ガラパゴス
* * * * * * * *
俺は………………。
正気を取り戻すと俺は、突っ立っていた。
俺だけではない。呆けた3-Bの面々が、机も椅子も黒板もない四角い箱に、閉じ込められていた。
『’&%=)(!”##$%’$&’()&)』
『ア・タ・マ!』『ナニコレ』『ソッチコソ・クビ!』
耳鳴りがやまない閉鎖空間で、誰もかれもが口をパクパクさせている。
頭?……全員の頭にヘッドギアが着けられている状況に、理解が追いつかない。首もギプスで固定されている?何だこれ?クラス全員?ドアも無いのに、どこから入れられた?
金属質な素材がむき出しの頭の機器に触れると、指先にピリッと電流が走った。
VRか?と誰かが口にしたが、こんな形のヘッドセットは見たことがない。なによりこのヘッドギアには、ゴーグル状のディスプレイがついていない。
ただ、この形状……どこかで見たことがあるような……そうだ確か……
『秋葉原君!?』
パヂッ
誰かに名前を呼ばれ視界にノイズが混ざると、ヘッドギアもギプスも消えていた。いくら頭をこねくり回しても、髪が乱れるばかりで、もはや影も形もない。
『3-Bの皆さ~ん【ガラパゴス】へ ようこそ♪』
学園祭の呼び込みのような明るい声が、予告もなく飛び込んできた。それらしき姿はどこにも見当たらないのに、声だけが聞こえてくる。
『あたし、美少女ナビゲーターのアイアイ。よろしくねー♪』
「ウゼェ。アホ丸出しすぎ」
『今しゃべったのは……B組4番の池田君かぁ。バイバイお達者でー♪』
静まり返った白い箱の中、クラス中の視線が池田に集まった。
「おいっ、なん……なん……助けろ!ふざけんな!!」
ナビに悪態をついた池田がエフェクトのように分解され、青い光の粒が白い床へ舞い降りてゆく。
オイオイオイヤバイヤバイヤバイナンダコレ???意味不明な池田の消失に、思考回路が大量のエラーを吐き出した。
唾をのみ込む音が、四方八方から聞こえてくる。下手に声を出して消されぬよう、俺も叫びたい衝動をこらえて呼吸を整える。
『さて。みんなには、これからラグナ=シセラっていう島で、サバイバル・ゲームをプレイしてもらうよっ♪』
「キタコレ。FPSで鍛えた僕のターンなんだぬ」
『はい、島本君もBA~~N♪ 説明中は黙って聞けって言ったよね?』
言ってねぇぞ!!
「あわわわ……足……んごぉ!」
「まて!やめろ!島本!!」
足元からゆっくりと、銃を構えたような姿勢のまま、島本が消滅してゆく。
『話を真面目に聞かないバカどもの連帯責任として、全員チュートリアルはスキップよ?』
島本-------!!!
『それじゃあ行くわよ? 出たとこ勝負で、ガラガラポン♪』
島本の残光が消えきらぬ虚空に、シンプルなUIを描いた半透明の光学パネルが現れた。
※初期ギフトを一つ選択し、ポータルから出発してください。
【コンパス】【塩】【虫眼鏡】【ろ紙】【ナイフ】【毛布】【双眼鏡】【ブーツ】【ボールペン】【斧】【手鏡】【ロープ】【ライター】【ツルハシ】【リュック】【漫画】【ノコギリ】【水ボトル】【竿】【帽子】【石鹸】【バンダナ】【スコップ】【チョコバー】【マグライト】【薬缶】【ビニールシート】【鍋】【蝋燭】【テント】
ナンダコレ
ナンダコレ
ナンダコレ
ナンダコレ
バグまみれになった頭の中で、俺は幾つもの可能性を試算し、ふるいにかけた。
………………まさかVR……ゲームの中なのか??
「いやだよ、こんなの」
「クソッ、強制参加かよ」
パネル型UIには幾つかのタブがあるが、確かに『ログアウト・ボタン』がどこにも見つからない。
最悪だ……古今東西・異世界現世を問わず、ログアウト・ボタンのない設定で、ろくでもない殺し合いが始まらなかった物語などありはしないのだ。
早くも所持品を決めたのか、タッチパネルを閉じたクラスメイトたちが『黒い穴』へ飛び込んで行く。
池田と島本が理不尽に消されたってのに、みんな何事もなかったように参加するのかよ!?いいのかそれで??
