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オレ達、治安維持部!  作者: 桜葉
第一章 出会いは唐突で非日常的に
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第一章①出会いは唐突で非日常的に

第一章出会いは唐突で非日常的に


人は空を舞うことができるのだろうか。


そんなのアニメや漫画の世界じゃないんだから、答えは否のはずだ。背中に翼が生えてる訳でもないし。頭に竹のプロペラがついてるわけでもない。どこかの歌手が空だって飛べるはずと歌っていたけど、やっぱり人間が空を飛ぶことなんてできやしないんだ。


入学式を数十分後に控えた音羽学園の校舎裏。

そこでは新たな学園生活に心躍らせる新入生たちを傍らに、ひとりの少女と様々な部活動のユニフォームに身を包んだ男子生徒との『死闘』が繰り広げられていた。

野球部、サッカー部、剣道部に陸上部。文武両道を謳う音羽学園運動部の精鋭たちがひとりの少女に鍛え上げられた己の武をぶつけていた。野球部はそのバッドを振るい、サッカー部は正確無比なボールコントロールで狙いを定める。剣道部は一瞬の隙を虎視眈々と狙っているし、陸上部は自慢の脚力で周囲をひたすら走っていた。

一見、強面の男子生徒がたったひとりの女子生徒を痛めつけようとしているようにしか見えないが、しかし戦況は全くの五分五分。いや、必要最低限の動きで運動部たちの攻撃を躱している彼女のほうが優勢であるように見えた。

そう。彼女は複数人の男子生徒をひとりで相手にするという劣勢の中、ただの一度も攻撃を浴びることなく、反撃をすることもなく、ただ黒く美しい髪を風に靡かせていた。


――人間は空を飛ぶことは出来ないかもしれない。

――だけど、空を舞うことはできるのだ。


「太陽と眠気が俺を殺しにきている……」

「ただ眠いだけでしょ。馬鹿じゃないの?」


 雲ひとつない快晴の空。真新しい制服に身を包み、これから毎日通ることになるであろう通学路を歩く。通学路にはこれでもかと桜の花びらが風に舞っており、これ以上ない入学式の朝を演出していた。周囲を見渡せば同じ制服に身を包んだ男女が歩いている。友達と談笑しながら歩く者もいれば、ぼっちよろしくひとりで俯きながら歩いている者もいる。中には片手にもったスマホの画面を見て、ニヤニヤと笑ったり、独り言を投げかけている者もいるが、そういった奴には関わらない方が吉である。スマホゲーは一日一時間。これ絶対。

 彼らの制服には『音羽学園』の校章が刻まれていて、ネクタイの色は赤。その色で俺らと同じ一年生であることがわかる。


「ねぇ、聞いてるの?」

「ちょっと待って。今、イイ感じのモノローグ中だから。話しかけないでくれる?」

「モノローグってなによ、モノローグって」

「えっ、お前モノローグすら知らないの? マジで?」

「馬鹿にしてる? ねぇ、それってあたしを馬鹿にしてるの?」

「ごめんなさい。謝るから、どうかその拳をしまってください」


 比較的、ぼっちで登校する生徒が多い中、俺はひとりの女の子と歩いている。この娘は小さい頃からの幼馴染であり、家も隣。もちろん、入学式の日にいきなりナンパした訳でもないし、うんまい棒コーンポタージュ味を餌にして釣った訳でもない。家が隣で通う学園も一緒だったから今も一緒ってだけで、ちゃんとした清い理由があって俺は女の子と歩いているのだ。


