二話『貴方も、彼らと変わらないんですね』
少女は溜め息を吐いて、読んでいた本を閉じた
そろそろ鵺孤が晩御飯を持ってくる時間だと分かっていたからだ
けれど、鵺孤はなかなか来ない
十分が経っても、十五分経っても鵺孤の姿は部屋には現れなかった
(……どうしたのかしら…)
少女は不思議に思い、部屋を出ようか考えた
そんな時に丁度扉のドアノブが回る音が聞こえた
鵺孤が来たのだと思って扉の方を振り返った少女は、そこに居る人物に目を見開いた
「……………あの、なんですか?」
「…鵺孤が、たまにはお前と食事をしろと言ってしつこくてな。誘いに来た」
「アナタと、ですか?」
人間の姿をした彼は、眉間に皺を寄せてそんな事を口にする
あまりの言葉につい疑問が口から出てしまった
聞いた彼は更に眉間の皺を寄せて背を少女に向けた
「…無理には言わん。お前が選べ」
「………なら、ご一緒にお食事しても構いませんか」
少女は今、初めてと言っていい程に部屋から出て広い空間で長いテーブルに並べられた食事を彼としていた
「……………」
「……………」
二人の間が空きすぎているせいか、食事中ずっと無言で食べていた
広い空間には、食事をしている音だけが部屋の空間を響かせているだけ
鵺孤は遠い場所でそれをヒヤヒヤしながら見守っている
(……一緒に食事をするのはいいけれど、なんだか気まずいわ…)
(誘ったのはいいが、どう対応したらいいか分からん…)
二人とも、各々に悩んでいた
とくに彼は食事を誘うという事に慣れていない…否、初めて誰かとの食事をしているに過ぎない
鵺孤がいても”一緒に食べる“という事がなかったからである
彼と鵺孤は言わば”主“と”下部“だ
そんな二人の間には共に食事をするという考えすらなかった
(…そもそもの発端は鵺孤だ。アイツが共に食事をしろと言うから)
外から帰って来た彼は食事をしようと鵺孤を呼んだのだが、何を考えているのか分からない発言をしたのだ
『姫様と一緒に食事をして下さい!』
この言葉を聞いて直ぐに断った筈で、いつもなら食い下がる鵺孤は今日は引かなかったのである
『絶対に姫様と食事して下さい!でないと抜きですよ!』
あまりにしつこく言うものだから、渋々首を縦に振った
しかし、これはこれでいいのかもしれないと思った自分もいた
(…ああ、あの話をどう切り出すか…)
彼と少女の席は椅子が五個並べられている
そんなに遠い少女に、彼は話そうにも話せないでいた
「……あの、一つ伺っても宜しいですか?」
「っ!…なんだ」
すると、あんなに長い沈黙をやっとの思いで少女が破ったではないか
だが、彼は話掛けられた事に少しだけ緊張する
何を聞かれるか分からないからだ
「えっと、村では貴方の事を”人間を好んで食べる化け物“と伺ったのだけれど…」
「…あの人間共が言いそうな事だな」
少女の口から出た言葉に彼は眉間に皺を寄せ、不愉快な顔で応えた
「………違うんですか?」
「もし、それが本当ならお前は今ココには居ないだろう」
「っそう、なんですか…。なら、私はこれからどうすればいいのでしょう…」
縮こまるように沈む少女が言葉にしたのは、まるで自分は必要がなくなったという感じだった
いや、それか”食べてもらえない“と分かって沈んでいるのかもしれない
彼はまた更に眉間の皺を寄せた
「…お前は、我にどうして欲しいんだ?」
「えっ?」
「今の表情がどんな意味でのものかが分からん。喰ってもらえなかったからか?それとも必要ではなくなったからと落ち込んでいるのか?」
「…………分かりません。ただ、私はもうココにいる意味がないと思ったくらいで」
「っ分からないだと?意味がないと誰が言った!」
彼はとうとう怒鳴って少女の座る席まで早歩きで向かった
そんな彼の行動に少女はどうするでもなく、ただ向かってくる彼を見ていた
鵺孤は鵺孤で彼を止めようと走り出すが、その前に彼は少女の席にたどり着き少女の肩を掴むようにして持ち上げる感じで立ち上がらせた
「我が生かしたんだ!我の気まぐれだとしても、生かしている我が”必要ない“と言わん限りは”必要“なんだ!」
「…あ、あの…」
「貴様は、そんな事も分からんのか?」
少女は黙り俯いた
言い掛けた言葉すらも聞いてはもらえず、生かしているから必要だと言われ、けれどそれは村の人々となんら変わらない同じ言葉だった
「主様っ!言い過ぎですよ!」
「鵺孤。貴様は黙って───・・・」
「貴方も、彼らと変わらないんですね」
止めに入った鵺孤を無視して少女にまだ怒鳴ろうとする彼の耳には、少女から疑うような言葉が吐き出される
「はっ?」
「彼らも貴方も、私を”人“としては見ない。だから、貴方も同じように私をいつか”捨てる“のでしょう?壊れた人形のように」
俯いていた少女は顔を上げて彼をみてそう言った
彼は酷く驚き後悔する
その少女の瞳は、まるで三年前のような”死んでいる者のような冷たい瞳“になっていたからだ
鵺孤もその表情に驚き、二人共に暫し固まってしまう
けれど、次の瞬間では少女がお辞儀をして己の部屋に帰ると鵺孤に告げた事で我に返った
「あっ、待って下さい!姫様ー!!」
一人でスタスタと歩く姿に鵺孤は急いで追いかける
が、一度後ろを振り返り彼に「だから言い過ぎですって言ったんですよ!」と一言文句を言ってまた少女を追いかけていく鵺孤
彼は未だその場から動けずに、ただただ少女が消えた方角を見ていた