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ブービー・トラップ

 ブービー・トラップとは元々、カツオ鳥が(はま)った()()()()()()()()を指していた。


 大航海時代。ガラパゴス諸島で天敵のいない環境を生きてきたカツオ鳥は、ちょっとした(やぶ)からさえ脱出できなくなっていたという。その様子を外来の者たちが『ブービー(うすのろまぬけ)』と嘲笑ったことが由来だった。


 時は進み二十世紀。ベトナム戦争の舞台となったジャングルには、トゲだらけの落とし穴や触れるとパイナップルが爆発するトラップが、無数に設置された。


「でも、ベトナムのブービー・トラップの真の標的は()()()な兵士じゃなかったんだぬ」




 そんな蘊蓄(うんちく)をつぶやく級友・島本のドヤ顔を思い起こしながら。俺はクロスボウを片手に、墓守小屋の暗がりで息を殺していた。


 ヒタ……ヒタ……

 間違いない。ゆっくりとだが、確実に近づいている。


 ……10歩、11歩。

 足音は、俺の隠れる部屋の前を通過せずに止まった。



『もっとよく聞き、深く考えを巡らすべきだっ――』


 ギシッ ギッ ギッ

 ――たのに、と後悔の念が言葉になりきる前に、木製の扉が(きし)みながら開いた。


 崩れた石壁から差し込む薄明かりが、床に散乱した木片や消え残る血痕にスポットライトを当てている。


 ……1歩、2歩……

 ()()()()()()()()らの眼には暗視能力があるかも知れない。そう推察できる出来事をこの数時間の状況から拾い上げ、奥まった小部屋で腕の震えを抑え込む。


『もし、暗視能力だけ……じゃなかったら?』


 視覚以外にも――例えば嗅覚などの――超感覚器官があったとしたら、血肉の匂いをたどって俺の潜伏場所を探り当ててくるかも知れない。


 ……3歩、4歩……

 部屋の中ほどにはピアノ線が張ってあり、足で触れれば【ハリガネ草】でトゲだらけにした板が、天井から振り下ろされる仕掛けになっている。


 ……5歩、6歩………………7歩。

 すり足で進んでいたリビング・デッドがピアノ線をまたぐのを覗き穴から確認し、俺は天を仰いだ。


『やっぱり見えていたか!!』



 ………………1 

 この〝生と死の狭間を歩く腐体"には『知性』の片鱗がある。映画のように呻きながらヨタヨタと近づいてくるマヌケな肉塊ではない。


 ………………2

 それが証拠に、天井のトラップを見上げた三ツ眼の怪物は、まるで穴から覗く俺を嘲笑うかのように口元を歪ませた。


 トラップがあるということは近くにいるのだろう?とでも言いたげに。


 ……だが。お前のその()()()()()()()()()()()()()のだ。




 ………………4

 一つ目のトラップは二つ目の本命が発動するまでの、時間稼ぎにすぎない。


 バンッ!!!!!


 油断した隙をつき、乾燥キノコに埋め込んだ火種へ【火炎剤】が降り注ぐと、爆発的な炎が木箱から噴出した。



「ギィイイィィ!$%?7ッタ<%%クバァア」


 足元から燃え上がって怯むリビング・デッドを天井からのトゲ板が追い打ちすると、断末魔の絶叫が鼓膜を震わせた。


「コロシ&”#ヤル!!$(’%獄$#’メェ!」


 リビング・デッドが支離滅裂な呪詛をまき散らしながら、火だるまとなり隠し小部屋へ特攻をしかけてくる。


 こうして言葉らしきものを吐く存在を殺すのは、()()()()()()()()()()()()()後味が悪い。


 後味は悪いが。


 言葉が対話のツールとして機能していない以上、()るしかない。


 この手を血糊で汚したくないという躊躇(ためら)いを、折られた左腕の痛みと引き換えに捨てたからには。


「寝床に帰れ!」


 クロスボウのストックを脇で固定したまま俺は、木戸を蹴やぶった勢いでリビング・デッドを火の海へ押し返した。


 ドシュッ


「ブロッ""'##オロッ……」


 "英雄の霊廟"で手に入れたユニーク・クロスボウの【毛利】から射出されたボルトが、粘度のある音を立てて腐体の胸にめり込んでゆく。


 



 ドシュッ


「ンメェェ……ンギッ……ヴォヘッ……」


 倒れ込んだ床を焦がしながら、リビング・デッドが足元へにじり寄ってくる。







 


 ………………ドシュッ。




 * *


 嗅覚がバグっているのか、湿った香の匂いに混ざり、ゴムの焼けたような匂いが反復している。


 死体から引き抜いたものの熱で溶けて使い物にならなくなったボルトを捨て、俺は床の穴から遺体安置室へ飛び降り、墓守小屋を脱出した。



 鼻汁を啜って【松明】を口に咥え、秘密の下水トンネルを走りながら。痛みで鈍る思考の回転数を無理やり上げてゆく。


 左腕に【バンダナ】で添え木することはできたが、拠点を失ってしまったのは正直、腫れあがった腕以上に痛い。


「薬にクラフトできる植物と……安地も探し直しか。……ん?」


 捨てる神あれば拾う神あり。リビング・デッドが【ミリタリー・ベスト】をドロップしていた。


 ベストを装着した俺は、墓地の直下の分かれ道から、学校の裏手に通じる出口へと向かった。



* * *



「クソッ…………まじかよ」


 木の板や瓦礫(がれき)でカモフラージュした抜け道のフタを押しのけると。驚いたことに脱出ルートはすでに、弓やナイフで武装したリビング・デッドの小隊に固められていた。


 クロスボウのボルトは限界まで追加しても残り17本、近接武器は【ナイフ】のみで左腕は部位破壊され骨折中。


 隠された神殿に鎮座する"古代の支配者(ラスボス)"を攻略するどころか、この程度の罠でさえ脱出困難な状況だ。


 『『ブゥウビィイ(うすのろ)ブゥウビィイ(まぬけ)』』と舌を舐めずり小躍りしながら、腐体たちが群がってくる。



 いったい、どうしてこうなった?


 学校の事件と、窮地のこの現状は繋がっているのか?


 ドシュッ ドシュッ バキン



 俺を罠に()めたのは、誰だ??

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