「ねぇ、うんまい棒はいつになったらくれるの?」


 ごめんなさい。嘘つきました。

 うんまい棒で釣りました。朝、ぼっちで通学するのが嫌で「うんまい棒のコーンポタージュ味をあげるから、一緒に学園に行こう?」と、お願いしました。

 情けない話ではあるが、入学式の日に女の子と一緒に歩いてるとか、かなりのステータスな気がしなくもない訳で、周りの奴らとは違うぞ的なアピールをしたかったんです。


「コーンポタージュ味しかないぞ」と、鞄の中から緑と黄色で色付けされ、変なキャラクターが描かれたお菓子を取り出す。

「あるならさっさと出しなさいよ、ノロマ」

「あん? うんまい棒でその頭かち割るぞ?」

「やれるもんならやってみなさいよ。ただし、少しでも中身が砕けてたら……マイバッドでぶん殴るから、そのつもりで」

「どうぞ、納めください……」

「ふふん、最初から素直に渡してればいいのよ♪」


 最近は殴ったりはしてこないんだけど、こいつの物理攻撃はマジで危険。どのくらい危険かというと、小さい頃にプラスティックバッドでのフルスイングを顔面に受けて意識を失ったくらいには危険。小さい頃の話だと思って笑うなよ。意識を失っている最中、俺が生まれる前に死んだはずのじいちゃんと河原で会ったんだ。三途の川は実際にあったんだよ。みんなもそれくらいの衝撃を受ければ分かると思う。とにもかくにも、コイツは人を三途の川送りにできるレベルの腕力を持っている。油断は禁物。

 さて、紹介が遅れてしまった。そろそろみんなも口の周りをうんまい棒の粉で化粧して、これ以上にない満面の笑みを浮かべているコイツのことが気になってきてるんじゃないだろうか?

 え、そうでもない?


「ちょっと、あんたひとりでニヤニヤして気持ち悪いんだけど」

「ドンマイ、みなみ」

「なんか、めちゃくちゃうざいんだけど。なにこの感情。これが恋……?」


 もういいや。めんどくさいからちゃちゃっと説明してしまおう。

 可愛らしいリボンでツインテールを作り、髪の毛の房が腰にまで届いてしまっている長い髪を、犬の尻尾みたいに左右に揺らしているこの少女の名前は『柊 みなみ』。俺とは幼い頃からの幼馴染で見かけによらない腕力を持っていることはさっき説明した通りである。


「以上、キャラ紹介終わり」

「なんの話?」


 幼馴染補正を抜きにしても、みなみはモテる外見をしていると思う。暴力的で我が儘な性格をしているのだが、それを初対面で見抜くことはまず不可能だろう。だって、こいつ人の前だと猫を被るからね。俺にしか本性を見せないのはなんでなんだろう?


「一緒のクラスになってるといいね」

「それはあれか、俺を奴隷のようにコキ使いたいということか?」

「あー、うんうん。その通りその通り」

「絶対に許さない」

「へぇ、許さないとどうなるの?」

「担任に言いつけてこの理不尽から救ってもらう」

「底無しの情けなさね」


 まったく変わらない朝の風景。通う場所が変わっただけで、俺とみなみの絡みは何一つ変わることがない。こうして気を使わずに軽口を言い合う仲っていうのは、これが意外にも心地いいものだ。どんなに理不尽なことを言われたとしてもね。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 眼前に校門が見えてきて、それに伴って周囲を歩く生徒の数も増えてきた。上級生たちは先に登校しているのか、周りを見てもネクタイやリボンの色は赤。すなわち一年生ばかりが歩いている。

 事前の情報によると、校門を抜けてまっすぐ歩いた先にある中庭で新入生たちのクラスが発表されているはずだ。みんなの足がまっすぐにそちらへ向かっているので、俺とみなみもその流れに乗ることにする。乗るしかない、このビックウェーブに。


「……なんだ、あれ?」


 それは本当に偶然だった。校門をくぐって少しばかり歩を進めると、視界の隅に数人の男子生徒の姿を発見した。制服を着崩していたり、妙に年季が入っているところを見るに、新入生ではなく上級生なのではないかと推測する。

 これくらいだったら学園に通えば見慣れた光景であったはずだった。しかし、わざわざそちらに目を向けてしまったのは、その先輩たちの中に運動部のユニフォームに身を纏っていた者が居たからだった。

 サッカー部、野球部、剣道部、陸上部と様々なユニフォームに身を包んでいる男子生徒が数人。入学式で部活動紹介でもあるのだろうか。制服に身を包んだ新入生が多い状況の中で目立つ存在であることは間違いない。

