桃色の砂糖
見渡す限り人、人、人。
去年よりも人が増えてるんじゃないのかと思う程だ。
横に立つ俺の肩ほどの背丈の彼女は、瞳をキラキラとさせて辺りを見回していた。
その姿を見て去年までの妹を思い出させる。
先日彼女に夏祭りに行かないかと誘われた時に、もうそんな時期だったのかと思った。
それと同時に今年は「お兄ちゃん!お祭り行こう!!」という元気が有り余った声を、聞いていなかったことを思い出させた。
妹は祭りのことなぞ忘れているかのように、リビングのソファーの上で雑誌を広げていた。
暑さにやられたのかぐったりとソファーの上に寝転ぶ姿は、ハッキリ言ってだらしがない。
そのことを注意すればんー、だのあーい、だの気のない返事が返ってきた。
溜息を押し殺して時計を見つめながら「今年の夏祭りはどうするんだ」と聞くと、雑誌のめくる音が途絶えた。
目を向けると眉間にシワを寄せて何かを考え込む姿。
苦虫を噛み潰したような表情で「いい」と答えた妹は、何故か珍しく元気がなかった。
本格的に暑さにやられて夏バテでも起こしているのだろうか。
「あぁ、その代わり帰りに綿飴と林檎飴買って来てね」
えへへ、といつもの笑顔を見せたソイツの頭を軽く撫でてやる。
毎年しつこいぐらいに祭りに誘ってきたのにな、と屋台を眺めながら考えていると隣の彼女が「あっ」と声を出した。
「綺麗…」
ほぅ、と口から漏れた感嘆の吐息。
彼女の視線の先には綿飴の屋台がある。
そこには色とりどりの綿飴が並べられていた。
「何色がいいんだ?」
妹のもまとめて買って行こうと思い財布を取り出すと、彼女が目を丸くした。
だが次の瞬間にはふわっと笑い「あっちのピンクがいいです」と言う。
その嬉しそうな顔を見てつい俺も笑ってしまう。
桃色の綿飴を買って彼女に渡せば子供のように喜ぶ彼女。
去年の祭りで「色付きの綿飴なんて邪道だよ」と眉間にシワを寄せていた妹とは大違いだ。
一瞬色付きのを買って行こうとしたが、普通の白い綿飴を買い、赤いリボンのネコがプリントされた袋に入れてもらう。
「食べないんですか?」
彼女が俺の持つ綿飴の袋を指さす。
俺は甘いものが苦手だしこんな砂糖の塊を食べることのが珍しい。
勿論そんなことは言わずに「妹の分だから」と言うのだが。
その答えを聞いて彼女は大きく頷く。
「優しいお兄ちゃんでいいですね」
そうだろうか、と首を傾げる俺を彼女はクスクスと笑った。
溜息混じりに赤くなった頬を隠すよう横を向きながら、彼女の頬をつまめば「何するんですかー」と抗議の声を上げる。
視界の端で頬を桃色に染める彼女と、同じく桃色の綿飴は胸焼けを起こしそうなくらい甘ったるい雰囲気を出していた。