三話『お前に笑って欲しいだけなのに』
「待って下さいってばー!姫様ー!」
鵺孤はやっとの思いで少女の元に辿り着いた
後少しで触れそうな距離に、鵺孤が立ち止まると同じタイミングで少女も立ち止まる
そして、クルリと鵺孤の方に身体ごと向くと先程の“死んでいるような瞳”ではなくなったものの、他の人間よりかは冷めた瞳で鵺孤に言った
「…もう、私を彼と一緒に食事をさせるのはやめてちょうだいね」
「……姫様、主様の事嫌いになりました?」
「───私じゃなくて、あの人が私を嫌うでしょう」
少女はそれだけを言ってまた歩き出した
鵺孤はというと、シュンとした表情で言い返す言葉すら言えずにいた
(……姫様…)
何故こんな事になったのだろう
ただ同じ時間で同じ場所で食事をさせて仲良くして欲しかっただけだというのに
何故思い通りにすらならないのだろうか
鵺孤の願いは叶わないのだろうか
(……やってしまった…)
その頃、彼も自分が仕出かした事に頭を悩ませていた
『彼らも貴方も、私を”人“としては見ない。だから、貴方も同じように私をいつか”捨てる“のでしょう?壊れた人形のように』
あの言葉が衝撃過ぎて、言い返す言葉すら出なかったのである
何故己は少女に対してあんなにムキになってまで怒鳴ったのだろうと彼は溜め息を吐いた
(……ん?”ムキになってまで“??)
考えていた思考がピタリと止まった彼は、再度己の思った事を疑問に思う点があるのに気付いた
「…我は、何故ムキになる程にあの少女に構う?」
ただの気まぐれに過ぎない少女に対し、彼は”生きる意味“を与えようと無意識にしている
しかしそれは本人ですら未だ分からずにいるらしく、頭を抱えて険しい顔で悩んでいた
彼はまだ、その実りきっていない感情の名前を知らないから
ただ、今の彼に言えるなら少女が言った言葉である『貴方も同じようにいつか私を“捨てる”のでしょう?』っと言う言葉が気に食わなかった
人間達がココに少女を捨てたと考えているようで、それを彼もするのだろうと少女自身は思っているのだろう
彼にとってそれが原因でついカッとなり怒鳴ったという訳だ
けれど、そもそもの原因は元を正せば自分である
自分が居なければ少女は“生贄”にならずにすみ、捨てられる事すらなかったのかもしれない
そう思うと、罪悪感のようなモノが彼の胸に生まれてしまう訳で
そうなると自分が何故少女を食事に誘ったのか、という事を思い出した
鵺孤がしつこかったというのもあるが、半分は自分の意志のようなものだ
彼は悩んだ末、取り合えず少女の部屋へと向かう事にした
(……しっかりと話さなくては…)
「あっ、主様…」
「鵺孤?どうした」
少女の部屋の前まで行くと、寂しそうな顔をした鵺孤が立ち尽くしているのが見えた
「……主様…僕は、姫様のあんな顔が見たくて主様と一緒に食事をさせたんじゃないんです。でも…僕がやった事は間違っていたんですかね…」
どうやら鵺孤は自分がやった事で少女があんな顔になってしまったのだと思っているらしい
彼は自分の不甲斐なさに鵺孤の頭に手を置いて、一言「…鵺孤のせいではない」と言った
鵺孤がとった行動は、少女が笑ってくれると思っての事だろう
しかし、それを彼がしてしまった行動によって台無しにしたのだ
「…鵺孤、あとは我に任せてくれないか」
「主様…」
「だから、お前は下がっていい」
彼の真っ直ぐとした瞳と、揺るぎない意志に鵺孤は小さく返事した
「…あの、主様。一ついいですか?」
「なんだ」
「姫様が言ってたんですけど───」
先程言っていた少女の言葉を彼に話すと、鵺孤は頭を下げて部屋の前から居なくなった
彼は改めて深呼吸をしてから、今度は少女の部屋にノックをした
食事に誘う時は鵺孤がしないで入った方がいいと言っていたからだが、今回ばかりはノックをして少女の言葉を待った
すると、扉がゆっくりと開いて少女が姿を現した
「……なんでしょうか」
「───先程は悪かった。我はお前を嫌っていなければ、いずれ捨てる事もない」
「?…なんの話、ですか」
「鵺孤に、話していたのだろう?我が、お前を嫌うだろうと」
「………違うんですか」
「違う。そもそも、嫌っていないからお前を生かしたんだ」
彼は今思い付く限りの言葉を素直に少女に伝える
たとえ少女に伝わっていなかろうと
「…貴方は、気まぐれで私を生かしたと言っていませんでしたか?」
「っ確かに、最初は気まぐれでお前を生かした。だが、そうだな…今は気まぐれで生かしている訳じゃない」
彼の言葉に少女は首を傾げる
「───くそっ、どう言えばお前に伝わる?我はただ、お前に笑って欲しいだけなのに」
「っ!…貴方は、変わった人ですね。私に笑って欲しいなんて」
なかなか伝わらない事に彼が苛ついて言葉にした無意識の想いに、少女が少しだけ笑った気がした
穏やかで優しい笑顔、それに彼の鼓動は少しだけ早くなったように感じた
本人はその意味がなんなのか分からないが、ただもっと少女に笑って欲しいと強く思ってしまうのだ
「…お前も、変わっていると思うぞ」
「えっ?」
「最初に見たであろう?…我のおぞましい姿を。それなのにお前は、今の我を人として扱っているではないか」
そう、彼は今までずっと“化け物”として忌み嫌われていた
恐ろしいと気味が悪いと言われ続けていた彼
そんな彼を、少女だけは恐れずに真っ直ぐと目を合わせてくれる
だから、生かし側に置いておきたいとも思った
けれど彼は知らないのだ
人間にどう接したら良いのか、どう対応したら良いのかが
だから三年も屋敷を開けて、少女が住みやすいように色々と手配していた
だが、それだけではいけなかったのだ
もっと、少女と沢山話をして沢山過ごさなくてならなかった
いや、今なら…今からでも遅くはない筈だ
少女はこの人の顔を見て、もしかしたら自分と同じなのではないかと思いはじめた
(……この人も…ただ…自分という存在を認めて欲しかっただけなのかしら…)
「…名もなき少女よ」
「…………はい」
「お前を、連れて行きたい場所がある。……共に来てくれないだろうか?」
彼の寂しそうな、けれどとても穏やかな表情に少女はただ頷く事しか出来なかった
少女もまた、実りきっていない感情の名前を知らない
ただ、彼に対して今思う事は彼もまた“自分と似た扱い”をされていたのだろうかと思うだけだった