闇の支配者
洞穴は肩車でも届きそうにない高さがあり、天井からは小さな白い鍾乳石が垂れていた。
足場はあまり良くないが、長剣を存分に振り回せる横幅もある。
「水と風の流れがあるから、内陸に通じている可能性が……」
……あるにはあるのだけれど。
「私、えっとね……暗いの無理かも」
「だよなぁ知ってた。中学ン時の肝試しで散々だったし――」
夕凪が泥にまみれた顔をさらに赤くして口を尖らすが、俺もさすがに照明なしで入ってゆくほど無謀じゃない。
「――でも崖を登るのが無理な以上、ここを探索するしか道がない。行き止まりだったら今晩のシェルターにしよう。灯りなら俺が何とかするから」
「……うん」
入り口に簡単なカマドを組み、火の元を確保しながら俺は、手持ちの素材と残りptを確認した。
○インベントリ
空き缶、石×12、枝×7、怪物図鑑、空袋(塩)、ガラポン、沙蚕の肉、ゴワゴワ、植物図鑑、ブレザー、ペットボトル×3(水入り2)、ヤシの実の殻、流木、ロッド(根)、ワカメーナ×5
○ポイント
秋葉原 B5 W63 H3
夕 凪 B1 W10 H1
●Bギフト一覧 (5pt利用可能)
・ 5pt【ろ紙】【蝋燭】【歯ブラシ】【塩】
●Wギフト一覧 (63pt利用可能)
・ 5pt【バンダナ】【竿】【竹笛】【ロープ】
・ 10pt【軍手】【矢/ボルト】【リュック】【釣り糸】
・ 20pt【帽子】【水中ゴーグル】【槍】【雨合羽】
・ 50pt【ブーツ】【弓】【虫眼鏡】【チョコバー】
蝋燭では心もとないので『松明』をクラフトすることにする。本当は【バスタオル】が欲しかったのだが、Bptが圧倒的に不足しているので仕方ない。
代わりにW5ptの【バンダナ】3枚と、20ptの【雨合羽】を獲得した。流木の先端に小枝と雨合羽の切れ端をバンダナで巻きつけ、さらに雨合羽の切れ端でコーティングする。これで片道1本、予備に1本の計3本が確保できた。
「焼ける匂いが臭いけど、まずは1本で行ける所まで探索してみよう」
「うん。……頑張る」
●現在の装備(秋葉原)
・頭:帽子
・顔:泥
・首:バンダナ
・手:アプロの手袋、鋼の剣
・足:学校の上履き
●現在の装備(夕凪)
・頭:帽子
・顔:泥
・首:バンダナ
・手:松明、松明予備
・足:ブーツ
「そういえばあの肝試しの時、夕凪さ……」
「やめてよ、いじわる。せめて入りばなの今じゃなく、無事に抜けてからにして」
「ごめん、ごめん。暑すぎて繊細な思慮がなくなってた」
「デリカシー?? こんな人と洞窟に入って、大丈夫かなぁ……」
「中は涼しいから大丈夫。早く入ろう、もう我慢の限界だ」
*
湿り気を帯びた独特の匂いを、ビニールの焼ける匂いで掻き混ぜながら。俺が鋼の剣で哨戒し、夕凪が後衛で〖松明〗を守る編成で洞穴を進んだ。
視界は良好、10m先の水滴まで視認できている。
「綺麗~しかも涼しい~」
「洞窟、最高だな」
初めのうちこそおびえて俺のシャツの袖を掴んでいた夕凪が、コバルト色の小川を飛び越えながら歓声を上げる。
俺もまた、エンカウントのない静寂が何を意味するのか考えもせずに、幻想的な鍾乳石の美しさを堪能してしまっていた。
遠くに小さな羽ばたきの反響音を聞きながら、俺と夕凪は濡れた足場を踏破し続けた。
学校の上履きが滑るので、左手に杖がわりの竿を装備したかったが、鋼の剣は片手で長時間もって歩ける重さではなかった。かといって剣を杖がわりにするのは、転んだ時に刺さりそうで怖い。
いま手に入る素材で鞘を作ろうか悩みながら広間に辿り着くと、闇の奥で何かが光った。
ズンッ
