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六話『……美味しい』

 

翌朝、少女はいつもより早くに目が覚めた


「……ッ」


なんだかいつもより重い身体を起き上がらせ、部屋のカーテンを開けようとしていた


けれど、重い身体だけではなかったのである


少しだけ寒く感じて布団から離れがたくなった少女は布団を身体に巻きつけてズルズル引きずっていた


カーテンを開けて日の光を浴びれば少し寒く感じるのも収まるだろうと思っていたが、いざ開けても寒気は収まる事はなかった


それどころか、頭痛とめまいまでして来たので少女は風邪を引いたのだと理解した


(…風邪なんて、最悪だわ…)


力尽きたように床に座り込んでしまうと、両手をクロスにして己の腕に持っていきさする


足に力が入らないのか少女はガタガタと震え、立ち上がらずに座ったまま縮こまっていた


昔の記憶が思い出される


過去に二回程だが風邪を引いた事がある少女はあの時の事を思い出し、あまり良い思いではないと顔を少し歪めた


生け贄として捧げるからには病にならぬようにと村人達は気を使ってはいた


しかし、それでも病を絶対にならないようにするのは無理な話である


少女が初めて風邪を引いた時は、村に住む医者が来てただの風邪だと告げれば村人達は食事と薬に必要不可欠な水を与えた


だが、その村人達の顔は心配するようなモノではなく忌々しいような冷めた顔だった


“風邪なんて引きやがって”とか“うつすんじゃないぞ”とかの負い目を感じさせるような、そんな見て良い思いにならないような顔である


二回目の時も、ただの風邪だと分かると同じように扱われて生きた心地がしなかった


……けれど、一人だけ


たった一人だけは違ったように思う


少女よりも十も年が違う男がいた


彼は確か、ディー家の息子だとか聞いた気がする


(………ディー家の…あの人だけは、私に優しかった気もしなくない…)


頭がボゥッとし過ぎて上手く頭の回転が回らず、少女はとうとう意識が薄れつつあった


そんな時、扉がまた珍しく音を立てる


「…入ってもいいか?」


聞き覚えのある声が扉の外から聞こえ気がする


けれど、少女は既に喋れるような状態ではなく声が出せなかった


意識朦朧と扉の方をジッと見つめ、それから限界が来た瞼を閉じた


「ッオイ!?どうした!」


ゆっくりと扉の開く音がして、中に入ってくる足音と共にそんな焦った声が聞こえた気がした












────・・・懐かしい、夢を見ていた気がする











『今日は俺が居るからな。ゆっくり休め』


二回目の風邪の時、誰かが私の側でずっと居てくれた


優しい手つきで額の汗を拭ってくれて、それから暖かい手で私の手を握ってくれる


ハッキリとした顔は覚えていないけれど、彼は食事を持って来てくれる時も食べ終わるまで側にいた


他の村人達とは違って私を見捨てず、普通に接してくれていた


『──ごめんな。守ってやれなくて…』


そして時折見せる悲しい顔は、そんな言葉を呟く時で何故謝るのかが私には分からなかった記憶がある











(…暖かい手……)


未だ重い瞼を開く少女はボゥッとまっすぐにどこかを見つめていた


意識がハッキリすると見つめていたのが天井だと分かり、周りを見渡した少女の瞳に写ったのは驚く光景だった


「……えっ?」


左側を見たまま固まる少女は、どうしてこんな事になったのかと考える


少女の左手を握って眠っている彼


意識を手放す前の記憶を辿らせる少女は、未だ分からないと首を傾げた


(…あ、思い出した。私…動けなくなって…)


