白日
* * * * * * * *
「『ガラガラポン』を知っていますか?」
春の大型連休が明けた月曜日のホームルームで。
あくびを噛み殺しながら曇り空を眺めていると、担任の爺は話し始めた。
「戦後日本の焦土には。体は生き永らえつつも、心に致命傷を抱え――」
……ふぁ眠い。朝方までレイド・バトルに参加し続けたのは、さすがにやり過ぎだったか。
「――絶望から死に至らぬよう、本や絵画に描かれたあの世の幸せに慰めを得たり。記憶を封印し、解凍の時を待つ人も――」
……昔話かと思ったら近未来SFか……俺も凍眠したい。
「――で『ガラガラポン』に希望を見出した人もいました。人間関係や貧富の差が焼失し、ヨーイドンで『ゼロから再構築』することを、絶望ではなくチャンスと――」
ウロロォオオン♪
とつぜん気味の悪い音色が、あらゆる方向から鳴り響いた。
ウロロォオオン♪
スマホだ。不快音はマナーモードを無視して教室中に溢れている。持っているやつ全員のスマホが鳴っているのだ。クラス中で示し合わせたイタズラでない事が分かると、担任は困惑を収拾もせずに廊下へ消えていった。
ウロロォオオン♪
「怖い!ナニコレ??」
「あはは。緊急地震速報じゃね?」
リア充カポの鈴木と三浦がふざけ半分に手を取り合い、机の下に潜った。斜め後ろの席から見下ろす出杉が、二人の尻を見て苦笑っている。
「ねぇねぇ出杉ク~ン、三浦クンが他の子の足をチラ見してるんだけど~」
「イタタタ、出杉!助けてくれ!」
「……やめろって。ふざけてる場合じゃないだろ――」
一年ぶりにクラスが一緒になった級友・出杉をも巻き込んだ茶番を、俺は見るともなしに見てため息した。
ウロロォオオン♪
朝から上靴を隠されゲンナリしていた俺の気分は警報ぐらいでは踊らない。むしろスリッパで避難しなければならない不便を予期して、ますますドンヨリしてくる。
「――まったく。帰ってきてからこのかた災難つづきだな、秋葉原」
なんだよ、それ。まるで俺が疫病神みたいじゃないか。
肩をすくめながら俺の足元を見下ろした出杉は、机の下でイチャつく二人にかまうのをやめ、真顔でスマホの操作をはじめた。
ウロロォオオン♪
「みんな落ち着いて!この音は地震の警報じゃないですよ――」
クラス委員の眼鏡っ娘・青山が、消えたままの担任に代わって騒ぎを収めようと席を立った。
「――まずは全員スマホの警報を止めません?」
多くのクラスメイトは青山の指示など意にも介さず、近くの席の誰かとスマホを見せ合い始めた。
「ねぇ、みんな!聞いてます!?」
「んなこと言ったって、止まらねぇんだよ」
頬を高潮させ、不気味な警報に負けまいと声を張り上げる青山が衆目を集める中、何人かの視線は全く別の角度に向いていた。
色白黒髪・才色美少女『夕凪』か。凛としていながら、ふわっとしたボブに俺も視線を奪われる。
その夕凪は、手にしたスマホに視線を落としたまま、肩先を震わせていた。
つられて手にしたスマホの画面は『真っ黒』だったが、タッチで反応するとメッセージが浮かび上がった。
戦いの火蓋は落とされた
やがて古き世の末が 地を覆うだろう
汝、白日を逃がれ 黒き箱舟を目指せ
我、常夜の神の名によりて命ずる
クラス中のスマホを全部ハッキングする技術と、ゲームじみたファンタジックな台詞が、頭の中でうまく結びついてくれない。
ウロロォオオン♪
何のカウントダウンなのか、太いゴシックのデジタル文字が黒い画面に踊り始めた。
……28……27……
秒読みが終わったら何が表示されるのか、胸の鼓動が高鳴ってくる。
けれども、たぶん。
身震いするようにビクンと跳ねるだけ。何が起こるでもなく、死にかけた魚の腐臭が蔓延するような日常が再開されるのだろう。……はぁ。
……19……18……
スマホのメッセージを読んだらしい何人かの女子が廊下へ飛び出すと、顔を見合わせていた周りのクラスメイト達が一気に教室のドアへ殺到した。
もみくちゃになった林と島本が抱き合うように転倒し、机が横倒しになる。
……14……13……
「秋葉原君!、秋葉原君ってば!」
揺すぶられて振り返ると、夕凪が胸のリボンを震わせながら俺を掴んでいた。
「あぁ、ごめん。聞こえてるからそんなに揺するなよ」
『……何やってんだよ夕凪、逃げ遅れるぞ!』
「ぼやっとしてないで一緒に来て!!」
「わかった。わかったけど、こういう時は慌てちゃダメだろ。パニックが伝染して集団ヒステリーに陥るのが、一番危な――」
「いいから早く!!」
『夕凪、アッキーは放っといても死なないから、早く来い!』
――いくら連休開けの爺の昔話がダルいからって、面白半分で悪戯に便乗してたら、全校集会に変わってしまうだろうに。
ウロロオォン……
警報が鳴り止むと同時に、スマホの振動が収まった。
わずかに息を飲む間も無かった。
俺の背を押す夕凪を振り返るより早く、瞬く隙も与えられず。
白、が視界を埋め尽くした。