 それともうひとつ俺の気を引かせるものがそこにはあった。それは運動部の連中に囲まれるようにして佇んでいるひとりの女子生徒の姿だ。

 彼女は運動部のユニフォームに身を包むことなく、凛々しい制服姿で佇んでおり、その集団の中で一際目立っていた。


「なんか、いい雰囲気じゃないみたいね」

「俺、ちょっと行ってくるわ」

「はっ? ちょっとアンタ――」


 不穏な空気を察して、気付いた時には身体が勝手に動いていた。ひとつしか違わないとは言え先輩たちの輪に入って行くことになる。入学式早々に問題を起こすのもどうかと思うが、身体が勝手に動いてしまったんだからしょうがない。


「ねぇ、どうするつもりなのよ」

「いや、なにも考えてない」

「考えもないで、ここまで来たの?」


 場所は校舎裏。影から顔を出して様子を確認してみる。何故かみなみまで付いてきてることにはこの際ツッコミを入れず、俺たちは遠目に先輩たちの様子を伺う。

運動部たちと女子生徒はどうやら話をしているようだ。


「すまねえな、速水。ちょっとここで大人しくしててもらいたいんだよな」と、サッカーのユニフォームに身を包んだ男子生徒が威圧感ぷんぷんな様子で声をかける。

「私たちがあなた達の要求を受け入れるとでも?」


 周りを男子生徒に囲まれても、速水と呼ばれた女子生徒は毅然とした態度を崩さない。むしろ、刺すような視線を持って応戦する。


「今となっては、君が動く理由はないはずなんだけど、どうしてもダメなのかな?」と、今度は野球のユニフォームを着た、歯がキラリンと光っちゃいそうな爽やか系イケメンの男子生徒が口を開く。

「……それでも、この学園の治安を乱すようなあなた達を前にして、放っておくことは出来ないわ」


 ここで初めて女子生徒の表情に変化が現れた。辛い過去を掘り返された時のような、痛いところを突かれたような苦い表情だ。


「そうか。それじゃ、交渉は決裂ってことだね」

「ちっ、めんどくせーな」


 サッカー部と野球部と思われる男子生徒たちがため息を漏らす。そして表情が一変した。目を細め、女子生徒を睨みつける。そんな視線にも臆さず女子生徒はただ凛と背筋を伸ばして対峙する。


「おいおい、なにが始まるんだよ……」

「分かんないわよ。どうするの、本当にこあそこに顔を突っ込むつもり?」

「正直、結構迷ってたりする。だってこれ、乱入したらそのままリンチにされる奴だよ、これ」

「はぁ……さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだか……」


 威勢のいいことを言ってやってきたは良いものの、周囲を纏う威圧感に足を踏み出せない。静寂に包まれ時間が止まったかのような錯覚を覚える校舎裏。

 そして、時は何の前触れもなく動き出した。


「サッカー部、秘奥義! スクリューハリケーンシュートおおおおおぉっ!」


 最初に動いたのはサッカー部だった。自らの周囲に謎の風を纏い、足を思い切り後ろへ振り上げる。いつの間にか地面にはボールが存在していて。そのボールを中心に校舎裏を突風が襲う。目も開けられない強烈な暴風が吹き荒れる中、女子生徒がその身体を宙に投げ出していた。吹き飛ばされた訳ではない、彼女は自らその身体を宙に投げ出したのだ。美しい蝶が舞うように、鳥が自由に空を飛ぶかのように、自然体で空中を漂っている。

 次の瞬間、鼓膜を震わせる強烈な衝撃音が周囲に轟く。地面が揺れ、粉塵が舞い視界が覆い隠される。一瞬の静寂が訪れて視界が回復すると、そこには衝撃の光景が広がっていた。


「マジかよ……」


 ついさっきまで女子生徒が立っていた場所に巨大なクレーターが出来ていたのだ。地面が大きく抉れ、土が剥き出しになっている。クレーターの中心、そこには風を纏って回転するサッカーボール。


「って、んなアホな!」

「バカッ、声が大きい!」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 いやだって、ボールを蹴っただけですよ?

