王手
2022年 4月25日 07:00
上陸作戦から一夜。
与那国では依然自衛隊と中国軍のにらみ合いが
続いている。
中国はこの与那国で時間稼ぎを行い、その隙に
尖閣を実効支配する算段だ。
現に魚釣島の要塞化は進んでおり、
仮説ヘリポートに加えて地対艦ミサイルまで
配備され、容易には近づけない状態となっていた。
外務大臣が北京で中国外交部と交渉を
続けているものの、進展はない。
日本国民だけでなく、海外の多くのメディアも
この2国の戦闘の行方を固唾を飲んで見守っていた。
「広東を撃沈しよう」
その一言でたいほう発令所が凍りついた。
「本気ですか?艦長」
「当然だ。」
それがどれだけ無謀なことかは和也が
一番よく理解している。
広東以下中国北洋艦隊が展開する尖閣諸島周辺は
水深が300mしかない。
潜水艦などすぐに発見され、対潜ヘリと
広東を護衛する6隻の駆逐艦から対潜ロケットを
雨あられのように浴びることになる。
だが、それでも和也は譲らなかった。
「しなのの搭載機数は広東のそれに大きく劣る。
今は防衛に専念しているのと、パイロットの腕が
カバーしているが、広東を撃沈できる余裕はない。
那覇基地の空自も同様だ。
こうしている間にも尖閣の実効支配はどんどん既成事実化
していく。この戦闘を終わらせるには
敵の王将、空母広東の撃沈以外に方法はない。
そしてそれができるのは我がたいほうだけなのだ。」
発令所を支配する重い沈黙。
「わかりました。やりましょう。」
沈黙を破ったのは福田だった。
「中国の対潜ミサイルなど、かすりも
しませんよ」
そんなはずがないことは彼自身わかっている。
中国の対潜能力は年々向上しているのだ。
彼もまた、副長として、乗組員の士気を高めようとした。
航海長も頷く。
針路は決まった。
「機関始動!針路320!本艦はこれより
北西に移動し、北洋艦隊に決戦を挑む!」
和也の声が艦全体を震え立たせ、
深海にはたいほうの猛々しいエンジン音
が響いた。