第二章①束の間の平穏
第二章①束の間の平穏
「……退屈である」
「無駄口叩いてないで、手を動かしなさいよ」
入学式から数日。
野球部との死闘から数日が経過し、その後も学園には束の間の平穏が訪れていた。
さすがに毎日のように治安戦が行われるほど、世紀末な学園でもないようで、俺たちは日々穏やかな学園生活を送っていた。
「それにしても、治安維持部にも事務仕事があるんだな」
「……学園の生徒から送られてくる要望は、何も全て会長の元へ届く訳じゃないのよ。会長へ提出する前に、しっかりと私たちが内容を確認して、選別するの」
場所は治安維持部の部室。
会議室の形をした教室で俺たちは、大量の書類を前にしていた。
書類は生徒たちから寄せられた学園への要望書であり、その全てをチェックする必要があった。
「どれどれ、女子のスカート丈を校則でもっと短くしたいです……却下」
「漫画が読みたいです。図書館に漫画をもっと置いてください。できれば新刊がいいです……却下」
「生徒会長が好きです。姿を表さないミステリアスなところがたまりません…………面白そうだから通してみようかな」
「やめておきなさい。会長は怒らせると、この学園で一番怖いわよ」
といった、形で様々な要望が学園には寄せられている。しかし、その内容のほとんどが実現不可能なものであり、とても審議にかける前の段階でお払い箱となるのがほとんどだった。
「こうした、無茶な要望もそれをどうしても通そうとする輩が現れると、前回みたいな治安戦に発展するのよ」
「なるほどね。それにしても、この数は異常じゃないか……」
「高等部の他に中等部からの要望もあるみたいね」
「あぁ、そっか。忘れてたけど、ウチの学園は中高一貫だったな」
音羽学園は神楽坂町で一番の生徒数を誇る。
中等部の生徒からも要望書が多く届いており、やはりどうにもならない内容の物もあるが、比較的高等部の生徒よりも真面目な意見が多いような気がする。
「それにしても……退屈だよなぁ……」
「そう? アタシ、こういうのも良いと思うけど」
「みなみって、豪快な性格をしてると思いきや、こういう地味な作業とか好きだよな」
「なによ、悪い?」
「いや、キャラが定まってないよなぁって」
「キャラって何よ。もしかして、また私のこと馬鹿にした?」
「してないような気がしなくもない」
「どっちなのよ」
「はぁ……貴方たちって、本当に仲が良いのね」
そんな俺とみなみの会話を聞いて、速水が目を細め溜息を漏らす。
「でも、こんなんばっかですけど、実際に一年間でどれくらい要望って通るんです?」
「……そうね。去年は細かいものを中心に百個以上の要望は通ったはずよ」
「目の前には既に百通以上あるわけで……多いのか少ないのか判断に迷う……」
どっさりと積まれた書類の山を前にして、なんとも言えない気分になる。
「なんか面白いことないかなぁ……」
「そろそろ静かに作業しなさいよ」
「……はい」
みなみに怒られながらも、眼前の書類と格闘すること数時間。
地味な事務作業は空が夕日染まる頃まで続くのであった。
◆◆◆◆◆
「ふぅ……疲れた……」
「疲れたって、書類を見てただけでしょ」
「授業の後だから、結構なダメージだぜ……」
帰り道。速水とは校門で別れ、みなみと二人での帰路。
学園の生徒たちは既に帰宅しているのか、静かな通学路には俺とみなみの二人きりである。
「な、なんか……こうして二人きりで帰るのも慣れてきたわね」
「そうか? 中学の時からずっと一緒じゃん」
「そ、そうだけど。高校に入ったらまた違うじゃない……!」
みなみとはかなり長い付き合いである。
家が隣同士で同い年ということもあるが、物心が付く前から一緒である。
「ん、なんだあれ」
「あれって、ウチの生徒じゃないの?」
歩を進めると、眼前に見慣れた制服を着た少女の姿が見えてきた。少女は道端にしゃがみこんでいて、その視線の先には小さな猫の姿があった。
「よしよーし、今日はこれしかないけどちゃんと食べるんだぞ」
肩上まで伸びた髪は明るく、もみあげに至っては少女の胸元まで伸びている。もみあげだけ色が紫っぽい色をしていて、明らかに目立つ容姿をしている。
さらに学校指定のシャツを着てはいるものの、第二ボタンまで開けていたり、スカート丈が異様に短かったりと、身なりが派手である。
「よし、ちゃんと食べたな。明日も持ってきてやるから」
子猫がしっかりと餌を食べたことを確認すると、少女はその外見には似合わない微笑みを浮かべる。子猫はちらっと少女を顔を見ると、草むらの中へと戻っていく。
「……何見てんだよ」
「怖っ!」
少女は立ち上がり、そこでようやく俺たちの存在に気付く。
黙って見られていたことに苛立ったのか、少女はキッと目を細めてこちらを睨みつけてくる。
「お前たち……治安維持部の奴らか」
「だったらなによ」
明白な敵意を孕んだ少女の言葉に、みなみが険しい表情で応じる。
ピンと緊張の糸が張り詰めた雰囲気が場を支配し、今にも殴り合いが始まるんじゃないかと不安になる。
「ふん、平和ボケしてられるのも今のうちだけ。もうじき、戦いが始まる」
「た、戦い……?」
「私たちは戦う。絶対に勝たないといけないから……」
少女はそう言い残すと、踵を返して歩き出す。
徐々に小さくなっていく後ろ姿に、俺たちは言葉をかけることもできず、新たに始まる戦いの予感に険しい表情を浮かべるのであった。
この回から第二章が始まります。
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