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Samsara~愛の輪廻~Ⅴ  作者: 二条順子
31/61

31.少女との再会

元町商店街をぶらついた莉江はホテルへ戻る途中、マリンタワーのそばにある

『横浜人形の家』に立ち寄った。

若い女性や子供連れで賑わう館内を見学していると、いきなり小さな女の子が

彼女の前に駆け寄って来た。


(おねえちゃま! やっぱり、おねえちゃまだった!)

女の子は息を弾ませ小さな手を動かした。

(あなたは、あの時の… たしか、ミキちゃん?!)

莉江の問いかけに嬉しそうに大きく頷いた。

チェスナッツ・ヒルの公園で父親とはぐれ泣きべそをかいていた女の子だった。

(おねえちゃま、あの時はどうもありがとう。心配しないで、きょうは迷子じゃ

ないよ。おばあちゃまといっしょなの)

おしゃまな美希は背後に佇む初老の女性を指差した。

彼女の顔を見た瞬間はっと息を呑んだ。

「また、お会いできましたわね」

驚いている莉江に木戸雅子はにこやかに言った。


(美希、あなたの言ったとおりだったわね。今回は完全にパパの負けね)

(ねぇ、言ったでしょ!)

ふたりは何やら楽しそうに手話を交わしている。

「あら、ごめんなさい。実はね、美希が京都駅のホームで新幹線の中から

ボストンで親切にしていただいた 〝おねえちゃま” の姿を見かけたと

言い張ってきかなかったの。でも、まさか、その女性があなただったとは、

わたくしも本当に驚きましたわ」

雅子は孫との会話の内容を説明した。


(パパがもうすぐお迎えに来てお食事をするの。おねえちゃまもいっしょに

いいでしょ? おねが~い!)

美希は小さな手を合わせ祈るような恰好をした。

(ねえ、おばあちゃまからも、おねがいして!)

困惑した表情を浮かべる莉江に、美希は祖母に助けを求めた。

「莉江さん、もしよろしければ、ぜひそうして下さらないかしら?

崇之、美希の父親もきっと、あの時のお礼ができて喜ぶと思いますのよ。

五時にニュー・グランドのロビーに来ることになっていますから…」

孫を援護射撃するように莉江を誘った。

(でも… せっかくのご家族だけの夕食に…)

健介からは恩師の家で夕食を済ませるというメールがあった。が、やはり

食事の招待には躊躇った。

「そんな遠慮ならご無用よ。芹澤と木戸の家は親戚同士、あなたはわたくしたち

の家族も同然ですもの」

雅子は温かい微笑みを投げかけた。


(それじゃあ… お言葉に甘えて、ご一緒させていただきます)

雅子が口にした家族という言葉になぜか心が動かされた。

同じ障害を持つ少女と父の従妹との偶然の再会、そしてその二人と血の繋がりが

あることに何か不思議なえにしを感じたせいかもしれない。

(やったあー! ありがとう、おねえちゃま。パパきっとびっくりするわ!)

美希は大喜びで莉江に抱きついた。

母親に甘えるようにぴったりと寄り添い展示会場の人形を見て回る美希の姿、

これまで見せたことのないような零れんばかりの孫娘の笑顔に、雅子の胸に

熱いものがこみ上げてきた。



* * * * * * *   



(このままだと約束の時間に間に合わないかもしれないな…)

神戸から帰京する母と娘を迎えに行くため葉山の家を出た崇之の車は、

横横道路の事故渋滞に巻き込まれていた。


美希にアニメキャラクターの特別展を見せるため、雅子は横浜で途中下車

した。母は孫娘を溺愛している。それに応えるように美希もまた雅子に良く

懐き、娘に愛情を示せない実母よりも祖母のほうを慕っている。

それは、かつての自分と祖母美貴との関係にどこか似ている。自らもピアノを

愛し、崇之の音楽に理解のあった優しい性格の祖母が母よりも好きだった。

生まれて来る子供が女の子だと判った時から名前は美貴に決めていた。

欧米では父母や祖父母の名前を付けるのは珍しい事ではないが、日本では

その習慣がない。出生届を提出する際、区役所の職員にその事を指摘された。

だが、美貴の名に拘った崇之は漢字を一字換えることを思いついた。

窓口で咄嗟に頭に浮かんだのはやはり、『希』だった。

これまで母親とはいろんな確執があった。だが、『美希』と命名した孫に深い

愛情を示してくれる母に今では感謝している。

芹澤冬梧の存在を知って以来、母に対して固く閉ざしていた心が開き、わだかまりが

春の雪解けのように徐々に溶き解れてゆくのを崇之は感じていた。


「お母さん、ひどい渋滞でまだ三十分くらいかかりそうなんです。

すみませんが、タクシーで直接レストランの方へ向かってくれませんか?」

「分かったわ。わたくしたちの事は心配しないで、あまり遅くなるよう

だったら先にはじめてますから。じゃ、慌てずにくれぐれも安全運転でね!」

母の携帯に電話を入れると、いつになく弾んだ声が返って来た。

予約を入れたレストランは桜木町のホテルの最上階にある。

雅子が贔屓にしている店で、窓の外にベイブリッジやコスモワールドの

大観覧車が見える美希のお気に入りの場所でもある。



(パパ、おそーい!)

予約の時間より少し遅れて着くと、父親の到着を待ちわびていた美希が

個室の前で手招きをした。

(ごめん、ごめん、お腹すいちゃったか?)

(ううん、パパに早く見せたいものがあるの!)

(なんだあ? あ、分かった! さてはまた、おばあちゃまにおねだりして

キティーちゃんのお人形、買ってもらったな」

(ちがう、そうじゃないの。早く中に入って!)

美希はニコニコしながら父親の腕を引っ張った。


「崇之さん、美希の言ってたことは正しかったわ。今回はどうやら、

あなたの負けのようね…」

莉江の顔を見て呆然と立ち尽くす息子に向かって悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「こちら、ボストンで美希を助けて下さった芹澤莉江さん。莉江さんはね… 

驚かないでよ、六麓荘の莉津伯母さまのお孫さんなの。そう、わたくしたち

親戚関係にあるのよ。なんとも不思議なご縁でしょ?」

「……」

母の言葉が一瞬、信じられなかった。

亜希と瓜二つの容姿を持つ聾唖の女と母の初恋の相手の娘は同一人物だった。


雅子に紹介された芹澤莉江は、はにかむような微笑を浮かべ崇之に会釈した。

その綺麗な笑顔はまさしく、忘れえぬかつての恋人、成瀬亜希のものだった。






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