かわりゆく日常 5
その会話に和也は我を失いそうになった。
七美の学年主任の先生と、学校でも有名なチャラ男。
そしてその母親。確かチャラ男の父親は大企業の常務だった
はずだ。
「先生、1000万差し上げますよ。"事故"にしていただけますね?」
「・・・・わかりました。」
「ダメよ、いくら気に入らない人だからって階段から
突き落としたら。」
「いいじゃん。だってあいつキモかったんだもん。」
会議室のドアノブを拳から流血するほど握りつぶす。
頭に血がのぼり続け、今にも爆発しそうだ。
目の前にバットがあれば和也はあの3人を人の姿が残らぬまで
ぶちのめしただろう。
「階段から転落したなんて嘘だったんだ。
あいつは、七美はいじめられてたんだ・・・・。」
底知れぬ怒りがこみ上げる中、唯一冷静にしていたスマホでの
録音を終了し、彼は病院に向かった。
・・・・
「七美・・・・。」
苦しそうに寝ている七美の右手を優しく握る。
その手にはまだ温もりがあった。
「七美、お前・・・・なんで、なんで言ってくれなかったんだ。
なんで、相談してくれなかったんだ・・・・。」
いつも笑顔で励ましてくれた七美。
部活がつらいとき、テストで失敗した時、七美が
いてくれたから頑張れた。
どんな時も明るく、優しかった。
なのに、なにも悪くないのに、七美は未来を奪われた。
目覚める可能性わずかだ。
腹が立った。
加害者はもちろん、あんな子供を育てた親にも、賄賂を貰った教師にも、そして、守ってあげられなかった自分にも
無性に腹が立った。
「狂ってる・・・・この世の中、全部狂ってる・・・・。」
復讐してやる。
すべてに。この世のすべてにだ。
和也の目から大粒の雫だけがいつまでもこぼれ落ちた。
・・・・
猛烈な雨の中、傘もささずに歩くひとりの男。
あのあと七美の家に行った。彼女は母子家庭だった。
幼い頃に両親が離婚。母親は体が弱く、七美がずっと
家事やアルバイトで家庭を支えていたらしい。
彼は録音した音声と今回の事件の真相を話した。
彼女の母親は泣きながら聞いてくれた。
「裁判所に訴えるかどうかはそちらで判断してください。」
それだけ言った後、学校に退学願いを出して今にいたる。
学校を辞めたことで父親からは勘当されてしまった。
行くところはないが、構わなかった。
あんな学校、行かない方がマシだ。
その時、
「おい、乗れ。」
目の前に止まった黒いクラウン。
和也はなんとなくだが、そこに自分の居場所があると
感じた。
彼は黒いドアを開け、車に乗り込んだ。
・・・・
「あんた、名前は?」
50代に見える男。着ている服は自衛隊の制服だろうか。
「そんなものはどうでもいいだろう?それより見せてもらった。
彼女、かわいそうだったな。」
「かわいそうで済まされるかよ・・・・。」
「彼女を助けたいか?」
「助けられるのか!?意識が戻る確率は2%だぞ!?」
「私の知り合いにアメリカで脳医学の研究をしている者がいてな。やつなら治せるかもしれん。」
「いくらだ!?いくらかかる!?」
一筋の希望に飛び付く和也。男はまったく表情を変えずに
言った。
「手術に2億。入院費や薬代など、すべて合わせて3億は
下るまい。」
「3億・・・・。」
あまりに高すぎる金額。
それでも諦めきれない。七美を取り戻せるならなんでも
する。
~鬼にだって、悪魔にだって、魂を売ってやる~
(見ててくれ、七美。必ずお前を取り戻す!)
覚悟を決めた和也に男は冷ややかな笑みで答えるのだった。