 どこぞの異能力サッカー漫画の主人公も真っ青なシュート力だよ?


「ちっ、まだまだいくぜっ……うらあぁっ!」


 女子生徒が軽やかに着地したのを見ると、サッカー部の生徒が再び足を振り上げる。すると再び周囲を強烈な突風が襲う。またあのシュートが炸裂する。

 しかし、女子生徒は表情一つ変えることなく、サッカー部の行動を黙って見つめている。あのとんでもシュートが身体に当たったら無事じゃ済まない。


「サイクロンスクリューシュートおおおおぉっ!」

「さっきと名前が違う……だと?」


 目に見えない速さで足が振り抜かれ、目にも止まらない瞬速で女子生徒にボールが飛翔する。名前が変わったこともあり、ボールのスピードは先程よりも明らかに速い。暴風を纏って突き進むボールに、今から回避行動を取っても間に合わない――。


「……はぁ。まったく、あなた達も懲りないわね」


 女子生徒の澄んだ声音が校舎裏に響いた。

 粉塵を纏い一直線に飛んでくるボール。女子生徒は天に手を伸ばすようにして右手を振り上げるのと、ボールが彼女の身体にぶち当たったのはほぼ同時のように見えた。

 強烈な破裂音が轟き、女子生徒が立っていた場所を土ぼこりが舞う。

 校舎裏を静寂が包む。彼女がどうなったのか、思わず息を飲んで状況を見守る。


「あまり、私を甘く見ないでもらいたいわね」


 土ぼこりが消えると、そこには右手に鉄定規を持った女子生徒の姿。そして彼女の背後には二手に枝分かれする形で地面が抉れていた。

 状況を飲み込むのにしばらくの時間を要したが、女性生徒の右手に持った定規、そして真っ二つに裂かれたボール。この要素から導き出される答えとは……。


「えっ、定規でボールを切った?」


 そんなことが果たして可能なのだろうか。

 しかし、状況を分析するとそういうことになるのだろう。


「どうなってんのよ、これ……」

「それは俺が聞きたい」


 サッカー部の変態シュートに始まり、女子生徒の鉄定規。目の前で繰り広げられた一連の光景は『異常』であると言っていいのではないだろうか。


「ちっ、さすがにそう簡単には行かないか……よし、お前らも手伝え!」


 サッカー部の男子生徒の言葉からして、こういった状況になることはある程度、予測通りだったらしい。こちらからしたら、驚きの連続なのだが、先輩たちにとっては日常的な光景であるようだ。


「仕方ないね。サッカー部だけで決着がついてくれれば楽だったんだけど……」

「ふむ……そうもいかないようだ」


 それまで沈黙を保ってきた他の運動部たちが重い口を開く。重苦しい雰囲気が一層強くなり、固唾を呑んで見守るしかない俺たちは、無意識の内に生唾を飲んでいた。


「いきますよ。野球部、奥義! 地獄の千本ノック(ヘルノック)!」


 野球部の生徒が手に持つバッドを武器にして、一切の手加減もなく女子生徒に襲いかかる。

 意味不明な技名を叫ぶことで攻撃が開始され、野球部の攻撃もまた、サッカー部と同じく常軌を逸したものだった。

 野球部はバットを振るう度に、炎を纏った野球ボールを生み出し尋常じゃない速度で打ち出していく。その数は十や百じゃない。まさしく技名通りに千個にも届くレベルのボールがバットから射出されていく。


「す、すげぇ! これが地獄の千本ノック(ヘルノック)!」

「え、えぇ……なんでアンタがテンション高いのよ……」


 予想以上に厨二病的な技に、思わずテンションが昂ぶってしまう。しかし、そんな話をしている最中にも女子生徒に危険は刻一刻と迫っていた。

 千個にも及ぶ炎を纏った野球ボールの群れ。サッカー部の技とは違い、一個一個の威力は弱そうだが、とにかく数が多い。先程のように身体を浮かせるだけでは到底避けきれない。かと言って、右手の定規で叩き伏せることも不可能。


