7 担任のラム姉
ラム先生が先に行ってしまって、追いかけるように教室へと到着した俺は、教室に入った途端にオーマにネクタイをつかまれた。
さっきから、ネクタイつかまれてばっかだな・・・
「おい、イサ。俺はコーヒーを買ってこいとは言ったが、あの人を連れてこいとは言ってないぜ?」
「うん、知ってる。」
「じゃあなんで…」
とオーマが言った瞬間に、オーマの肩がガクリと下がった。
そして背が低くなった彼の後ろから、ぴょこっと顔を出したのはラム先生だ。
「わたし~イサくんに買われましたぁ~。」
「はい!?いや、先生何言って・・・」
「せんせーお腹いたいですー」と授業中に手を挙げる生徒のように、すごいことをサラリと言った。しかも担任が。
うん、マジですげぇことを・・・。
・・・マツカと目が合う。
・・・何か、すごく怖い顔してるなぁ!
「うん、いやマツカさん?顔が怖いですよ?あのね、買ってないからね?人身売買が違法なのは俺、知ってるからね?うん、いやだからって別に違法じゃなければ女性を買うようなこともしませんけどね?うん。そんな怖い顔しないで?」
「イサ。」
「うん?何?マツカさん?」
「この先生、しゃべり方とかすごく私にかぶるんですよぉ!?」
はいーーー!?そこーー!?いや、もはやどこーー!?
「うっうん、まあたしかにちょっと思ったけどさ。でも、ほら先生が勝手に来ただけで、別に俺は連れてきた訳じゃなくてな?だからほら、うん、俺は悪くないんだぞ?」
「イサァ!!」
「はいぃ!?」
今度は俺の肩が後ろからガシリとつかまれた。誰かの顎が俺の頭蓋骨をグリグリと押している。・・・うん、いてぇ!
よく見ると、顔の横に上から垂れてきたシーテの長い金色の髪がゆらゆらと揺れている。
「イサァ!!」
「何だよシーテ!?いてぇ・・・」
「あいつに何かされたのか・・・?」
「何かって?」
「誘惑的な何かに決まっているだろう!」
「誘惑的な何か!?ねぇよ、ないない。ネクタイつかまれたぐらい。」
「ネクタイを?・・・つかまれた・・・?」
「シーテ?どうした?うぉいてぇ!!」
何故かまた、顎で頭蓋骨をグリグリとされた。
「イサァァァァァ!!」
「はい!!何!!」
今度は後ろからオーマが俺の名前を叫んできた。
一体何なんだよ。
「イサァァァァァ!!」
「だから何だよ!!オーマ!!」
シーテが力を緩めたところで、後ろを向くと、オーマがコーヒーゼリーを持ってわなわなと震えていた。
「どうした?」
「俺は!コーヒーを買ってこいとは言ったが、コーヒーゼリーを買ってこいとは言ってない!!」
そうだっけか?まあ、
「コーヒー味には変わりねぇじゃねえか。」
「何で喉が渇いているのにゼリーを食べるんだよ!おかしいだろ!?買い直してこい!!」
「やだよ。自分で行ってこい。」
「おかしいだろ!!」
オーマが胸ぐらをつかんで泣き出す。
「コーヒー・・・」
うわぁ、かわいくねぇ。泣いてるくせに他人の胸ぐらつかんでるし、泣いてる内容はアイスとかじゃなくてコーヒーだし。全然かわいくねぇ。
「あんなぁ、オーマ。俺はそんなのには騙されないから。」
「イサ。」
今度はシキが後ろから話しかけてきた。
「ん?」
「さっきの話なんだが・・・」
「ちょっと待って!?それ、この中で一番大事なやつだろ!?後でちゃんと聞かせてくれ!」
「うっうん。」
とりあえず・・・
「一旦!!全員落ち着け!!!!」
シン・・・と俺が怒鳴ったらあっという間に静かになった。
ふぅ~、逆に気まずいなぁ~。
「ねぇ、さっきから私のこと抜きでずっとみんなが楽しそうに話してるぅ~。久しぶりに来たのに~。」
「そうですよ。先生なんですよね?何で毎日来ないんですか?」
「イサく~ん。先生イサくんのこと好きぃ。」
この人も人の話全然聞かねぇな~・・・はぁ。
「先生?俺の質問に答えて下さい。」
「ん?」
ん?じゃなくて。・・・もぅ。
「何で毎日来ないんですか?このクラスの担任なんですよね?」
「??何で毎日来なきゃいけないの?」
「はい!?」
何だって!?何で?毎日来なきゃいけないの・・・?むしろ何でそんなこと言えるんだ!?
