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七話『…最初は、本当に気まぐれだった…』



「…ごちそうさまでした。有り難う、鵺孤」


お粥をペロリと食べ終えた少女はまた無表情とまではいかないがいつもの表情で鵺孤にお礼を言った


「い、いえっ!姫様のお口にあって良かったです」


嬉しそうに鵺孤は頬を緩ますとお辞儀をして食べ終わった食器をカートに乗せて部屋を後にする


「…本来なら、薬も用意すべきなんだろうが…」


「大丈夫です。薬がなくても寝ていれば治りますし、私は薬無しでいつも治してましたから」


出て行った鵺孤を見送り暫くの沈黙のあと、部屋に残っていた彼が申し訳なさそうに言うので少女は気を使わせないようにと大丈夫と伝える


けれど、その言葉に彼は納得出来ないのか不満げな顔をした


(…粥の事もそうだが、まさか病を患っても薬一つ貰えていないとは…)


彼は村人達の少女の扱いに少しばかり腹を立てる


人間は儚く弱い生き物で、誰かの助け無しで生きる事が出来ないと彼ですら分かりきっていた


何十年と何百年と生きる”化け物“だからこそ、人間の寿命が短い事を知っている彼は、何故村人達が少女に対してそう酷い扱いが出来るのか理解不能であった


「…いや、我のせいか…」


「えっ?」


無意識の内に言葉として言っていた彼に少女はなんの話かというように首を傾げる


「お前が、生贄として生かされていたのは我のせいだ。…そんな事、少し考えれば直ぐに分かる筈なのにな」


「っ……本当に、そう思いますか」


「我がこの地に住まうばかりに、お前は酷い仕打ちを受けたようなものだ。…憎まれようとも仕方ない」


今度は少女に向けて言い、言いようの無い表情で彼は下に視線を落とした


これを聞き少女が今どんな表情をしているのか、知るのが少し怖いと思った彼は顔を上げられない


すると、俯く彼の頭に何かが触れる


「私は…貴方のお陰で今まで生きて来れたんです。貴方を憎む理由なんてないですし、貴方が悲しむ必要はないんですよ」


少女は優しく彼の頭を撫でていた


俯いたまま、彼は驚きで目を見開き…そして顔をゆっくりと上げる


「…我が、悲しんでいる?」


「ええ。私の事なのに…やっぱり、貴方は優しいですね」


「………そんな事は無い。お前の勘違いだ」


「いいえ。少なくとも今、私の事で貴方が悲しんでいる…それが優しさと言わずなんというのです」


「…………………」


真っ直ぐな瞳で彼を見る少女は迷い無くそう告げた


言い返せなくなった彼に頭を撫でる事を止めて、今度は彼の両手を包むように上から被せる少女に小さく瞳が揺らぐ彼


「…さっき、手を繋いでくれていた間に懐かしい夢を見たんです」


「……夢?」


「はい。…たった一人、顔はあまり思い出せませんけど…私をちゃんと”人“として接してくれた人です」


そう言って少女は優しく微笑み、本当に懐かしそうな表情をしていた


彼は少しの胸の変化を感じたが、少女の顔を見て「…そうか」と一言いうだけである


「あ、でも名前は思い出しましたよ。確かアラン・ディーです」


「アラン・ディー……」


「けれど、彼は私が十歳の頃に村を出て行ったと耳にしました。それ以来、彼が私に会いに来る事はありませんでしたが…今はどこで何をしているんでしょう」


また胸に違和感を感じたが、彼は何も言わずに少女の背後にある大きめな窓の向こう側の空を眺めた


空は雲一つない爽快な青空で彼の心とは真逆のようで直ぐに目を逸らす


(…なんだ、この歯痒い胸の感覚は…)


