世界一幸せな火と煙
ちいさな、家が在ります。
女の子がいます。
男の子がいました。
赤ん坊がいました。
お母さんがいました。
お父さんはいませんでした。
女の子は学校に行きます。
男の子は学校に行こうとしません。
赤ん坊は寝ています。
お母さんも寝ています。
お父さんはいませんでした。
女の子は遊びに行きます。
男の子は誘われても返事をしません。
赤ん坊はまだ、寝ています。
お母さんは、家でお留守番します。
お父さんはいませんでした。
夜です。
女の子は台所にいます。
男の子はソファの上に寝転がっています。
赤ん坊は寝ているでしょう。
お母さんは床で寝転がっています。
女の子以外、誰も働こうとしません。
でも、女の子は愚痴も言わずに黙々と働いています。
本当に、頑張り屋な女の子です。
お父さんはいませんでした。
女の子はお庭に出ます。
お父さんはいませんでした。
女の子は彼女たちの、今では彼女の、いえ、誰のモノでもない、ちいさな家に石油をかけました。
女の子はマッチに火をつけます。
お母さんは窓の内側からぼんやりと彼女を見つめます。
お母さんは何で怒らないんだろうかと、女の子は少し考えます。
答えなんて知っています。分かっていることを考えるのはちょっと苦痛です。
苦しいのは嫌なのに。だから、こうしたのに。それなのに苦しいなんて・・・。
赤はすぐに見えなくなりました。
男の子も、赤ん坊も、お母さんも。
白いのだって、どこかにいって消えました。
お父さんも消えました。でも、と女の子は思います。私があの人を消さなくちゃ。
出てくるのは黒だけです。
黒い煙、黒い瞳、黒い髪。それでも、赤いワンピース。はじめは確かに白だったのに。
女の子は忘れました。
弟の名前。妹の顔。お母さんの手料理の味。
でも、覚えています。
爽快感。罪悪感。彼女の使命。
女の子は今日という日に、今日では無い名前を名付けます。
火と煙がユラユラ昇ります。
だから今日は“幸せな火”です。
いえ、“幸せになる日”です。
女の子は、もう、歩き始めていました。