?なんで記憶が飛んでいるんだ??
枕にした夕凪の膝の感触に、いつの間にか眠ってしまっていたことに、ようやく気づく。
「ごめん……寝るつもりは無かったんだけど」
「ううん、いいよ。ずっと私のこと背負って歩き回ってくれたんだし……それにまだ30分もたってないよ?」
「膝枕サンキュー。それじゃあ天気が悪くなる前に動きますか」
俺は【目覚し液】を鼻の下に塗り、準備体操をして荷物を整理した。
リュックを整理しようとして、中島の遺品の制服が入ったままだと思い至る。いつまで引きずっても仕方がないし、血だらけのシャツを持ち歩くわけにもいかないよな。
「よし、ここに中島の墓を作ろう」
「…………うん」
俺は無心であくびを噛み殺し、目覚まし液を嗅ぎながら土に手を突っ込んだ。
…………。
「ごめん……やっぱり……ちょっとだけ」
「思う存分、好きにふるまっていいよ。秋葉原君の気持ちも、ちゃんと弔ってあげないと整理がつかないよね。寝言で色々うなされてたもの」
中島一人のためでは無いのかも知れないが。悔しいやら悲しいやら、堰を切ったように涙が止まらなかった。もしかしたら皆、単にログアウトして、先にこの世界から解放されただけなのかも知れないのに。
墓穴を掘り進むうちに飲み干したはずの感情までもが掘り起こされ、間欠泉のように湧き出してきた。言葉では言い表せない思いが、万華鏡のように目まぐるしく溢れてくる。
混ぜこぜになった感情がいつの間にか、この理不尽な仕打ちに対する怒りへと変わり、ふつふつとこみ上げてくる。素手で穴を掘る指先の痛みを噛みしめながら、気づけば俺は嗚咽していた。
視界がぼやけてよく見えなかったが、夕凪が中島のシャツから何かを見つけていた。形見の一つくらい貰ってもバチはあたらないよな、中島?
血まみれの制服を、包んでいた『傘のビニール』ごと土に埋め、墓石を乗せた。
いつまでも泣いてても夕凪を守れやしないから、もう出発するからな。
……許してくれよ。
「水を補給したら、もう少し北を目指してみようか」
「…………北。出杉君のところ?」
「最終目的地はね。でも天候も怪しいし、今日中には辿り着けないかもしれない」
中島の件でやはり踏ん切りがつかないのか、北へ向かうのが気乗りしないのか、夕凪の表情がまた少し曇ってきている。
「せっかく足を乾かしたのに、また水に入るのもなんだな。やっぱり西か南に向かおうか?」
「気を使わせてゴメンね。いろんな事が頭の中でゴチャゴチャしちゃってて。……パラシュートを探してる間、少し考えさせて」
その後は二人で黙々と移動の準備をした。
まずは水際でさっと洗い物をし、傘の骨などゴミ化しそうなアイテムをリュックに詰め直す。ゴムの採取は時間がかかりすぎるので断念、またそのうち来よう。
それよりも早く『パラシュート』が残っていないか確認したかった。運よく誰にも取られていなかったら『テント』の素材になるからだ。
落下からかなり時間が経っているので期待し過ぎは禁物だけれど、今夜の雨風をしのぐ為になんとかして確保したい。
水を汲めるだけ汲んだら天候が荒れる前に、パラシュートと出杉の待つ北へ向け移動再開だ。