スッキリしないどこかモヤの掛かった霧のように違和感を不思議に思う彼


「大丈夫ですか?」


「……あぁ。お前は早く眠れ…意識がなくなるまで手を繋いでやる」


「それは…ご迷惑じゃないですか?わざわざ私の為に其処までしなくともいいですよ」


「いや、我が、そうしたいんだ。……嫌か?」


「……………なら、お言葉に甘えて。お願いします」


ちょっぴり嬉しそうな顔をする少女に彼は満足そうに寝かしつけるように優しく手を繋いだ


まだ少し熱めな少女の手を感じながら、彼はくすぐったいような心地良さになんとなく悪い気はしないと暫くそう思うのである












一方、少女の部屋から出て食器を乗せたカートを押しながら厨房まで来た鵺孤は溜め息を一つ零していた


「……さて、散らかした厨房を片付けますかね」


荒らされたように散らかっている厨房を見渡した鵺孤がそう呟くと窓の外で鳥達がチュンチュンと鳴いて楽しげにしている


「へぇー、あの鳥達夫婦なんデスか。知らなかったなぁ」


鳥達の話を聞きながら洗い物をする鵺孤は周りから見れば不気味な光景だと思うだろう


何せよ、鳥達の言葉は人間には分からないのだから


鵺孤は鳥族の血を引いているから鳥達の言葉が分かるのだ


「……イケないイケない。早くココを片付けて姫様の為に美味しい果物を探しに行かないと」


気を取り直して厨房をせっせと急いで片付ける鵺孤の頭には、あの少女の優しい笑みで果物を食べている姿の想像が思い浮かび上がった


きっと喜んでくれると、また微笑んでくれると鵺孤は気持ちを高鳴らせる


(…あ、もしかしたら良い薬草とかあるかもデスよね?見付けたら一応摘んどこうかなぁ~)


皿洗いが終わり次はモップと雑巾を用意しながら、鵺孤の頭はもはや少女の微笑みを見たいが為の妄想へと変わってしまっているのは…きっと本人は気付いていないだろうが


ならば早く片付けを終わらさなければといつも以上に張り切って掃除をする鵺孤の姿は、多分誰の声すら聞こえていないくらいに無我夢中に違いない


先程の鳥達の会話すら、もう耳に入っていない様子である


そして数分後、鵺孤は見事に片付けを終わらせて夕食の下ごしらえもしてから屋敷を出て森に出掛けて行った












「……やっと眠ったか…」


その頃、彼は本当に少女が眠るまで手を離さなかった


スヤスヤと眠る少女の髪を撫でながら呟く言葉は誰の耳にも入らないが彼にはそんな事どうでもよく思えた


本人に自覚はまだないだろうが、端から見たら少女を見つめる彼の顔はとても穏やかな感じに見えるだろう


大切なモノを見るような瞳も、壊れ物のように少女に触れている手も、今までの彼にはない面影だ


彼を知っている者が居たとすれば、きっと間違いなく「らしくない」と言うに違いない


(…最初は、本当に気まぐれだった…)


けれど、ただの興味心だけなら彼は少女をここまで生かしていない


あの日のあの少女の顔が、脳裏に焼き付いて離れないのだ


(他の人間共と違って生きる事より死を望んでいるようなあの瞳は……今でも昨日のように思い出す)


生きる事に意味をなさない


自分は死ぬ為に生かされたと


何の希望も光すら持っていなかった少女


何故かとても、彼にとってそれは”悲しい“と思った


胸が締め付けられ、昔の自分を少しだけ重ねたのかもしれない


だが、少女は自分とは確実に違う所があった


それは初めから少女の中に希望と光がなかった事だろう


希望や光があれば、信じる事も絶望する事も出来ただろうが…少女の心は乾ききっているように何も感じていなかった


だから生贄とされても何も思わなかったのかもしれない


少女が生贄として来るまで、他の生贄達は恐怖に怯えて、顔を酷く歪ませながら泣き喚き許しを得ようとした


中には彼を殺そうとした者も少なくはない


なら何故生贄は要らないと云わないのか


何故、生贄を捧げようと人々はするのか


それは彼が人間にとって”恐怖“にしか成らないからだろう


そして、彼は彼なりに何かを背負っていて人間がそれで納得するならば他はどうでも良かった


ただ……自分の敷地内にさえ入って来なければ


彼はそれだけで良かったのだ


「それにしても…良く寝ているな」


もうとっくに手は離しているが、少女が心配で部屋から出るに出れないでいた彼はスヤスヤと眠る少女に視線を向ける


少女には何不自由ないようにと色々と揃えさせているが、自分自身は何もしてないので実をいうとこの部屋をじっくり見たことが無かったのだ


壁一面の本棚に収まる本や一人にしては少し大きな丸テーブル、それから三人は余裕に出れるバルコニーなど全て鵺孤が設備した


屋敷は広いし、部屋も幾つか余っていた筈なのに鵺孤は何故わざわざバルコニーのある部屋を選んだのかわからなかった


最初は警戒剥き出しだったあの鵺孤の事だから、きっとバルコニーがあれば逃げやすいと思ったのだろう


だが、それも無駄になったようだが


それに今では少女に懐いてしまっているではないか


彼が異変に気付いたのは少女の様子を鵺孤から聞きにいった二年前の事だった


『鵺孤、あの少女は?』


『いつも通りです』


月に一度は鵺孤に様子を聞きにいく彼はこの時少しだけ違和感に思えた


けれど鵺孤はそれ以上何も言わないので、彼も問い詰めるような事はしなかった


だが今思えば…少しだけぎこちなさがあったように感じる


(…そう言えば、三年の間の事を詳しく聞いてないな…鵺孤は常に”いつも通り“としか言わなかったし、聞こうともしなかったが……後で鵺孤に聞いてみるか)


ちょっとした興味心が芽生え、彼は三年間の少女の話しを鵺孤に聞こうと思った




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