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2022年 4月18日
東京の郊外にある小さな喫茶店。
店内はそれなりの広さがあるものの、
近隣住民しか知らないようなマイナーな店だ。
平日の昼間という時間帯も相まって、
客は年配の夫婦ふたりだけ。
和也が入店して5分後、約束の時間5分前に
ひとりの男がやってきて和也の横に座った。
訓練所で共に過ごしたSS1期生、武藤だった。
彼は高校生の時に両親を事故で亡くし、当時中学生だった
妹と親戚の家に預けられた。
しかし、ふたりのことを快く思わなかった親戚は
彼の妹を法外な金額で裏社会とも取引がある
風俗に引き渡したという。
その妹を取り戻すためSSに入った。
「マスター、ブラックを。」
マスターが店の奥に消えると、武藤と和也は
ひそひそと会話を始める。
「ここのところ、中国の動きが怪しいのは
知っているな?」
「ああ。」
「俺はSS司令本部の命で旅順や大連で北洋艦隊の動向を探っていたのだが・・・・」
辺りを一瞬見渡し、武藤は和也へ写真数枚を滑らせる。
「航海演習をしていた空母広東、駆逐艦昆明、長沙、南京が
集結し、ミサイルや燃料を積み込んでる。
数日のうちに仕掛けてくる可能性が高い。」
和也の頬がわずかに緊張した。
「今中国では軍部の暴走が止まらなくてな。
軍備拡張を狙う軍上層部と経済を再生したい
党指導部の路線が一致しないそうだ。
陸軍は地方の富裕層とズブズブ。
富裕層の気に入らない人間を暗殺する見返りに
たんまり金をもらって軍拡を続けている。
空軍は表向きは陸軍に従っているが、予算を
奪い取る陸軍によい感情は抱いていない。
そして海軍だ。
中国において海軍は常に陸空軍よりも下に見られてきた。
だからここ数年の海軍は陸空軍と真っ向から対立し、
艦艇の大量建造計画を推し進めている。
その先頭にいるのが北洋艦隊だ。」
「つまり、中国軍は一枚岩ではないと?」
「そういうことだ。
特に対日戦を想定して創設された北洋艦隊は
日本を倒す機会を今か今かとうかがっていた。
日本の海上戦力が潰れればアジアに中国に対抗できる
海上戦力はなくなる。
やつらが好き勝手できるってわけさ。」
今なら横須賀の第7艦隊もいない。
第7艦隊は現在インド洋に展開している。
さらに自衛隊唯一の空母しなのもドック入りしている。
中国からしてみれば絶好の機会にちがいない。
「そうか。わかった。」
「それじゃあ、俺はこれで。」
武藤が千円札を置いて席を立った。
和也は最後に聞きたいことがあった。
「お前、次は?」
「与那国だ。中国が上陸してきた時のスパイをやる。」
彼もまた、契約を果たし、妹を助けるために危険な任務に
赴こうとしている。
「武藤、死ぬなよ。」
「お前もな。」
それはお互いが送れる精一杯の激励だった。