原潜たいほう
あれから2年。
謎の男に連れられてきた場所は小笠原諸島にある
無人島。
自衛隊の敷地になっているようだった。
そこには自分と同じような境遇にある青年が50~60人ほど
集められていた。
親を亡くした者、病気の妹を助けたい者、親に虐待された者、
中には幼馴染を守るために殺人に手を染めた者までいた。
全員が狂気に満ちた目をしていた。もちろん和也も。
「整列!敬礼!!」
教官が現れた。用意された台に登り、辺りを見渡す。直射日光の当たる校庭で60人の青年が
一斉に敬礼する。
「よく聞け。貴様らにはこれから一流エージェントになるための
地獄のような訓練を受けてもらう!
貴様らの大切な人間の命は我々の手にあることを忘れるな!
やる気のない者、だらしない者は海に容赦なく沈める!」
誰も動揺する者はいなかった。
全員が狂気に満ちた目で教官の方を向いている。
「そこの貴様、番号!!」
突然教官が和也を指差した。
「43番。」
「よし、43番。貴様には隊長を命じる!この60人をまとめる
リーダーをやるように!」
別に口答えするつもりはなかったのだが、気になったので
和也は口を開いて質問した。
「恐れながら質問があります。」
「なんだ!言え!」
「なぜ私なのでしょうか?」
教官が台から降りて和也に向かってきた。
そのまま彼の目を見据えて言った。
「貴様の目が一番狂気に満ちているからだ。」
それが地獄の幕開けだった。
・・・・
2年が経過した。
毎日5時半に起床。朝食の後、すぐに兵器の勉強。
昼食はなし。
午後からは島をランニングしたり、泳がされたりの
トレーニング。
終わったら自分達で風呂や部屋を掃除して入浴し、
夕食。
休みは週1回のみ。
コンビニも映画館もない島でやれることなどあるわけが
なかった。
時間も厳格に定められており、1秒でも遅れたら鉄拳制裁が
待っていた。
そんな地獄を乗り越えての卒業である。
「お前達、ここまでよく頑張った。
だが、これが本当のスタートだ。
与えられた任務を果たせ!以上!」
出席者は教官5人のみ。
祝辞も主任教官の一言のみ。
総理大臣まで出席する防衛大学校の卒業式と比べると
あまりに寂しい。
でもそんな愚痴を漏らす人間は一人としていなかった。
ただ与えられた環境で任務を果たすのみなのだ。
「敬礼!」
60人が一糸乱れぬ敬礼をして式は終わった。
・・・・
式の後、和也を含む10人が指導室に呼ばれた。
ここはこの2年間、毎日教官の怒号が聞こえてくる
通称『デスルーム』。
そんな部屋も今日で見納めかと思うとなぜか名残惜しかった。
そして教官から驚きの言葉が発せられる。
「貴様らを集めたのはほかでもない。
貴様らには海上自衛隊初の原子力潜水艦たいほう
の乗務員になってもらう!」