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一.男 male 「プロローグ、夢」


 七月のある日、倉田優介は夢を見た。

 優介は学校にいた。いつもの、自分のクラスにいたが、他の生徒たちがいたかどうかは、良く覚えていなかった。覚えているのは、黒板の前に担任の先生がいて、チョークを持っている。

 窓の外は灰色の雲が空を覆っていて、薄暗い。日が暮れたからか、雨雲なのか、優介には分からない。

目を戻すと、先生の手には、チョークの代わりに銀色の光が見えた。それがきらりと光り、めがねの奥で先生が笑っている。優介は反射的に「逃げなきゃ」と思い、急いで教室を飛び出す。

優介は走る。教室を遠く離れ、理科室や音楽室のある、別の棟へ逃げ込む。一階から四階まで、階段を駆け続ける。先生に見つからないように。

 踊り場で、クラスメイトに会う。窓外の淡い光に、笑顔が浮かび上がる。曇った外と正反対に明るい彼は、不思議そうにカラカラと笑って尋ねる。「何してるの?」優介は急ぐ気持ちを静め、ハラハラしながら説明する。「先生に狙われている」彼は益々カラカラと笑う。「なにそれ」真っ暗な廊下の向こうに先生が見えた気がして、優介は言い訳を止め、再び逃げ始める。行く先々で、クラスメイトや昔の友人に会うが、誰も優介には手を貸そうとせずに、優介は一人で先生から逃げ続けなければならない。全速力で階段を昇って、降りる。その行動がいつまで続くのか分からず、優介はへとへとに疲れるが、逃げなければならない。

 気が付くと、外はもう夜になっていて、優介は生暖かいその空気の中にいる。古い漫画とかに出てくるような、屋根の無い消防車が道路を走ってくる。消防車には銀色の防火服を着たクラスメイトや昔の友人たちが乗っていて、談笑している。その中に水野健太郎がいて、消防車が優介の前を通ったとき、彼に話し掛けてきた。

 内容は覚えていない。


 きらきら眩しい緑色。春は綺麗だけど好きじゃない。何故かって、ようやく手にした良い居心地が変化してしまうから。

倉田優介はこの四月に中学校へ入学した。優介の小学校に通っていた生徒のほとんどが進学する、普通の市立中学だった。今はそうでもないものの、昔は少し荒れていたらしい。小学校に較べ広大なグラウンドと体育館は大きな通りに面しているが、正門は細い通りに入ったところにある。おかげで外から眺めることはできても、なんだか気軽に入りづらい雰囲気があって、優介は中学校や中学生についてはよそよそしく、そしてどこか恐ろしい印象を持っていた。

 でも入学してみると、大したことは無かった。小学校と同じだった。上級生の存在も、また六年生から四年生に戻ったようなものだった。元々一年生の半分は、同じ小学校から繰上げだったので、クラスにも直ぐに慣れた。友達もすぐに出来た。今思い出しても、優介は何故その頃の自分がそんな適応力を持っていたのか不思議でならない。驚いたことと言えば、小学校と較べて給食の量の多さだった。

そうそう、ブレザーの制服にも、どきどきした。


 前に言ったように、新一年生の半分は優介の学校の生徒、残りの半分は駅前の学校の生徒、更に残りは他の学校からの幾人か、そして二人の転校生がいた。転校生のうちの一人が水野健太郎。優介の中学に入って最初の友達だった。


 四月の最初の頃。視聴覚教室は電気を消され、薄暗かった。長机とパイプ椅子が並び、スクリーンには何かが映し出されていた。だが、それが何だったのか優介は覚えていないし、そのとき彼がノートにいたずら描きをしていたことをかんがえると、やっぱり優介にはどうでも良いものだったのだろう。

「なに書いてんの。」

 暗がりの中の隣のパイプ椅子から話し掛けられ、優介はぎょっとした。そして反射的に、さっとノートを傾け隠すようにしてしまった。無意識のうちに描いてしまう落書きを正直見られたくなかった。

 スクリーンの明滅する灯りが、てらてらと二人の横顔を照らしていた。部屋は黒色と白色になっていた。彼は興味津々といった感じだった。遠慮する様子もなく優介のノートを覗き込んできた。ぎょろりと眼の大きく、したたかそうだが可愛くもある、背の低い男の子だった。優介はちょっと困ってしまい、長めの髪を手で梳きながら作り笑いを浮かべて何事か言った。ノートを見た大きな眼の彼は眉をひそめると、動きを止めた。

「・・・蝶?」

「蛾だ!」

 思わず言い返してしまってから、優介は後悔した。馬鹿・・・。

 だが彼は気にした様子はなく、「ああ、蛾。」と言うと優介の右手から鉛筆(優介はシャープペンシルではなく、あえて鉛筆を使っていた。)を取り、サラサラと優介の絵の隣に別の蛾の絵を描いた。そして言った。

「モスラ。」

 ヒヒヒヒヒッ、自分で言った途端、押し殺した品の無い笑い声を上げて優介を見た。短い髪に愛嬌のある大きな目はじっと彼を見つめた。綺麗な顔に似合わず笑い方が豪快な男だ。優介も灰色の教室の向こうにいる先生の目をちらと気にしつつ、にやにやと笑い返した。

 彼が、水野健太郎。


 水野健太郎は北海道から越してきたと話した。そりゃまた随分と遠くだね、優介は言った。

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