思い出
まぶしい春の日差しを受けて
咲は目を開けた。
和也は既に朝食を食べていた。
このベットがひとり用であることからして、
おそらく椅子で寝たのだろう。
「ふぁ~。お早うございます。」
「起きたか。朝飯はサンドイッチでいいか?」
「はい。」
もう一度部屋を見渡す。
殺風景な部屋の片隅に一枚の写真があることに気がついた。
和也と思われる青年と髪の長い女の子が
部活のユニフォームを着て、笑顔でピースしている。
「あの、この写真・・・・。」
「俺の唯一の思い出だ。」
忘れもしない。高2のテニス秋季大会。
他校の強豪を撃ち破り、学校としても、
彼自身としても初優勝を飾った。
自分ひとりの力ではない。
応援してくれた同級生や七美のおかげだった。
同級生たちは今なにをしているのだろう。
皆大学で夢を追いかけているだろうか。
本当なら七美も同じように夢を追いかけている
はずだったのに。
「彼女さん、ですか?」
「違う。」
しばしの沈黙。
しかし、その後の彼女の発言は和也の予想を
越えたものだった。
「なにかあったんですか、彼女。
不謹慎かもしれませんが、亡くなってしまった、とか・・・・」
「なぜそう思った?」
「いえ、ただ、『違う』って言ったときの貴方の顔が
一瞬曇って見えたので・・・・」
舐めていた。
女子高生の勘を完全にバカにしていた。
予想外の鋭い指摘。
こうなった以上、しょうがない。
和也は彼女にすべてを話すことを決めた。
・・・・
東京に向かう新幹線の中で和也は憂鬱していた。
咲に七美の身に起こったすべてを伝えた。
母子家庭で貧しかったこと。
父親がいないこと。
中学に入るときに福島から転校してきたことで
学校でいじめを受けたこと。
貧しい家に迷惑をかけたくないと、必死に勉強して
特待生になり、授業料が免除されるよう努力していたこと。
空いた時間でバイトや家事をして家計を支えていたこと。
そして、どんな時も明るく、部活も一生懸命やっていたこと。
最後に、階段から突き落とされて、植物状態に
なってしまったことを・・・・。
彼女は絶句していた。
「酷い・・・・。酷すぎます!
福島の人たちだって好きでああなったわけじゃないのに、
そんなことって・・・・。
第一、何年も前のことじゃないですか!?」
彼女は本当に純粋だし、正しい。
でもそれで生きていけるほど世の中は
甘くない。
和也はそれを痛感していた。
彼女にもいつかわかるときがくるだろう。
いや、個人的に言えば、わかってほしくない。
彼女にはいつまでも純粋なままでいてほしい。
「もし、誰かがいじめを止めていれば。
もし、教師が把握していれば。
もし、俺が気づいてやれていたら。
あんなことにはならなかった。
俺は知った。自分の未熟さを。
この国の腐った部分を。
俺はもうこの国を信用していない。
信用できるのは自分と、共に地獄の訓練を乗り越えた
同志だけだ。」
そう言い残して自分は家を出た。
あの話が彼女の目にはどう写っただろうか。
そんなことを考えているうちに新幹線は
東京に着いた。