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五月の活路

 この春、高校3年生へ進級した。


 1年ぶりに夕凪や出杉と同じクラスになり、新しいクラスメイトや転校生の顔と名前が一致しはじめた4月の中旬に。


 俺は階段の一番上から踊り場まで、誰か(・・)に突き落とされた。



 目覚めると、真っ白な病院のベッドに横たわっていた。

 左足にはギプスが巻かれ、窓際にはクラスからの寄せ書きが置かれていた。『骨折ぐらいで大げさな』と感じたのだが、俺は三日間ものあいだ眠り続けていたのだという。


 その後、数日で退院したのだが。頭を打った後遺症なのか、原因不明の脳波異常が検出され、自宅療養と検査通院を余儀なくされた。



 5月の初め。

 検査結果から異常が消えた。

 異常の原因も異常が消えた理由も、分からないまま検査は終わった。


 ギプスも外れていたので、半月ぶりに登校することになった。



『死ね ○○○ キモオタ 臭い ×××野郎 二度と学校来んな 醜悪 ワキガ ゲロ吐かせてやる ゴミ作品 何日もつかな 下等生物 呪 腐れ外道 ブヒィィイ △△カス 童貞 お前の席ここだから』 


 教室に入ると俺の机は薄汚い言葉の落書きと、溢れんばかりのゴミが埋め尽くしていた。一生懸命に机を掃除していた出杉と夕凪が、バツの悪そうな目で俺を見た。


 嫌がらせもさることながら、二人から向けられた同情の眼差しが、胸の奥に深く突き刺さった。


 授業の遅れについてゆけず、原因不明の嫌がらせを受け。頭にモヤのかかったような気持ち悪さを抱えたまま、春の健康診断を受ける終わると……


 ……始まったのは、進んだ授業でも嫌がらせの続きでもなく、熱帯雨林でのデス・サバイバルだった。



 *  *  *



 胸の鼓動が、高鳴っている。

 潮騒が聞こえないほど、こめかみの脈打つ音がする。


 こんな状況で、不謹慎だということは分かっている。

 分かっているが、体は正直だ。


 俺は、未知と不条理で構築されたこの悪戯(ゲーム)に、胸を躍らせていたらしい。



 その証拠に、最後(クリア)までプレイできない悔しさが、込み上げて止まなかった。


『どうしてもっと慎重に行動しなかったのか。未踏エリアを探索するのに、どうして装備を整えなかったのか。もっと……俺は、もっと……』


 声に出しかかって、ようやく。俺を抱きとめる夕凪を思い出した。



 退屈で憂鬱な現実の日常に戻るより、もっと悪夢の中を冒険していたかった、だなんて。


 ……こんな歪んだ気持ちを……夕凪には知られたくない。




 輪郭を失いはじめた視界の中で、後ろに回った夕凪が俺の首すじに吸いついてきた。


「おいっ……なにしてんだよ」


「ペッ。ちょっと大人しくしてて!」


 夕凪は〖ギフティ・ゲッコス〗の毒を必死に吸い出そうとしてくれたが、物理的には排除できない、システム的な状態異常なのだろう。ステータス画面の『特殊毒』は表示されたままだった。


「もうやめてくれ……プログラムの毒が夕凪に移らないとは限らないだろ……そんなことになったら俺、死んでも死にきれない」


「弱気なこと言ってないで!私、あきらめないから!」


「洞窟に入ろうって言い出したのも、すぐに逃げないで戦いだしたのも俺だから。自己責任なんだよ」


「責任とか負い目とか、そういうのじゃないのくらい分かってよ!」


「……」


「秋葉原君、植物図鑑を貸して!」


 差し出した図鑑をひったくると、夕凪は灼けた砂浜を東へ走りだした。


 解毒作用のある植物を探してみるのだというが、場所が場所だけに絶望的だ。何せワカメの他にはヤシの木ぐらいしか生えていない、隔絶地帯なのだから。


 さて。

 湿度200%の鬱々した五月を、思いのほか夕凪と楽しむことができたし、カニやヤシの実も旨かった。


 そろそろ腹をくくろう。



●Bギフト一覧 (6pt利用可能)