……ログアウト・ボタンがない以上、是非もなしか。
TAKE-OUT 【塩】 TAKE-OUT 【ろ紙】 TAKE-OUT TAKE-OUT 【双眼鏡】【ブーツ】【ボールペン】 TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT 【リュック】【漫画】 TAKE-OUT TAKE-OUT 【竿】【帽子】【石鹸】【バンダナ】 TAKE-OUT 【チョコバー】 TAKE-OUT 【薬缶】 TAKE-OUT 【鍋】 TAKE-OUT TAKE-OUT
ちょっと待った。じっくり選ばせてくれるんじゃないのか!?
動転しているうちに、光学パネルの文字が次々にTAKE-OUTへと変わってゆく。
寒いか暑いかも分からないサバイバルだってのに、どういう基準で選んでるんだよ。地図は……なし。武器にも使えそうな金モノは……売り切れ御免。ならば鍋か?竿か?貴重で手に入りにくいアイテムは何だ?双眼鏡、帽子、石鹸……紙の素材も捨てがたいが。
やばいやばいやばい。迷っている間に、欲しいアイテムがどんどん売れていく。ならば薬で決定だ。回復キットの類なら、ライフを余分に持つのに等しい。
タッチの差で取られた!誰が獲ったんだよ、俺の薬缶!!
TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT 【漫画】 TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT TAKE-OUT
…………とうとう【漫画】しか無くなってしまった。
いや。サバイバルでは貴重な娯楽だし……災い転じて何とやらだ。
……クリック。
- ERROR -
ん?
ALL-TAKE-OUT
おいっ!! 漫画すら無くなったぞ! 俺のぶん足りねぇぞ!?
『あれぇ?何このエラー。人数ぶん用意したはずなんだけどなぁ♪』
ナビゲーターの場違いに楽しそうな声が、耳の奥に響いてくる。
「どうなってるんだよ、おい!」
『初期設定は……ちゃんと30個あるし。アタシのせいじゃないもーん♪』
「3-Bは全部で33人だろうが……」
『欠席の人と消えちゃった(w)人の分を抜いたら30個なのよ。バッカじゃないの?』
なら何で俺の分が無いんだよ?裏技で二個もっていった奴でもいるのか?
『あれ??秋葉原君、アンタちょっとバグってるから……初期ギフトは後で郵送しておくね。いてらー♪(プッン)』
後っていつだよ? 郵送ってどこに届くんだよ???
「おい、アッキー! 助けてくれ!」
アダ名で呼ばれて我に返ると、白い空間には、すでに数人しか残っていなかった。
出杉と夕凪と……ヤンキー『四藤』の伊藤・佐藤・武藤。三人が【スコップ】【ロープ】【ナイフ】を手に、夕凪らに詰め寄っている。
対して出杉は茫然自失した夕凪を背に【斧】を振り上げ、こちらを伺っていた。
出杉を牽制しながら武藤が、うわずった声で俺に手まねく。
「あ、秋葉原ぁ? お前……お前もコッチ側だよな?」
仲間にたぐり寄せるような言葉に反応してか、夕凪が正気を取り戻し俺を見た。出発をためらっていた女子が一人、慌ててポータルの向こうへ走り去った。
……3対3、いや2体4か。
多勢に無勢を警戒した出杉が後ろ手で、夕凪に下がるよう合図を出す。
「アッキー!四藤にビビッてないで、早く!考えるまでもないだろ!?」
加
もちろん答えは『夕凪を助ける』の一択なのだが、なにせ俺には武器がない。せめて【ブーツ】でも取っておけば、と後悔しても後の祭り。
佐藤がロープを伸ばすのを見ながら、傍観していた四藤の残り一人・江藤がズボンのベルトを外しはじめた。
これ以上、あれこれ考えている余裕はない。
手遅れになるギリギリで俺は乾いた唇を舐め、真っすぐ夕凪に近づいた。
「はぁ?お前ら全員なに寝ぼけたこと言ってんだ? 夕凪は俺のモノに決まってるだろ!? 俺のギフトは【マシンガン】だよ? 」
軽く笑みを浮かべて睨んでやると、ヤンキー達がビクンと凍り付いた。出杉に向けられたナイフとスコップが矛先に迷い、俺との間を行き来する。
『これは演技だぞ……わかってるんだろうな、出杉?』
硬直する出杉に視示を送りながら、夕凪の腕をつかんで強引に歩かせた。紺ブレザーの生地越しにでも、柔らかな腕のこわばりが伝わってくる。
「やめて、痛い!」
ポニーテールが飛び跳ねるほど暴れて夕凪は、俺の顔に爪を立てた。
「おい、秋葉原てめぇ!」
おっと、武藤にバレたか意外に鋭いやつめ。出杉、スマンが後は任せた。
ドンッ
俺は嫌がる夕凪を脇にかかえ、どこへ続くとも知れない『黒い穴』に飛び込んだ。