「っん…」


記憶を辿っていると、目が覚めたのか彼が握っていた手と違う方の手で己の目をこすりはじめる


が、彼は急に動きを止めて勢いよく私の方に視線を向けてきた


「──っ起きて大丈夫なのか?」


「え、あ、はい…」


「そう、か。…良かった」


不安そうな眼差しで聞かれ、平気だと応えると彼は安心したように優しい表情になる


そんな彼に戸惑いながらも少女は先程思い出し、申し訳ないという顔で謝罪した


「あの、ご迷惑をかけてすみませんでした」


「気にするな。我こそ昨日は悪かった…鵺孤に釘を刺されていたのに」


「そんなっ…私がお願いしたからで。貴方は悪くないです」


「いや、我が…」


「いえ、私が…」


お互いが申し訳ないというように言葉を発するが、二人とも譲る気がないのか自分を責める


しかし、それがなんだか可笑しくなり二人は顔を見合わせてどちらともなく笑った


少女が「お互い様ですね」と言うと彼は頷き「そうだな」と言って話はそこで終わる


暫くの無言の空間の中、気まずさはなく寧ろ居心地のいい気分になるのを感じた


そこで彼がハッとしたように何かを思い出し、握っていた手に視線を向ける


「っすまない」


彼はそう言って握っていた手を離そうとするが、少女がそれを止めるように左手ではない手で彼の手を上から覆うように優しく包んだ


「…貴方の手は、とても暖かくて優しいですね」


「我が、か?」


「はい。…お陰で、いつもよりぐっすり眠れました」


感謝を述べる少女の瞳は閉じていたが、とても優しく美しい柔らかなモノだった


「貴方のお陰です」


少女はまた、感謝を述べる


そんな少女の姿に彼の心臓がドクンと波打つのが分かった


けれど、それが何を意味しているのかが未だ分からず彼は微かにモヤリとした


(…なんだ、これは?)


そんな時、扉がゆっくりと開いた


「主様、お食事を持ってきましたよー」


囁くような小さな声で言って鵺孤が部屋の中に入ってくる


主様と呼ばれた彼は後ろを振り返った


「ああ、すまないな」


「いえいえ~・・・って、姫様!?」


「おはよう、鵺孤」


カートを押しながら来た鵺孤は少女が目覚めた事に気付かなかったらしく、彼の方を向いた途端に驚いたように少女を見て声を荒げた


それがおかしかったのか、少女は満面とはいかなくとも微笑んで鵺孤に声を掛ける


未だぎこちない笑みではあるが、この少女の笑みがみたいとずっと思っていた鵺孤は幻でも見ているような錯覚ではと疑ったがどうやら現実のようだ


鵺孤は己の頬を抓り痛みを感じた


そして、あまりに抓り過ぎたのかは分からないが鵺孤の瞳はウルウルとし始めて少女は首を傾げた


「…鵺孤?」


「うっ、うぅ~・・・姫様が、姫様が笑った~」


「え、え?」


とうとう耐えられなくなったのか、鵺孤は涙を流して少女の居るベッドに近付く


何故泣いているのか分からない少女は、上半身を起き上がらせて隣にいた彼に視線を向けるが彼は呆れたような苦笑を浮かべているだけだった


「あ、あの?鵺孤??」


「姫様、もう辛くないですか?寒くないですか?」


「え、ええ…大丈夫よ。心配させてしまってごめんなさい」


「~~~っ良かったです~!」


「っ!?」


近くまで来た鵺孤は流れる涙を拭くのも忘れて、少女の身体の心配をする


そして少女が大丈夫だと告げると、鵺孤は思いっ切りとまではいかなくとも少女に飛び付いた


驚いた少女はどうしたら良いか分からないまま、ただされるがままで居ると彼が素早く二人を離した


「…鵺孤、コイツはまだ完全に治った訳ではないんだ。あまりそういった事はするな」


「あっ、すみません…」


彼の言葉にハッとする鵺孤は、今度はシュンッとした表情で明らかに落ち込んでしまう


それを見届けた彼は溜め息を吐くと少女に向き直って声を掛けた


「…腹は減っているか?」


「あ、はい」


「そうか。なら、丁度いい」


彼は鵺孤に視線を向けて軽く頷くと、それの意味が分かったのか直ぐに持って来たカートをベッドの近くに近付ける


「……これは?」


「粥だ。風邪の時はこれがいいと聞いた」


「お粥…」


物珍しそうにお粥を見つめる少女に鵺孤と彼は互いの顔を見合わせて少しの不安を抱いた


人間料理の知識は少女が来た時にほぼ全て把握していた鵺孤だが、お粥は必要性があまり見えなかったので詳しくは知ろうとしなかった


けれど今回、少女が風邪を引いたと聞いて消化の良い物はお粥だと思い出した鵺孤は作り方を調べて見様見真似で作ったのだろう


だから、それであっているのかが不安になったのだろう今の鵺孤は少女の反応に敏感になっていた


恐る恐るにお粥を口に運ぶ少女に二人共が視線を向ける


「……美味しい」


「ほ、ホントですか!?良かったぁ~」


「…私、お粥は初めて食べたけれど…なんだかとても優しい味で心がポカポカする気分だわ」


先程のぎこちなさの残る笑みとは違い、優しく微笑む少女に二人共が目を見開いた


それは、粥を食べたのが初めてだったからか、あるいは少女の微笑みになのかは分からないが…多分どちらともだろう


二人にお構い無しに次々とお粥を食べ進める少女は、本当に美味しそうにしていて鵺孤も彼もその場は何も言わなかった





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