・ 5pt【ろ紙】【蝋燭】【歯ブラシ】【塩】


●Wギフト一覧 (57pt利用可能)

・ 5pt【バンダナ】【竿】【竹笛】【ロープ】

・ 10pt【軍手】【矢/ボルト】【リュック】【釣り糸】

・ 20pt【帽子】【水中ゴーグル】【槍】【雨合羽】

・ 50pt【ブーツ】【弓】【虫眼鏡】【チョコバー】


 まず最初にB5ptで塩を獲得した。

 蝋燭も捨てがたかったが、腹が空きすぎて、このままでは(いくさ)にならない。


 沙蚕の肉を潰して空き缶に入れ、直火で焼いている間にバンダナ×2、矢×2、竿×2、ロープ×2m(10pt)を得て戦闘準備を開始する。


・バンダナ→松明。

・矢×2→雨合羽の切れ端で加工する。

・竿→計3本を適当な長さにカットし、(ほぐ)したロープ(麻)で左脇腹・左脚・左腕へ縛りつける。爪をかわし難い左脚には、さらにブレザーを巻く。


 ロッドの素材は柔らかいものでは無かったが、それでも爪の勢いを殺せなければ深々と切り込まれるかも知れない。あり合わせの防具で狙い通りに『肉を切らせて骨を断つ』ことができるのか、不安は拭いきれない。



 できる限りの戦闘準備が終わったので、生焼けぎみの沙蚕の肉を空き缶から掻き出し、塩を振った。


「臭っ……臭すぎる」


 強烈な磯の匂いに鼻が曲がりそうだったが、チビチビやっている暇はない。


『夕凪、ありがとう――』


 大きな塊を丸ごと口に放り込むと、濃縮された臭気に吐き気がこみ上げた。皿がわりのワカメーナに齧りついて味覚を上書きし、生ぬるい水の勢いで胃に押し戻す。


 最悪な食事だったがそれでもWポイントが増えたので、リュックを追加し砂を詰めた。念のため制服のネクタイで剣の柄を右手に縛り付け、深呼吸をする。


『――時間がないから、もう行くよ』


 使わないアイテムを全てカマドに残し、重い足で俺は立ち上がった。



●現在の装備

・頭:帽子

・顔:泥

・首:バンダナ

・胴:ロッド片(左脇)

・腕:ロッド片(左腕)

・手:アプロの手袋、松明、鋼の剣

・脚:ロッド片・ブレザー(左脚)

・足:学校の上履き


・サブウェポン:弓・矢(×2)



 松明に巻いたビニールが溶けだす煙を合図に、俺は紫色に歪んだ視界をかき分けた。

 システムの毒が俺の生命プログラムを止めるまで。机の落書きを、本気で怒りながら消してくれていた夕凪のために。

 

 まだ倒れるわけにはいかない。


  *


 てらりてらり

 床から生えた鍾乳石の山の間を、ギフティ・ゲッコスは三本の足で闊歩していた。時間をかけすぎてしまったのか、斬り落とした左前足はすでに再生しかかっている。


『焦るな。ひとつひとつ着実に、有利なフィールドを構築するしか勝ち目はない』


 ①最初に、自分の影が戦闘の邪魔をしない位置へ〖リュック〗を配置する。


 大ヤモリの挙動を見逃さないよう細心の注意を払い、広間の左手にリュックをセットできた。幸先よし。今のところ光熱源への反応は見当たらない。


 ②リュックに詰めた砂へ照明用の松明を刺し、火をつける。


 ③鍾乳石を盾にできる位置に陣取り、往路の松明を左腕に固定して準備完了。



『何を今さら怖がっている。たかがゲーム……じゃないか』


 武者震いする指で弓を構え、(やじり)の根元に巻いたビニールに点火し、焦点の合わなくなった目で狙いを定める。


『先手必勝。……当たってくれ』


 ブンッ…… !!!!!!!!!!!