「おいおい、さすがにアレが当たったらマズイだろ……!」

「ちょっと待って! アンタに何ができるのよ!」

「何も出来ないかもしれないけど、アレはやばいだろって!」


 今まさに危機が迫っている女子生徒のことを、俺は何も知らない。

 学年も違うのだ。普通に学園生活を送っていたら、話すことさえ無いかもしれない。

 それでも、目の前で女の子が傷つけられそうになっている所を見て、何もしないなんてのは性根が腐っている。


「……俺は、もう二度と目の前で女の子を泣かせたりしないって決めたんだよ!」

「えっ、それって……あっ!」


 腕をがっしりと掴んでいたみなみの力が弱まったのを見て、俺は飛び出す。


「ふっ……避けることすら諦めましたか……」

「……ちっ」


 炎球が豪速球で近づく中、女子生徒は回避行動を取ろうとしない。忌々しげに表情を曇らせ、右手に持った鉄定規を構える。

 彼女は千個にも及ぶ炎球を叩き落とそうとしているのだ。なんて無茶苦茶な。そんなの無理に決まっている。炎球は全部で千個だぞ。鉄定規一個でどうにかなるレベルじゃない。


「ふっざけんなあああああぁぁぁぁーーーーーーーー」


 絶叫が木霊した。

 俺の足では炎球に追いつくことなど出来ない。

 炎球を叩き落とすこともできない。

 彼女の前に立って盾となることさえ、もう間に合わない。

 あまりにも無力。うだうだと物陰で立ち止まっていた間に、状況は最悪の一途を辿ってしまっていた。

 自分の無力さを呪い、運命に少しでも抗うために足元に落ちていた石を手に持つ。


「間に合ええええぇ! 烈風の(ハリケーンストーン)!」


 石を投げる。咄嗟にサッカー部や野球部の先輩たちを真似して技名を叫んでまでやったことと言えば、石を投げるだけ。

 投げた石が少しでも炎球にぶつかって邪魔を出来るならと無我夢中で放った技だ。


「こ、これは……?」

「むっ……何者だ!」


 突如、割り込んできた部外者に女子生徒と野球部の男子生徒が素早い反応を見せる。


「な、なんだあれ!」


 俺が放ったただの石ころ。その石に変化が訪れた。

 女子生徒と炎球の間に割って入った石が、烈風を纏っていた。

 遠目からでも分かるくらいに、石の周囲には風が纏っていて、その風が飛翔する石の速度をこれでもかと押し上げていた。そして俺の手から射出された石は、炎球のひとつに衝突すると、内々に溜め込んでいた風の力を暴発させる。


