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Samsara~愛の輪廻~Ⅴ  作者: 二条順子
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07.幼馴染との再会

「お客さん、この辺りはあんたみたいな日本人はあまり寄りつかないほうが

いいですぜ」

ヒスパニック系のタクシーの運転手はミラー越しに客に忠告した。

外に目を遣ると昼間だというのに路上にたむろする若い黒人の姿が目立つ。


純一は来月の個展会場となるギャラリーの下見にボストンに来ていた。

打ち合わせが早く終わったため、帰郷した際に母の幸子からもらっていた住所に

戸倉直美を尋ねることにした。彼女とはプロビンス・タウンの、あの安アパート

での苦い別れからずっと音信不通になっている。

幸子の話によると、日本に帰国した直美は一年ほど東京で暮らし再び渡米した。

暫く西海岸を転々とした後、またボストンに舞い戻っているという。

親元には住所が変わるたびに短い手紙が届くようだが、どんな暮らしをしている

のか詳細はわからないらしい。日本で幸せに暮らしているとばかり思っていた

幼馴染の現況が気にかかった。


住所の番地の前でタクシーを降りると、目の前に二階建ての古ぼけたアパートが

あった。路地で黒人やラテン系の子供たちが泥んこになってボール遊びに興じて

いる。二階の部屋から一人の女が出てきた。顔の造りは東洋人だが、髪型、化粧

服装は黒人風のものだった。じっと見つめる純一に気づくと女はそばに駆け

寄って来た。

「純ちゃん!?」

「直美?…」

「やっぱり純ちゃんやの。いやあ、なつかしいわぁ~ あれから三年、ううん、

もう四年になるよね」

「うん…」

「パリに行ってたんやろ? 最後に会った時、仁科のおばちゃん自慢して

はったわ。いつこっちに戻って来たん?」

「三ヶ月ほど前。先月、里帰りして、こっちにいるって聞いたんや」

「そう、それで尋ねて来てくれたん… あたしも半年前にカリフォルニアから

流れて来た。やっぱりこっちの水の方が性に合うみたい」

直美はバッグからバージニア・スリムを取り出し口に銜えた。

指や手首に安っぽいジュエリーをつけ、爪には派手なネール・アートをして

いる。

「部屋に上がって、って言いたいとこやけど、彼、夜の仕事してるからまだ

寝てるんよ」

「カレシ、できたんか?」

「うん、年下の…」

直美は照れたような笑みを浮かべた。

「サンディエゴで知り合ったん。ネイビーにいる時、横須賀にいたから片言

やけど日本語もちょっとできるんよ。純ちゃんの方は?… 

あっ、結婚したんやね」

純一の左手の薬指に目をやった。

両親に入籍の報告をした時から莉江とペアの指輪をはめている。


「うん、まあ…」

「まさか、ブロンド、ブルーアイズのフランス人やったりして??」

からかうように純一の顔を覗きこんだ。

「正真正銘の日本人や」

「そう、きっと純ちゃん好みの綺麗な人なんやろなぁ… 子供は?」

「来年、六月に…」

純一の口元が綻ぶ。

「うわぁ、純ちゃんが一児のパパになるなんて、信じられへんわ。けど、

よかった、幸せそうで…」

「……」

「めぐみさん、亡くなったんやてね……」

「誰に、聞いたん?」

直美が彼女の死を知っているのは意外だった。


「この前うちの店で偶然、健介さん、めぐみさんのダンナさんに会ったの。

あたし、今ここで働いてるんよ」

バッグから店の名刺を取り出した。

「店のママと古くからの知り合いらしいわ。せっかく歩けるようになって、

エリート医師に戻ったのに、なんか凄く淋しそうやった…」


有賀健介の彫りの深い端正な顔立ちが純一の脳裏を掠めた。

彼に対して身を焦がすような嫉妬と羨望を抱いたあの頃が、今は遠い昔の

ような気がする。



* * * * * * * 



「残念だけど胎児は助からなかったわ。母体も衰弱が激しいから二、三日は

入院になりそうね」

処置室から出てきた産科医は淡々とした口調で言った。

「彼女、二週間前に初診でここに来ているそうなの。ナースがその時のカルテ

にあった緊急連絡先に今コンタクトを取ってるから、すぐに家族が現れるでしょ」

健介にそう告げると中年の女医は慌ただしくその場を去った。


病室に運ばれてきた莉江はまだ麻酔から醒めず眠っていた。

顔は青ざめ、時おり長い睫が不安げに揺れる。

初めてめぐみと逢った日も、ERから廻されて来た彼女の寝顔をこんな風にじっと

みつめていた。あの頃のめぐみとそっくりの莉江との遭遇に健介は何か不思議な

運命を感じた。


「やっと彼女のご主人との連絡が取れて、今こっちに向かっているそうです。

ボストン市内からなのでちょっと時間がかかるかもしれませんけど」

若いナースは早口に言うと手際よく点滴のパックを取り換えた。

点滴に記された患者名『Rie Serizawa』を何気なく目にした健介は、

一瞬はっとなった。そして、財布の中に無造作に押し込んだジョージの名刺を

取り出した。画商、芹澤譲司となっている。偶然なのか・・・

だが、芹澤という苗字は決してありふれた名前ではない。マリエから聞かされて

いたジョージの話を頭の中で整理した。そして、あの夜、店の前に停めまれていた

黒いポルシェと、さっきの車は・・・


(ううっ…)

莉江が微かに目を開けた。

「大丈夫? 痛みはない?」

健介の問いかけに頷くと、『あ、か、ちゃ、ん…』と唇を動かした。

「可哀想だけど… 赤ちゃん、助からなかった」

躊躇いながらも真実を告げた。


莉江は悲しそうに眼を閉じるとシーツで顔を覆った。






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