宵闇
○植物図鑑
【シセラバナナ】密林に自生する野菜。熟した実はとても甘い。食用:可。
「これ……昼に食べた時の情報かな?」
「あの時はまだ〖植物図鑑〗は持ってなかったぞ?」
「秋葉原君が手の傷に貼ってたバナナの皮は?」
ベノム・サイノプス戦で捨てたが、その前に図鑑は入手していた。
「確かに……でも、浜辺で〖ラグナヤシ〗のページを見つけた時、〖シセラバナナ〗なんてページは無かったはず……」
「っていうことは?私がどこかで触ったの?」
「その可能性は……あるかもな」
他に食用可と書かれているのはイモ・ワラビ・キノコか。
○植物図鑑
【アマゾポタテ】地表の葉はジャガイモに似ているが、地下茎は石のように固い。食用:可
【オニワラビ】暗く湿った地域に群生している。色違いのアカオニワラビは派生種。食用:可
【ドクトルキノコ】洞窟や暗がりでたまに生えているが、小さいので見つけづらい。食用:可
「暗くて気づかなかったけど、俺ちょっと探してくるよ」
「さすがにもう真っ暗になってきたし、離れないで……一緒に居て欲しい」
「わかった。それならインベントリの食べ物で、なんとか乗り切ろうか」
〇鑑定結果
【ラグナヤシの実】美味だが食べ過ぎると腹の底で固まる。果汁は半固形のロウソクに、皮は器にクラフト可能。
【ワカメーナ】不味いが腹痛改善の効果がある。ヤシの実とセットで食べたい。
ワカメーナって腹痛改善効果があるのか。
「他に特殊効果のありそうなアイテムはないか?」
「あるある。【グランクラブの触手】が石鹸の代わりになるみたい」
「……どうりであの触手、ヌルヌルするはずだ。他は?」
「秋葉原君の足に刺さってたのは【ハリガネ草】。特殊効果はないけど、ハリガネがわりに使えるって」
「それならもっとたくさん取っておけば良かったな……」
石鹸やハリガネの獲得はもちろん嬉しいが、それ以上に『アイテム鑑定』の役立ちっぷりがハンパない。
自分のインベントリにも、木から降りずに食べられる植物がないか探っていると、戦闘報酬として手に入れたらしい妙なアイテムが収納されていた。
【猿のミソ】×1
猿のミソって、あの青い手長猿のミソか?
「夕凪。これも鑑定してみて?」
「ん、なになに?」
表現しがたい茶色の物体が、ヌチョッと俺の手の上に乗った。
……。
……。
夕凪はとても嫌そうに木の枝でミソに触れて、インベントリに収納する。
〇鑑定結果
【猿のミソ】見た目はグロテスクだが食感はプリンのよう。味も最高級で病みつきまちがいなし。おにぎり必須。
「わたしは当面、遠慮しておくね」
「味は最高級って書いてあるのに?」
「だってそれあの猿のミソでしょ?ミソってどこのミソ?それに病みつきって言葉もちょっと引っかかるからノー。スルー。パスイチ」
そこまで言われると、俺も食べたくなくなるんですけど。
「はい、ティッシュどうぞ」
…………大活躍だな、ティッシュ。
それにしてもこのミソをどうすれば美味しくいただけるのか。
俺は淡い期待を込めて『インベントリ』『問い合わせ』『クラフト』『時計』『天気予報』『地図』に加えて増えていた『レシピ』機能を試すことにした。
「鑑定も便利だけど、私も『レシピ』が欲しいな」
夕凪のパネルに無い?ってことはアップデートで増えたのではないのか。だとすればパネルを使い込むか、経験値で機能が増えていく仕様なのだろうか。
○レシピ
【松明】木の枝+布+油
あぁ、これって料理じゃなくてクラフトのレシピなのか。しかも例によって既知のものしか載っていない。
結局。暗く不安定な木の上で、ヤシの実とワカメの晩飯を済ませた。まだぜんぜん食べ足りないが、ひとまずは我慢。
ヤシの実の皮はインベントリに保存して、あとで【器】のクラフト素材にしよう。
「ねぇ……」
ティッシュで艶やかな口元を拭いた夕凪が、横から俺の肩にもたれかかってきた。
ぉぃ、危ないからあんまり体重かけてくるなよ。
「ポイントの仕組みが、いまいち分からないんだけど……」
「交換アイテムの一覧を見たら感じが掴めるんじゃないかな」
夕凪の急接近に困惑した俺は、ギフトの一覧を画面いっぱいに表示して、クラフトの話題に意識を集中させる。
●Bギフト一覧 (114pt)
・ 5pt【ろ紙】【空き缶】
・ 10pt【塩】【果物ナイフ】【タオル大】【水ボトル】
・ 20pt【バナナ】【ボールペン】【手鏡】【ハンカチ】
・ 50pt【ビニールシート】【パン】【おにぎり】【傘】