「うおおおおおぉ!」

「きゃっ……」


 石が破裂した次の瞬間、校舎裏に激しい突風が吹き荒れる。

 身体が吹き飛ばされそうになるレベルの突風が吹き荒れ、炎球を一つ残らずどこかへと吹き飛ばしていった。


「マジかよ、これ……」


 突風が止むと、そこには先程までの静寂に包まれた校舎裏の姿があった。

 女子生徒は共学の表情を浮かべて、呆然と立ち尽くし、野球部の生徒もまた驚きの視線をこちらに向けている。


「ちょっと、アンタ……あれ、なによ!」

「い、いやぁ……俺もとうとう異能力者に目覚めた……?」

「はぁ? アホみたいなこと言ってないで、さっきの説明をしなさいよ!」

「んなこと言われても分からんって!」


 自分がしでかしたことの意味が分からず、ただ呆然と立ち尽くしていると、隣にみなみの姿があって、執拗な追求を受ける。

 あれはなにか。それは俺が一番知りたい。ただ、無我夢中に石を投げただけなのだから、それ以上のことは何も分からない。


「ちっ……まさか他にも『治安維持部』が存在していたとは……」

「おいおい。マジかよ。治安維持部は速水一人だけって聞いたぞ」

「ふむ、拙者もそう聞いていた……」


 突然の乱入者に表情を歪ませる、運動部の面々。


「こうなったら、ふたり纏めてやっちまうか……?」

「それもいいですけど、あっちは三人いるようです。こっちも三人……しかも、二人は能力の把握ができていないときてますね」

「ふむ……少々、ここで事を荒らげるのは得策ではないかもしれんな……」

「ちぃっ……」


 サッカー部、野球部、剣道部の生徒たちがそれぞれ小声で話を続ける。


「おい、みなみ。なんかお前も戦力の一人って認識らしいぜ」

「はぁっ? なんでアタシがそんなことに!」

「お前も能力を持ってたのかよ……」

「いや、能力って意味が分かんないから」


 後ずさりしてしまいそうな緊張感の中、気を紛らわせるために他愛もない会話を振ってみる。こちらの意図が伝わったのか、みなみも視線は運動部から外すことなく、軽口に応じてくれる。


「しゃーないな。ここはひとまず退散だ。そろそろ入学式も始まるしな」

「承知しました」

「ふむ……御意」

「おい、治安維持部の野郎ども! 今日のとこは、これくらいにしておいてやるよ!」

「うわぁ……なんて、典型的な下っ端の捨て台詞……」

「うるせぇ! とにかく、こっちの要望を通すまでは絶対に諦めないからな。覚えておけよ!」


 運動部の中でも最も熱血漢な感じでサッカー部が吐き捨てるように言うと、運動部たちはそれぞれ校舎裏を後にしていく。運動部たちの姿が消えると、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。


「ふいぃ……なんだったんだよ、あれ……」

「知らないわよ。なんか、入学式もまだなのに先輩たちに目をつけられちゃったみたいなんだけど……」

「波乱の学園生活が始まるじゃん。よかったな」

「どっちかって言うと、アンタが筆頭だから」

「ですよねぇ……」


 はやる心臓の鼓動を落ち着かせようと、軽口を言い合っていると、「ごめんなさい。変な所を見せてしまったわね」と、女子生徒が重い口を開く。


「いえいえ、なんか不穏な感じだったんで、つい口を出しちゃいました」

「貴方が来てくれて助かったわ。あのままだったら。もしかしたらやられてたかもしれない」

「も、もしかしたら……だったんすか……」


 傍から見たら、絶体絶命のピンチだったのだが、もしかしてこっちが何もしなくてもどうにかなったのかもしれない。そうだったとしたら、どんな手を使っていたのかが気になるところである。


「……貴方たち、新入生ね。入学式が始まるわよ。はやく行きなさい」


 鉄仮面のごとく表情を凍らせ、女子生徒は事務的な言葉を投げかけてくるだけ。

 そんな彼女の様子が気に食わないのか、みなみの表情が徐々に曇っていく。


「あ、あはは! そうっすね! ほら、みなみ。入学式に遅れるから行くぞ!」

「えっ? あっ……ちょっと……引っ張らないでよ!」


 これ以上、みなみと女子生徒を一緒の空間に居させちゃいけないと察し、みなみの手を取って歩き出す。


「あ、そうだ。最後に先輩の名前だけ、教えてもらってもいいですか?」

「……私の名前?」

「そうそう。これも何かの縁だと思って、名前だけでも」


 こちらからの言葉に、一瞬怪訝そうな表情を浮かべた女子生徒。逡巡した結果、彼女はゆっくりと口を開いた。


「私の名前は『速水 由香里』よ」


 これが俺たちと速水 由香里の初めての出会いである。

 俺たちは何も知らない。

 この出会いが、彼女の名前を聞いてしまったこの瞬間が、後の運命を大きく変えることに。今、学園の治安を脅かす脅威と、それを迎え撃つ治安維持部の長きに渡る戦いが始まろうとしていたのであった。


初めまして。桜葉と申します。

なろうでは初投稿作品になります。以後、よろしくお願いします。

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