第一章⑥野球部予算決戦~その3~
第一章⑥野球部予算決戦~その3~
「さて、これが絶体絶命って奴っすかね」
「そういうことになるわね」
「速水先輩も何かこう……ご都合主義的な感じでこのピンチを何とかする奥義とか持ってたりしません?」
「あるにはあるけど、自我を保っていられる自信がないわね。あの野球部員を闇の彼方に葬り去って、ついでに貴方も一緒に送り込んでしまうかも」
「なにそれ、奥義として欠陥だらけじゃない?」
最早、動くことすら億劫な状況、速水と軽口を言い合う。
そんなことしている間にも野球部員の頭上に形成されていく炎球は大きさを増していく。
「一応、聞いておくんですけど。この……治安戦とか呼ばれる奴で死人が出たことは?」
「……私が知る限りでは知らないわね。まぁ、もしそんな事態になったとしたら学園はその事実を隠すでしょうね。生徒会は学園を正常に平和的に運営しなくてはならないのだから、自分の学園が不利になる情報は流さないでしょ」
「思ったよりも闇が深い言葉!」
確かに、学園で死人が出たというニュースはここ数年聞いてない気がする。
しかし、裏ではこんな状況がどの学園でも起こっている可能性は十分にある。あんな炎球の直撃を喰らったら生きていられる自信は毛頭ない。
「はぁ……どうしたものかなぁ……」
「神様に祈れば何とかなるかもしれないわね」
「……速水先輩、神様とか信じてるんすね。案外可愛いところも――ぐほっ!?」
「……無駄口は慎みなさい」
寄り添うようにして立っている速水の肘が脇腹にヒットする。
「案外、元気なんじゃないっすかね……」
「そろそろ本当に無駄口はやめなさい――来るわよ」
速水の言葉に視線を正面に戻す。すると、炎球は成長することを辞めて、後は術者からの攻撃司令を待つだけの状態となっていた。
「ふはははっ! 覚悟はできているかい?」
「……一気に悪役っぽさが増したよなぁ」
「それが最後の言葉ってことでいいかな?」
野球部員の顔からは余裕な笑みは消えている。その代わりに土埃で化粧された顔には狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。
「さぁ、フィナーレだ。野球部最終奥義――終焉の業火球」
野球部の静かな声音が中庭で立ち尽くす俺たちの鼓膜を震わせる。
すると、上空で制止していた炎球が動き出す。
周囲の空気を振動させながら迫ってくる炎球は、想像を絶するほどに巨大に成長していて、中庭には最早逃げ道がない。
「万事休すか――」
あんな滅茶苦茶な攻撃、回避することができるはずがない。
かといって、こちらには既に反撃する余力すらない。
状況を打破する術はないか必至に模索するも、どの選択肢も何かを犠牲にするものばかりで、最善とは言い難い。
「ダ、ダメだぁ……」
もう考える時間は残されていない。
これで終わりだと諦め、目を閉じた時だった。
「しょうがないわね。あれくらい、アタシが打ち返してあげる」
「――はっ?」
深淵に差した一筋の光が聞き慣れた声としてやってきた。
再び目を開けば、炎球が迫ってきている現実は変わらず、しかし俺と速水の前に立つ人影がある。背中まで届くポニーテルを揺らし、その少女は片手にプラスティックバットを持って立ち尽くしていた。
「お前っ、何してんだよ……!」
あまりにも見慣れた後ろ姿。
どうしてみなみがその場所に立っている?
どうして逃げない?