・100pt【植物図鑑】【薬缶】【ロウソク】【歯ブラシ】
「ベェルって何が語源か、ピンとこないな」
「何語かは忘れたけど、駅前に『ベェル・メゾン』って建物あったよね?」
「おっ、建物関係か」
「うーん。『ビューティフル・マンション』と同じはずだから、ベェル自体に建物関係の意味はないと思うよ」
「そうなのか。なら何だろう――
ベール、ベル……ベラ、ベリ、ベレ、ベロ……ピンとこないな。
「――Wのほうは想像しやすいんだが。探検・怪獣討伐でポイントが上がるから、多分『ワイルド』のもじりだよな」
●Wギフト一覧 (306pt)
・ 5pt【空き瓶】【リュック】
・ 10pt【ナイフ】【タオル小】【釣り糸】【軍手】
・ 20pt【釣り竿】【帽子】【ロープ】【弓矢】
・ 50pt【スコップ】【ブーツ】【虫めがね】【バンダナ】
・100pt【怪獣図鑑】【雨合羽】【ナタ】【水筒】
・200pt【網】【コンパス】【ヘルメット】【斧】
「すごい!秋葉原君いつの間にこんな上がったの?」
「実績達成でBもWも100ptずつ加算されただけだよ」
『実績達成状況と獲得pt一覧』のページに移ると、夕凪にもBとWの関係が見えてきたようだ。
●はじめての○○実績達成・獲得ポイント
B【採取5】【草食10】【B調理20】【・・・・・】【Bクラフト100】
W【討伐5】【肉食10】【W調理20】【人命救助50】【Wクラフト100】
「Bが草食系でWが肉食系?」
「前半までだとそんな感じだよな。Bクラフトはこのロープの住処の製作、Wクラフトが松明の製作で達成してるから、インドア・アウトドアみたいなニュアンスの違いも含まれてるのかもな」
「なるほどね」
「人命救助の対が欠けてるから、Bポイントの獲得条件はもう少し広い可能性もあるけどな」
あっ、という表情から一転。泣き出しそうな面持ちでフリーズした夕凪の顔が、パネルの明かりでも判別できるほど紅潮してゆく。
生暖かい風が吹き、拠点の木の葉がざわざわと騒めいた。
シュルシュルシュル
夕凪の汗ばんだ胸元で揺れるリボンに気を取られ、あやうく大事なサインを見逃す所だった。
「夕凪…………」
「なに…………?」
「そのまま。動かないで」
「どうしたの?急に……」
俺はインベントリから最小限の動作でナイフを取り出し、逆手に構えた。
ストン キラン ピロピロン♪
ナイフでひと突き。頭を落としてやると、枝に張り付いていた蛇が光の粒子となって消えていく。
「なに?なにか居たの??」
「心配ないよ。ただの蛇」
「ひぃぃいいぃぃ無理、絶対無理!」
あー。ヘビも嫌いなのな夕凪。
もういないから、しがみ付いてくるな。落ちる、落ちるってば!
ナビの言い草じゃないが、夕凪とイチャコラやってる場合じゃない。
急いで態勢を立て直さないと、いざって時に困るしポイントも無駄になる。
「夕凪、鍾乳洞前に渡したアイテムを一部かえし――」
気がつくと、光学パネルに照らされた夕凪の肩が小さく震えていた。
――あぁ、ごめん。
イチャイチャしたかったんじゃなくて、怖かったのか。
妙に明るく振舞ってたのも、おそらく不安を隠すためだったのだろう。
生きることさえ厳しい暗闇で心の安定を得るには、『灯り』と『希望』が必要だ。それがどんなに、かすかなものだったとしても。
誰かに見つかるリスクはあるけれど、初夜から精神力をガリガリ削られるわけにはいかない。
「夕凪、【ロウソク】をポイントで交換しよう」
「ううん。私、まだ頑張れるから……一人じゃないから……」
闇夜に向けて呟きながら夕凪は、俺に寄せた肩の震えを押し鎮めはじめた。
ホゥホゥ キィキィ
ジャングルの夜闇に、モンスターたちの鳴き声がこだましている。
恐怖と不安をなんとか鎮めて微笑もうとする夕凪の手を、俺は黙って握った。
夕凪は深呼吸をしながら息を整えていたが、やがて静かに肩から震えが引いていった。
暗闇に二人きりで肩を寄せ合うなんて。
恋愛感情が芽生えてもおかしくはないような、ロマンティックなシチュエーションだよな。
…………これがクソ・オブ・ザ・クソゲーの中でさえなければ。
「ありがとう。ごめんね……お風呂に入ってないからベトベトだった。パニックのせいで自分が汗まみれだってことも忘れてた」
「お、俺も汗びっしょりだから気にしなくていいよ」
ふわりと離れようとする夕凪の肩を、俺は勇気を振り絞って抱き寄せた。




