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Samsara~愛の輪廻~Ⅴ  作者: 二条順子
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10.毒牙(3)

「よう、ケン!」

マリエの店に着くと、先に来ていた藤森がボックス席から手を挙げた。

「嬉しいねえ、おまえの方から会いたいだなんて。昔の事を根に持って俺を

避けているとばかり思ってた」

上機嫌でグラスにブランデーを注いだ。

「別に避けてるつもりはないが、あの時の事を忘れたわけじゃない」

健介は相手の顔を見据えるように言った。

「二十年以上も前のガキの頃の話だぜ。もうとっくに時効だろ。そう堅い

こと言わずに、乾杯しようぜ」

「俺の中ではまだ時効は成立していない。貸した借りきっちり返してもらわ

ないとな」

藤森の差し出したグラスを掌で覆った。


「先生は、いったい何がお望みなのかな?」

子供のおねだりを聞くように健介の顔を伺った。

「金か? 開業資金が要るんなら、相談に乗ってもいいぜ」

「あいにく、俺はそんなもんには興味はない。しがない勤務医のままで充分

満足してるんでね」

薄笑いを浮かべグラスの酒を飲みほした。

「それじゃ、いったい何がほしいんだ!?」

それまでの笑顔が消え藤森は鋭い眼光を放った。


「おまえの女がほしい」

「はあ?」

拍子抜けしたように大声で笑いだした。

「やっぱりおまえにも分かるか? 確かに明美はハリウッド女優並みにイイ躰

してる、ビバリーヒルズの整形医に散々つぎ込んで俺好みの女に変えたからな。

あの瞬間なんか顔に似合わず、ヒーヒー、ハーハーまるで盛りのついた雌猫

みたいにカワイイ呻き声を出しやがる…」

「声を出す女に興味はない!」

得意げにペラペラと喋る藤森を鋭く遮った。

「俺がほしいのは、声を出さないほうだ」

「……」

「美しい聾唖の娘と結婚したそうだな」

「どうして知ってる?」

藤森は一瞬怯んだ。

「少しばかり調べさせてもらった。俺も、あの瞬間に声を出さない女を

抱いてみたい」

健介は平然と言ってのけた。

「おまえも、とんだ変態ドクターだな… いいだろ、但しこれっきりだぜ。

なんせアイツは俺の大事なワイフなもんでね」

藤森は卑猥な笑みを浮かべ懐からホテルのルーム・キーのカードを取り出し

健介の前に差し出した。

「それじゃ、お言葉に甘えて朝までたっぷりと楽しませてもらうぜ」

勝ち力士が懸賞金を受け取るように手刀を切る仕草をすると、おもむろに

ルーム・キーを受け取った。

健介は外に出るとタクシーに飛び乗り藤森の滞在するホテルへと向かった。




莉江は目を閉じベッドの上にぐったりと横たわっていた。

そっと肩に手を遣ると、身を屈め怯えるように小刻みに震えだした。

頬は赤紫に腫れ上がり切れた唇から血が滲んでいる。酷く殴られた痕跡が

身体中のいたることろに生々しく残っていた。

(くそっ! アイツは人間じゃない…)

まるでレイプの被害者のような痛々しい姿に健介は思わず目を背けたくなった。


「莉江さん…」

莉江の身体を優しく抱き起した。

健介がそばにいることが理解できず彼女は驚きと困惑の表情を見せる。

「もう大丈夫だから。さあ、純一君のところへ帰ろう」

莉江は拒否するように激しく首を左右に動かした。

「藤森のことなら何も心配いらないから」

莉江の身体を抱かえるように非常階段を降り、下に待たせたあったタクシー

に乗り込んだ。



* * * * * * * 



「ママ、夕べはほんまにすいませんでした」

「いいさ、そんなに気にしなくても。けど、いくら若いからって、あんな

無茶な飲み方は良くないよ」

「はい…」

直美の横で純一は神妙な顔つきで頭を下げた。


「純ちゃん、ほら、あそこ…」

直美はセーターの袖を引っ張った。

奥のボックスから大きな拍手と歓声が上がっている。厳つい感じの男たちと

ホステスを侍らせた藤森が上機嫌でカラオケのマイクを握っていた。


「これはこれは奇遇ですね、仁科画伯」

藤森は慇懃に会釈した。

「莉江に会わせてほしい。彼女、いったいどこにいるんだ?」

純一は詰め寄った。

「言葉遣いには気をつけたほうがいいですよ。それじゃあまるで、私が

無理やり連れ去って匿っているように聞こえるじゃないですか…」

藤森は煙草を銜え傍らの女に火をつけさせた。

「たのむ、一目でいいから彼女に会わせてくれないか?」

「執こい男だなあ、莉江は自分の意思で俺のところへ戻って来た。おまえには

二度と会いたくないと言ってる。下てに出りゃ付けあがりやがって!

俺が本気になれば、おまえなんかひとたまりもない。いい加減に諦めろ!」

態度を一変させ藤森は凄みを利かせた。

「俺のあとをつけるような姑息な真似をしても無駄だぞ。莉江はな、今夜は

俺の代わりに昔のダチがたっぷり可愛がってくれることになってる」

不敵な笑みを浮かべ煙草の煙を純一の顔に吐きかけた。

「貴様っ!!」

純一は藤森に飛びかかり胸ぐらを掴もうとした。

「おい、外でたっぷり思い知らせてやれっ!」

藤森は顎をしゃくって男たちに命令した。




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