 口火を切った矢はブレた軌跡を描いて失速し、ギフティ・ゲッコスの手前に落ちた。


『『愚カナ猿ノ末裔ヨ。我ハ汝ニ 闇ヲ与エシ者』』


 臨戦態勢に入った大ヤモリの巨躯が真っ直ぐ俺に向かってくる。心臓がパニックを起こしかけたが、食べ残した〖沙蚕の肉〗を缶ごと放ってかく乱を試みる。


『『絶望セヨ。悠久ノ眠リヲ終エ 主ハ来マセリ』』


 もう一本の矢に点火し、耐えられるギリギリの距離まで大ヤモリをひきつける。まだ……まだもう少し。


 ブンッ…… キシャァアァア!

 直撃した二射目がエリマキを深々と突き破った。すぐさま大ヤモリは矢を払い落とすが、溶けて張り付いたビニールが弱点のエリマキを焦がし続ける。


 !!!?

 大ヤモリは体中のコブから体液を噴出させ、鎮火とともに皮膚の修復をはじめた。……だが図鑑の情報どおり動きが鈍くなっている。当たって砕けるなら今しかない。



 弓を捨て剣を両手で握り直し、目の無い大ヤモリとの距離を静かに詰めていく。1発、2発と舌の連撃を受けるが構わない。毒への対処は初めから捨てている。


『ファイア・エンチャント!』


 鋼の剣に結んだビニールに点火し、疑似魔法剣でギフティ・ゲッコスへ切りかかった。


 ガンッ !!!!!!!!!!!

 右前足へ刃先が届く寸前に、大ヤモリは弧を描いて身をひるがえした。……しくじった。舌の攻撃は毒を付与するためだけでなく、退化した眼の代わりに相手の位置と距離を探るためでもあったのか。


 初歩的な前提ミスが、致命的な間違いだったことに気付いたが、あまりにも遅すぎた。


 ビュン

 剣を振りぬいた無防備な肩が、尻尾に殴打されて形勢逆転。片膝をついた俺に向け4枚爪のコンボが側面から回り込んでくる。


 

……………………。

 



 ……カツン



 

 ……頭脳の制御(コントロール)から解き放たれた四肢が、バックグラウンドで勝手に悪あがいている。


 左腕の松明を杖がわりに立てたが、先端を切り飛ばされて光源を一つ失った。一段落ちた照明に目が慣れるより早く、大ヤモリは容赦なく追撃の刃を振るってくる。


 ゴリッ

 勢いが乗り切る前に左脚を差し出すと、鈍い音がして爪が脛のロッド束に食い込んだ。


『切られ……て……いない』


 大ヤモリは指先の吸盤で濡れた岩場に張り付き、100%の力を爪に乗せられる。いっぽう俺は学校シューズが濡れた岩盤を滑り、踏ん張りがきかない。

 

 だが前足を一本失った大ヤモリは攻撃に力を乗せきれず、重心の低かった俺は転倒せずに体ごと流され、結果として威力の受け流しに成功した。


 剣を掠め取ろうとする舌も、焼けただれたビニールを舐め、慌てて口の中へ引き込まれる。


『俺の作戦勝ちだ!!』


 エリマキを切り落とした炎の剣は、そのまま前足の肩の骨に達した。剥がれたウロコが剣に張り付き、炎が弱まっていく。腱を半分失ったというのに、それでもギフティ・ゲッコスは爪を振るい続ける。


 キシャアァアア 

 ヤモリの首元へ渾身の上段切りを叩きこむと同時に、かすめた爪が左脚のブレザーを切り裂いた。退化した眼のくぼみへ松明の燃えさし(ジャンカー・パイル)を突き立てると、溢れる濃い血の匂いが空洞に充満する。


『『ニズホック様ニ 栄光アレ!』』


 最期の叫びが洞窟に反響し、鼓膜を震わせた。砕け散ったギフティ・ゲッコスが、まばゆい光のエフェクトに還元されてゆく。



「やった。やったぞ……」



 毒と相打ちではあるが、洞窟のBOSSモンスターを倒し活路を開いた。 


 気が抜けるのと同時に足腰から力が抜け、水溜まりに意識ごと滑り落ちてゆく……

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