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海の防人~2022 日中開戦~  作者: 呉提督
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明日への一撃

注意、この話はあまり気分の

よくなるものではありません。

嫌な方、ご気分を害された方は

ただちにブラウザバックをお願いします。


なんでこの世界は、こんなにも矛盾だらけ

なんだろうか


核兵器によってもたらされる平和。

平和ためだと繰り返される戦争。

正義の名の下に振るわれる暴力。

大切な人を守ることは、誰かのかけがえのない人を

奪うことなんだと、ようやく気がついた。



自分の人生は辛く、苦しいことの

連続だった。

でも、そんな中にかすかな幸せがあって、

それを命綱に生きてきた。


その命綱も切れてしまった時、

自分にはなにも残らなかった。


ただ深い絶望と、己の無力を思い知った。


自分は逃げなかった。

たったふたりだけど、未来ある女の子を救えた。

こんなどうしようもない自分でも

誰かを助けてあげられる。

初めて生きててよかったと思えた。




「発令所、士官寝室浸水!」


「原子炉は大丈夫か!?」


『こちら機関長、原子炉異常なし!』


『艦長!こちら魚雷発射管室、

魚雷発射管8門すべて浸水!使用不能!!』



たいほうの傷は思ったより深刻だった。

機関に異常はないものの、

魚雷発射管はすべてが浸水し、魚雷の発射は

不可能。

まだ広東は海上におり、一刻も早い攻撃が必要だった。



「艦長、ここは一旦下がりましょう。

戦闘を行える状態ではありません。」


福田の進言も一理ある。

だが、和也にはここで引き下がれない理由があった。


「ここで退却すれば、中国はこれまで以上に

対潜警戒を強化するだろう。そうなれば

広東は撃沈できない。この紛争の終結が

困難になる。」



一同を重い沈黙が支配した。

原子炉の騒々しい音だけが艦内に響き渡る。


下を向いたまま、和也が呟いた。


「かくなる上は、体当たりしかあるまい。」


それがなにを意味するのか、たいほうの

幕僚たちは全員理解していた。



すなわち、特攻(カミカゼ)―――



誰も口を開かなくなった。

和也も福田もただ押し黙るしかない。

いくら命をかけた訓練をしていようと、

それは、統率の外道にして十死零生、

作戦とは言えない行為なのだから。




「私は構いませんよ」



その場にいた全員が一斉に声の主を見た。

福田だった。


「剣城艦長。

私は幼い頃に両親を無くし、姉とふたりで暮らしてきました。

中学生のある日、ささいなことがきっかけで

私はクラスのリーダー格に目をつけられ、いじめを受けました。

姉はそんな私を庇って、複数の男に暴行され、

寝たきりになりました。


姉は私を責めることはなかった。

それが余計に苦しかった。

この世界に、自分の居場所なんてあるわけないと思っていました。

だから、SSからスカウトが来た時、喜んで

付いていきました。


姉へのせめてもの贖罪としてお金を残し、

消えようと。


そんな私に、少しですが生きる希望をくれたのは、

剣城艦長、貴方です。

私はこの艦で副長をやれたこと、貴方の下で

働けたことを誇りに思います。


艦長、地獄の果てまでお供します。」




「私も副長と同じです。

艦長は私に生きることの楽しさを

教えてくれました。

この艦にいる間は嫌なことを忘れられた。

すべて艦長のおかげです。

私が死んで悲しむ人間はいません。


艦長、地獄でもまた悪さしましょうね。」



水雷長の初瀬はそう言って

ニヤリと笑った。

だが、その目からは、滴がわずかだが、こぼれ落ちている。


『私も艦長について生きます!』


『私もです。死ぬならたいほうで!』


ソナー長の立石、機関長の石井、

艦内から次々と同意の声があがる。



世の中に裏切られ、絶望し、

狂気に駆られた青年たち。

しかし、同じ境遇にあった青年たちは

次第にお互いを理解しあい、そして

お互いの居場所をつくっていた。



「馬鹿野郎…日本なんて滅んじまえば

いいんじゃなかったのかよ…」


「悔しい思いや惨めな思いをしているのは

自分だけじゃない。

同じような思いを抱えて頑張っている人もいる。

日本も捨てたもんじゃないですよ」



和也は福田のその言葉に同意し、

小さく頷いた。


そして、初めて笑顔を見せた。



「みんな、みんな、ありがとう。」



制服の内ポケットから写真を取り出す。

咲と、出撃前に撮った写真だ。

インスタントカメラだから画質はよくないが、

それでも構わなかった。




(彼女が幸せなら、それでいい。

それが俺の生きる理由だから…)



心の中で、彼女に別れを告げた。

溢れ出る涙と想いを拭いさるように、

和也は大声で命じた。


「機関バッテリーに切り替え!

最大戦速へ増速!これより本艦は敵空母に

体当たりを試みる!」



たいほうがぐんぐん増速する。

中国艦はまだたいほうの正確な位置を探知できて

いない。先程の爆発で海中がかき回されているからだ。


「衝突まで2分!」


死が刻一刻とせまってくる。

恐怖はなかった。


「衝突まで、1分!」


潜望鏡を覗く。

広東が慌てて回避運動に入っているのが見える。

護衛艦の対潜ロケットは明後日の方角に飛んでいく。




「衝突まで、10秒!」



これから先、未来の日本が平和なら。

子供たちが俺たちのような思いをせず、

笑顔で過ごしてくれたら…


それ以上、望むものなどなにもない。







刹那、広東の左舷中央部に

猛烈な火炎が上がった。

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