第一章④野球部予算決戦~その1~
第一章④野球部予算決戦~その1~
突如、学園中に響いた轟音。
中庭を中心に轟いた音は校舎の窓を震わせ、教室で身動きが取れない俺にその凄まじさをこれでもかと見せつけていた。
「これが治安維持部と生徒の衝突……?」
「そーだよ。朝は君が邪魔したこともあって、ここまでは激しくならなかったけどね」
「こんな音させて……本当に無事じゃ済まないんじゃ……」
「……だから、治安維持部っていう場所は危険なんだよ。相手はこちらの事情なんて聞かないで、ただ自分の考えを突き通そうと手加減なしにぶつかってくるからね」
「マジかよ……」
外から聞こえてくる轟音は一回だけじゃない、こうして会長と話している間にも何度か外から凄まじい爆発音が聞こえてくる。今この瞬間にも、速水は学園を守るために生徒と戦っているのだ。
「若葉、アンタどうするのよ。まさか本当に行く気なんじゃないわよね?」
「みなみ……」
「黙って話を聞いてたけど、こんなの普通じゃない。自分の身体を危険に晒してまで、学園生活を送る必要があるの?」
ここまで沈黙を貫いていたみなみが、険しい表情と共に核心を突く言葉を投げかけてくる。
速水のことも、外から聞こえてくる轟音も、会長の言葉も全てを無視して、この教室から逃げ出すことも可能である。そうすれば何かと騒がしいだろうが、変な戦いに巻き込まれることもなく、そこそこに平穏な日常が送れるのではないか。
「そうだね。これは君が決めることだ。何も強制してまで治安維持部に入れようなんて思ってないよ」
騒がしい外とは違い、教室の中は時間が止まっているのではないかと錯覚するほどに静かである。
そんな静寂に包まれた時の中、様々な思いや考えが脳裏を駆け巡っていく。
「――俺は非日常に憧れてたんだ」
口をついて出た言葉は嘘偽りのない紛れもない真実の言葉だ。
「俺にどんな力があるのか分かんねぇ。もしかしたら、足を引っ張るだけかもしれない。それでも、誰かが俺の胡散臭い力を欲してる」
脳裏には何度目か分からない入学式の朝に見た光景が蘇る。
「平穏な日常も悪くないよな。でも、思春期の男って奴はどうしても憧れちまうんだよ」
外から聞こえてくる音がその激しさを増していく。
少し、手を伸ばせば自分が求めていた普通とは違う、ちょっと変わった日常がそこにある。
「――俺は決めたんだ。」
「もう二度と、目の前で女の子を泣かせたりしないってな!」
一度決めてしまえば、後は簡単だった。
一歩も踏み出せなかった臆病な足も、心ひとつでこんなにも軽くなるものなのか。
「ちょっと待ってよ、若葉!?」
「あっはっはぁー♪ さぁ行け、少年よ! 君の物語は今ここから始まるのだよ!」
踵を返し走り出す。
みなみの声も誇らしげな生徒会長の声にも振り返らない。
目指す場所は中庭。この一歩を踏み出した瞬間に、俺の非日常は始まったのだった。
◆◆◆◆◆
中庭では、朝の校舎裏の時とは違って熾烈な戦いが繰り広げられていた。
幾度も轟音が響き、その度に中庭には巨大なクレーターが出来ていく。
「……相変わらず、避けるのだけは得意ですねっ!」
「これくらい、何てことないわ」
野球ボールほどの大きさに成長した炎球が地面に衝突し、火柱を上げる。
火柱は数えることが億劫になるくらいあちこちに点在していて、それだけで想像を絶する攻撃の嵐が速水を襲っているのだと理解することができた。
「それなら、こういうのはどうですか!」
「っ……はあぁっ!」
朝と一緒で、野球部は亜空間から炎球を生み出すと、風を切りながらバットをフルスイング。すると、炎球は目で追うことが出来ない速度で速水目掛けて飛翔する。
「はぁっ、くっ、はあああぁーーーっ!」
まばたきの間に眼前に迫ってくる炎球を、速水は一瞬も見逃すことなく片手に握った鉄定規で切り伏せていく。
僅かに鉄定規は氷を帯びており、彼女が『氷上の戦姫』と呼ばれる所以をこれでもかと見せつけていた。
「まだまだありますよ。はてさて、どれくらい持ちますかね!」
「くっ……飽きもせずに何度も……はあぁっ!」
絶え間なく続く弾幕攻撃。