いやいやまてまて、いくら変なクラスの担任だからって別にそんな変な人になりきろうとしなくてもいいんじゃねえかな。うん。
「それに先生、お店のこともあるし。」
「それはそうかもですけど。だってこんなクラスなら他のクラスよりも見張っとけみたいのないんですか?」
「どゆこと?」
「担任ってある意味で見張りじゃないですか。」
「うん、先生もそう思う。」
「ってことは、クラスごとに担任の先生が置かれるのは、そこのクラスを見てろってことですよね?」
「うん、そうだね。まぁだから、担任の先生のいる場所がある意味で、それぞれのクラスのテリトリーみたいな感じだよね~。」
「はい。」
「それで~?」
「はい?」
「ん?」
「いや、だから先生が今おっしゃったじゃないですか。」
「んん?」
「先生のいる場所がある意味で、クラスのテリトリーだって。つまり、それが担任の先生が教室に毎日来なきゃいけない理由ですよね?」
「えっでもさ、担任の先生がいる場所でしょ?他の先生はそれがたまたま教室なだけじゃない?」
「はい?」
「だから、Wクラスのテリトリーは、先生のいる店まで入るってことじゃない?」
「はい?」
「うん!」
いやいや、うん!って何!?俺何言われてんだか全然分かんないぞ!?途中までは会話が成立してた。うんしてた。一体どこからだ!?どこから、私がルールだ!的な話になった!?
「先生、明日からちゃんと来てください。」
「お店は?」
「バイトいないんですか?」
「・・・いないもん。」
「あっ、何かすみません。」
「もう、分かった!」
「はい。」
「先生明日から来るね!」
「おぉ、よろしくお願いします。」
「じゃあ、よろしくね、イサくん!」
「はい、明日からよろしくお願いします。」
「いや、今から。」
「??はあ。」
「じゃあ早速!」
何を早速始めるんだろう?
まあでも明日からちゃんと来るって言ってくれたし、いいか。
「じゃあイサくん。」
「はい。」
「はいお茶。シーテはラムネあるから。よ~し!みんなで乾杯しよ~。」
「何で?」
そう聞いたのはシキ。
「イサくんの入学を祝って。」
「なら、乾杯する。」
「私もですよぉ~。」
「私もするぞ!」
とマツカとシーテもオレンジジュースとラムネを掲げる。
「おっ俺も乾杯したいけどよぉ・・・コーヒーゼリー・・・」
シーテが吹き出す。
「あぁ面白い。まぁまぁ、いいじゃないかオーマ。後で私のラムネ、あげるから。」
「ありがとう、シーテ。うん!もういいや!」
オーマがコーヒーゼリーを手に持つ。
「んじゃあ!イサの入学を祝いまして!乾杯!!」
と、オーマがコーヒーゼリーを勢い良く掲げると、
「かんぱーい!!」
と、他のメンバーもそれぞれの飲み物を掲げてそのままグイッと一口目を飲んだ。オーマだけは一口食べた、だが。
「おい、イサ。」
「ん?」
俺が二口目のお茶を口に含んだ瞬間、シキが俺を呼んだ。
シキに続いて他の三人もこちらを向く。
「それ、あの人から渡されてないよな?」
ゴクリ。
二口目を飲み込んでからシキの顔を見る。
「ん?あの人って?」
「・・・ラム先生。」
と、シキが言った瞬間に視界が霞んだ。
・・・あれ?
「先生が渡しました~。」
足がふらつくぞ??
すると、フラフラとしている俺の肩を、誰かが優しく支える。
徐々に周りの音が遠くなってくる。
なんだ?俺、どうしたんだ?
「イサァァァァァ!!」
みんなが叫んでる・・・
「イサくん、先生のお茶、おいしかったぁ?」
先生のその言葉を最後に、俺の全ての音と視界がシャットダウンした・・・