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一話『私はただの“生け贄”にされた“餌”よ』

 


朝、少し肌寒い空気を感じて目が覚める


窓を開けると小鳥が囀り、葉が擦れる音を聞き今日も一日が始まる


「…久々に三年前の夢を見た気がする」


少女はただ森しかない外の風景をジッと見つめて、そう呟いたのだ


三年前、少女は村人達の言いつけで森に住む”化け物“の生贄として差し出された


そこで喰われて死ぬだけだと、覚悟もしていた少女の前には大きな口ではなく……


とても優しい人のような手だった


『…死を望むお前を喰ってもお前の望みが叶うだけ。ならば、我はお前を生かそう』


そう言って、人間の姿に化けた彼は少女を側に置くようになった


けれど彼はあまり屋敷に帰って来ることはない


色々と忙しい彼は、帰ってきても少女の食料と素敵な洋服を置いてまたどこかへと行ってまうのだ


(そのおかげで食料や洋服に困る事はないけれど、その出所とか聞いてはいけない気がするのは何故かしら…)


少女は頭に浮かぶ疑問に深く考えてはいけないと思い、それ以上は何も考えないように頭を左右に振る


「姫様ー!お早うございまーす!」


「……鵺孤、その呼び方は止めてって言ってるでしょ」


「でもー、姫様の名前知らないし教えてくれないじゃないですかー」


少女は溜め息を吐いて諦めた


少女の部屋に入って来た者は、あの“化け物”の使いで“鵺孤-ヤコ-”と言う


鵺孤は鳥の血を引いている言わば半妖らしく、見た目は人間と変わらない


彼はこの三年間ずっと少女の世話を任されており、いつも屋敷の中に居る唯一の“生き物”だった


「…言ったでしょ。私に名前なんてないわ」


「だったら良いじゃないですかー」


「嫌よ。姫なんて、私に似合わない」


屋敷の中で暮らすようになってから、ずっとこの似たような会話から朝が始まる


…三年間ずっと、私はこの屋敷の中で過ごしていた


外は出るなとは言われていない

けれど、私は外に出ようとはしなかった


否、出る意味が分からなかった


ずっと“化け物”の“餌”として、なにものにも干渉する事を禁じられていたせいか


私に意志はなかった


だから、いざこういう“自由”を与えられても私にとってはどうすればいいのか分からないのだ


「……はぁ、ここもあそこに居た時と同じね」ボソッ


「姫様?どうしましたかー?」


「なんでもないわ」


鵺孤が持ってきた朝食を食べようと、私はテーブルに向かった


そんな姿を鵺孤が悲しそうに見ていたとは知らずに


「鵺孤?」


「あ、ハイハーイ!」


またいつものように鵺孤は笑っていた






朝食を食べて、窓から見える空をボゥッと眺めたり、部屋の棚にある本を取り出して読んだり


昼食は軽い物を食べて、鵺孤がおやつの時間にお茶会をしに来たりとそうこうしているとあっという間に夕方になる


「…ふぅ……また今日が終わるのね…」


赤オレンジ色に染まる空を眺め、私は呟きながら溜め息を漏らした


そんな時、部屋にノックをする音が響いた


「…鵺孤?」


いつもならノックなんてしないのに、初めてのノックの音に少しだけ身体が強張った


扉の方に無言で視線を向けること数秒


またノックの音がした


「……誰?」


警戒をしながらもゆっくりと扉に近付いていく


「───我だ」


「…えっ?」


扉の向こうから久々に聞いた声に私の足は進むことを止めた


三年前に聞いたあの日以来、彼とは会話も会うことすらしなかったのだ


それが何故、今私の部屋の前に居るのか不思議に感じた


(…まさか、気が変わって食べに来たとか?……それなら私自身も望んだ結末だわ)