野球部は見境なく炎球を放っているように見えるが、その裏で着実に速水を追い詰めていた。
「おいおい、治安維持部やばいんじゃないの?」
「てか、なんで一人しかいない訳?」
「まさか、あの噂は本当だったのか……?」
野球部と速水の治安戦。
放課後の中庭という時間帯も相まって、一般生徒が野次馬のごとく二人の戦いを観戦していた。上級生たちは、歴代最強と謳われた治安維持部の歴史を知っている。だからこそ、目の前で防戦一方となる速水の戦いを見て、驚きを隠せないでいた。
「いつまで避けに徹しているつもりですか? そんな有様では、生徒たちに示しが付きませんよ?」
攻撃は当たらない。当たる様子すら見られない。
しかし、野球部のユニフォームを着た男子生徒は余裕の笑みを崩さない。
「ふん、これくらい……!」
「おっとっと。危ない危ない」
一瞬の隙を見逃さず、地面が抉れるほどの跳躍を見せる速水。刹那に男子生徒との距離を詰め、氷剣と化した鉄定規を振るう。
しかし、男子生徒はそれを鉄製のバットで軽々と受け止める。
そして速水が近づいたことを見届け、零距離で炎球を放つ。
「そんなっ……!? バットを振らなくても!」
「ふふ、バットを振ったほうが球の速度も速いんですけどね。別に振らなくてもいいんですよ」
男子生徒と速水の間で爆ぜる炎球。
視界の隅に映った炎を見た瞬間、速水の思考は瞬時に切り替わっていた。一歩でも男子生徒から距離を取ろうとありったけの力を込めて地面を蹴って後退する。
そのおかげもあってか、炎球の爆発によるダメージを最低限に抑えて、二人の距離は再び開く。
「はぁ、はぁ……全く、厄介ね。性格の悪さが滲み出てるわ」
「いえいえ、治安維持部の方に言われると照れてしまいますね」
「褒めてないわよ……」
炎球の暴発によって、制服のあちこちが破れている速水。制服に守られていない膝などには軽いやけどすら見られる。
さらに防戦一方となっていたため、自然とその息は乱れている。
「それにしても、治安維持部が崩壊しているのではないかという噂。アレは本当だったようですね」
「……戦いの最中に無駄口を叩くなんて、随分と余裕みたいね」
「まぁまぁ、少しくらいお話もしましょうよ」
ニコリと笑みを浮かべた男子生徒は、中庭に居る一般生徒に聞こえるくらいの声量で語りだす。
「音羽学園において歴代最強と謳われた去年までの治安維持部。その実力は他を圧倒するものであり、学園内の自治はもちろん、日本大会にも出場するレベルでしたね」
「…………」
流暢に語りだした男子生徒を、速水は僅かに眉をひそめて見つめるだけ。
その右手に込められた力が密かに増していることには、誰も気付かない。
「そんな首都を代表する実力を持った治安維持部。しかし、その主戦力となった生徒は『ある事件』をきっかけに失踪してしまった」
「…………」
「その事件のきっかけを作ったのは……貴方ですよね、速水さん?」
「……何のことを言っているのか分からないわ」
「おやおや、学園をこんな状況にしておきながら、大事な所は隠すのですか……」
首を左右に振り、溜息を漏らす男子生徒。
彼の言葉は一般生徒の耳にも届き、中庭を取り囲んでいた生徒たちからも動揺の声が広がっていく。
「それならば、治安維持部の最後の一人。貴方を倒し、私たちがこの学園を守ろうではありませんか。一般生徒に負ける治安維持部なんて……もう必要ありませんよね?」
爽やかだった笑みが一変して、陰湿な狩人の物へと変わる。
中庭を包む空気も一瞬にして張り詰め、ここからが本当の戦いであることを如実に物語っていた。
「さぁ、決着をつけようじゃあありませんか!」
「私は負けない……」
束の間の休息も終焉を迎え、中庭に何度目か分からない轟音が響いたのと、若林若葉が中庭に辿り着いたのは、ほぼ同時なのであった。
桜葉です。ココ最近、天気が悪くて気持ちがブルーになりますね。
このお話からようやくバトルが始まりました。
今回はちょっと真面目成分多めのバトルとなっております。
次回以降は少しコメディー部分が出るかもしれません。
速水さんの戦いを今しばらくお楽しみください。