すぐさま夕凪が松明を掲げると、『四肢で地を這う大型モンスター』がポップしていた。
行く手を遮るように出口を塞ぐそれは目を見開きもせず、獲物を探すように首を揺らしている。
「足はガニ股。爪のない指はサラマンダーに見えるが、鱗があるからトカゲか?」
モンスターはエリマキの血管をグロテスクに脈動させ、鱗のすきまに粘液を滲ませながら、鼻先を真っ直ぐこちらに向けた。……嗅ぎ付けられたか。
「夕凪、ボスっぽい。逃げる準備……」
「……もうしてる」
引きつった声の夕凪が一目散に逃げなかったのは、彼女だけが松明を握っていたからだろう。
後ろめたさなどかなぐり捨てさせ、全力で走るよう指示すべきだったのに――
「k。ゆっくり撤退して」
――俺は夕凪を下がらせつつ殿でけん制し、あわよくば一太刀うけて〖怪物図鑑〗に収録してやろうと、剣を構えてしまった。
大型モンスターは赤紫色の体でてらてらと松明を反射し、毒々しいイボの生えた四肢をくねらせながら、壁づたいに青い小川を越えてきた。
『『愚カナ猿ノ末裔ヨ。我ハ汝ニ 闇ヲ与エシ者』』
登場台詞あり、か…………間違いない、コイツはBOSS級だ。
背を見せないようジリジリ後退していると、岩壁を降りたモンスターの吸盤状の指が震え、前足が薄い刃物のような四枚爪に変形した。
『『絶望セヨ。悠久ノ眠リヲ終エ 主ハ来マセリ』』
ヒュン
あくびするように開いた口から舌が伸び、鞭状に軌道をしならせて俺の脇腹を狙ってくる。
「危ねぇ、影に入られると見えづらい!」
ギィン
ゆっくりとしたモーションの横殴りで俺を輪切りにしようとする爪を、〖鋼の剣〗で弾いた。たかが生体組織のくせに鋼と互角なんて、硬すぎだろ。
後衛の夕凪が気を利かせたのだろう、松明に照らされた俺の影が横に滑り、モンスターの攻撃がくっきり見えるようになった。
キンッ
タイミングを外して空振りかけた剣先が、二撃目の爪を打ち落としながら欠けて飛んだ。
やばいぞ、これ。負けイベントっぽい匂いがする……。
ゴリッ
硬直した左前足をめがけて長剣のリーチで払い上げ、勢いまかせに骨ごと切断するとドス黒い体液が溢れた。
「いてっ!」
アドレナリンの噴出する歓喜もつかの間。立てたシャツの襟とバンダナ越しに首筋が衝撃を受け、鋭い痛みが脳天を直撃した。死角から不規則に回り込んできた『舌』に刺されたのか……
「やられた! 全力で退くぞ!」
モンスターの粘着音を背に夕凪へ追いつくと、彼女は点火した予備の松明を俺に握らせてきた。
幸いなことに、ヤツは空洞の大広間から外へは追ってこなかった。
*
「ふぅ……危なかった」
「大丈夫なの!?」
「危機一髪。もっと深かったら、ヤバかったかも」
運よくシャツの襟を立てていたこともあり、バンダナにも血はついていない。
「どうしよう。内陸に上がれる可能性はココしかないのに」
「攻略法を考えるから、心配するな」
心臓をバクバクさせながら洞窟を出ると、俺は真っ先に〖怪物図鑑〗を確かめた。弱点が判れば道筋が見いだせるに違いない、と。
○怪物図鑑
【BOSS:ギフティ・ゲッコス】古代支配者ニズホッグの配下No.4である、ヤモリの王。目が退化しており探知能力は低いが、その8枚の爪は岩をも刻み、鋭い舌に刺されると固有の毒によって数時間で死にいたる。弱点は火。エリマキを焼けば動きが鈍るので、修復される前にトドメを刺すべし。食用:可
まじ……かよ。
制御不能な震えが、ガタガタと膝を鳴らして止まらない。
○ステータス
・特殊毒
「夕凪…………俺……死ぬの?」
めまいに襲われ崩れる俺を、夕凪が受け止め黙ったまま抱きしめてきた。