意を決して私は扉のドアノブに手をかけた


「……今開けます」


開けたその先にさ、三年前と変わらぬ美しい姿をした“化け物”が居た


「………」


「………」


「……………あの?」


いつまで経ってもそこから動かない彼に、痺れを切らした私が声を掛けると彼はハッとしたように口を開く


「…少し見ない間に、大人びたようだな」


「えっ?…まぁ、人間は成長が早いもの」


「…………そうか」


そこで言ってまた沈黙になってしまった


何故彼は、ここに来たのだろう


彼が今何をしたいのかが分からない


「……鵺孤に聞いた話だが」


「はい?」


「お前、あまり部屋から出ないようだな」


次に沈黙を破ったのは彼で、そんな事を言い出した


どうしてそんな事を聞くのか分からないが、私は思ったことをそのまま伝えた


「…出て何があります?私は、貴方の“餌”として育てられた。だから、今更何かを知ろうなんて思わないわ」


「………それで、お前はいいのか」


「何故貴方がそんな事を心配なさるの?私はただの“生け贄”にされた“餌”よ」


ありのまま話した私に対して彼は気に入らないというような表情になる


けれど、暫くの沈黙のあとに彼は溜め息を吐いたのだ


「…お前は、もう“生け贄”でも“餌”でもない。お前は自由だ。自分の好きなようにすればいい」


「自由?好きなように?……貴方の言っている事が理解出来ないわ」












少女の部屋から戻って来た彼はまた盛大に溜め息を吐いていた


「………我にどうしろと言うんだ…」ボソッ


「あ、主様!姫様はどうでした?」


そこへ丁度、扉が開いて鵺孤が彼の部屋に入ってきた


「鵺孤か。いや、どうもない」


「……やっぱり、姫様は外に出たがりませんでしたか?」


「“出たがらない”じゃない。あれは、“出る意味がない”という感じだったぞ」


眉間に皺を寄せて机に視線を落とすと、また溜め息混じりに口を開いた


「…どうやら、人間共に我の“生け贄”だの“餌”だのと言われ続けられて他には興味を持っていないようだ」


「そうですか…。人間はいつも理不尽ッスもんね……姫様が可哀想です」


「可哀想?」


「だってそうじゃないですか。主様のご飯にするためにずっと鳥のように閉じ込めてたって」


「……それはどこ情報だ?」


「あ、鳥達ですよ。牢屋みたいな場所で鳥くらいしか入れない窓からずっと見てた奴がいたらしくって…それで聞いたんスよ」


鵺孤は半分とはいえ鳥の血を引く者だ


鳥達とは普通に会話ができる


「…そうか」


「僕…姫様が笑った顔がみたいです…」


ショボンとした鵺孤に彼は少し驚いた


人間嫌いでめったに懐かない鵺孤は昔人間に殺されかけたのがきっかけだった


そんな鵺孤が、あの人間の少女には“笑ってほしい”と言えるまでに懐いている


これは、本当にどうするべきか彼は悩んだ


すると彼は何かを思い出したように後ろに振り向き窓の外を見つめた


「…鵺孤、今日は満月だったな?」


「あ、はい。確か────」


鵺孤の言葉を聞いて、彼は軽く微笑むと直ぐに椅子から立ち上がった


「え、主様?」


「我は今から行く所が出来た。夜には帰る」


「あっ!ちょっと主様!?」


彼が窓を開けた途端に強い風が部屋に起こり、鵺孤は腕を顔に持っていき風除けをしたがあまり効果はなかった


次に部屋を見渡せば、彼の姿はどこにもなかった


「……行っちゃった;;」


呆然と彼が居なくなった部屋を鵺孤はただ見つめるだけだった











「はぁ…」


日が沈み空が真っ暗になった頃、少女は本を読んでいた


けれどその本は理解出来ない内容だった



ある村人が独りの少女に恋をした話だ


その少女は森の奥に誰も近付かない場所でヒッソリと生活をしていた


けれど、突然現れた怪我のした村人の一人に見つかり逃げ出そうとする


しかし、とても優しい少女は怪我のした村人を手当てしたのだ


そこからその村人はよく少女に会いに来るようになって、二人は互いを意識しだして…いつの間にか恋人関係になれたという


『みろ!こんな所に綺麗な花が咲いてるぞ』


『まぁ、素敵!』


二人はとても幸せな日々を過ごしている



だが、そんな幸せな話が少女には理解出来なかった


愛とはなに?恋とは?花とはなんだろう?と少女は悩んでいた


自分には無いものだから





 

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