様々な疑問が浮かんでは言葉にする前に消えていってしまう。
「いいから。そこで見てなさい――おりやああああああぁーーーーーっ!」
「ふははは! 今更、一人増えたところで何も変わりはしないよ! 死ねええええええええええええぇ!!!!」
野球部の声が響き、いよいよ炎球が眼前に迫る。
その声が響くのと、みなみがバットをフルスイングするのは同時だった。
「死ねえええぇ……って、えっ?」
「うっそだろ、それ……」
「そんな……」
この場にいた全員が戦いの決着を予感した。
しかし、そんな現実をみなみは無に帰した。
「くっ、ぐぅっ……これは中々っ……でもっ、打ち返せる……!」
「す、すげえええぇ!?」
みなみのバットが炎球を捉える。膨張した炎球は爆発することなく、みなみのバットを前に直進する動きを辞めてしまった。
それどころか、炎球は再び中庭の上空へと後退を始めていたのだ。
「は、はああああぁぁぁ!? なんだよ、それええええぇ!」
想定の遥か上をいく光景に野球部員が絶叫する。
俺と速水は驚きのあまり声すらも出ない。
「もうっ、少しっ……!」
ぐぐぐっとバットが炎球を押し返していく。
そして最後のひと踏ん張りとみなみが気合を入れた次の瞬間、炎球はその軌道を上空に変えて中庭から後退を始めるのであった。
「今よっ……みんな、伏せて……!」
炎球が学園の上空、屋上よりもさらに高い高度へと到達したことを見届け、速水が動く。
最後の力を振り絞って中庭の木を使って飛翔する。そして氷を帯びた鉄定規を上空に浮遊する炎球へと投じる。
鉄定規は炎球に大きな刺激を与え、内々に溜め込んだ己の力を制御することができず、炎球はその場で爆発するのであった。
「そ、そんな……馬鹿な……」
上空で爆発して霧散する炎球を呆然と見つめる野球部員。
膝をつき、これ以上の戦闘が不可能であることを如実に物語っている。
「アタシの能力はこのバットであらゆる物を打ち返す。これじゃ、どっちが野球部か分からないわね」
ふんすと誇らしげな鼻息を漏らすみなみ。
自分の眼前に立つみなみの姿に、野球部員の表情は絶望に染まる。
「そんな無茶苦茶な……」
「それ、アンタが言う?」
野球部員の力ない言葉。それを蹴散らすようにみなみの言葉が続く。
「さぁ、散々暴れてくれた落とし前――つけてもらうわよ?」
「ひいいぃっ!?」
「歯ぁ……食いしばりなさいっ……!」
「い、いやだあああああぁ! 顔だけはっ、顔だけはあああああぁ――」
「柊バット術、その1――天地粉砕」
中庭に野球部員の悲痛な声が響き、そのすぐ後に耳を塞ぎたくなる痛々しいプラスティックバットが顔面を振り抜く乾いた音が轟くのであった。
こうして、治安維持部と野球部による『治安戦』は幕を閉じるのであった。
◆◆◆◆◆
「やぁやぁ、お疲れ様。君たちなら何とかしてくれるって信じてたよ」
「いやぁ……もう何がなんだか……」
野球部との死闘からしばらくの時間が経過した。
校内放送で生徒会長に呼び出され、俺と速水、そしてみなみの三人は治安維持部の部室へとやってきていた。
「これが治安維持部の活動内容だよ。どうかな、体験してみて何か気持ちが変わることがあったかな?」
モニター越しに聞こえてくる生徒会長の声。
その声にここ数十分の光景を思い返す。
やはり印象強く残っているのは速水が一人孤独に戦っていた時のことだ。
一般生徒たちは遠巻きに見つめて、好き勝手を言うだけ。そんな言葉が耳に入っているのかは分からないが、それでも速水は学園を守るため戦っていた。
自分があの場で役に立っていたのかは分からない。それでも、何か速水の助けになることが出来るのではないか。
「想像以上に治安維持部が危険で大変ってことは分かりました。それでも、入部するって気持ちに変わりはありません」
「はぁ……私は忠告したわよ。後悔はしないように」
俺の言葉に速水は溜息を漏らし、やれやれといった様子を見せつつも先程のように強く反対する素振りは見せない。
「あははー、よかったよかった。じゃあ、若林くんは入部ってことで……君はどうする――柊 みなみさん?」
「えっ、アタシ?」
「君も能力を具現化させたようだし、私としては君も一緒に治安維持部に入ってくれると嬉しいんだけどね」
「なんだよ、みなみも能力者だったのかよ!」
「し、知らないわよ! あの時は、アンタを助けたいって必死だったからあまり覚えてないし……」
「え、誰を助ける?」
「ッ!? う、うるさいうるさい!」
「……まぁ、若林くんが心配ならこの部に入っちゃえばいつでも様子を見れるし、一緒の部活なんてまさしく青春って感じがしないかい?」
「うぅ……ま、まぁ……生徒会長がどうしてもって言うなら入ってあげてもいいけど……!」
「あはは……本当に君は素直じゃないねぇ……ま、よろしく頼むよ柊さん」
こうして、一人しか居なかった治安維持部に部員が二人加わることとなった。
一人は『氷上の戦姫』と呼ばれた鉄仮面の少女。
一人は未だに自分の能力がよく分かっていない少年。
一人はプラスティックバットであらゆる物を打ち返す能力を持つ少女。
新学期を迎え、治安維持部は新たな道を歩み始める。
その道は想像を絶するほど厳しく、激しい戦いに満ちている。しかし、この時の俺にはそんな未来が待ち受けているなんてことを知る由もない。
「あ、そういえば結局のところ野球部の要望って何だったんですか?」
「え? なんだっけなー、今年度の予算を他の部よりも百倍高くしろって奴だったかな?」
「百倍ってアホな……そりゃ、否決されるわな」
窓から金色の夕日が差し込んでくる。
何かと驚きの連続だった入学式がこうして終りを迎える。
明日から始まるであろう非日常に、今から俺の鼓動は早くなるのであった。
第一章 完
桜葉です。この回で第一章は終了となります。
第一章は全体的に真面目っぽいテンションでしたが、次回からはコメディー要素が多くなるようにしたい……
第二章は『学食価格改定戦争編』となる予定です。
これからもチア部をどうかお楽しみください。