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家来、初仕事

 大悟は小早川邸のゲストルームの一つに無事引っ越しを終えた。

 勤務初日のこの日、咲希は家庭教師でもある中条の授業を受けていた。もうすぐ期末テストだそうで、夕飯時を過ぎてもなかなか終わる気配を見せない。

 メイドさんに「先に夕食を召し上がりますか?」と訊ねられたが、初日から『ご主人様』を差し置いてというのも気が引ける大悟だった。

 小早川邸観光も一通り済ませてしまった大悟は自室に戻り、パソコンを起動した。太い専用線でも引いてあるのか、アパートにいたときよりもずっと快適にネットゲームが動いた。

 初日から遊んでていいのかよと自分に問いながらも、他にすることが無かったのだから仕方がない。料理洗濯掃除その他雑用まで、プロの使用人達が完璧にこなしているので、大悟が買って出るような仕事など残っていなかったのだ。

 引っ越し疲れが出たのか、大悟の頭がコックリコックリと船をこぐ。

「おっと、いけね」

 ブルブルと首を振って眠気を追い払う。咲希が眠るときに眠らないといけないのだから、眠気は大事にとっておかなければならない。それが大悟の唯一の仕事なのだから。

 ネットゲームの中では『ギルド戦』と呼ばれるチーム対チームの戦争が始まろうとしていた。多くのユーザーが定刻に集まり、一斉に戦うのである。この日は、かねてからのライバルギルドと戦うことになっていたから、マウスを握る手にも武者震いが走った。大悟はギルドの中でも幹部クラスで、重要な戦力なのだ。

 二十一時開始までのカウントダウンが始まる。相手ギルドの一人が姿を消す術を使ってこちらの陣に入りこんでいる。あまり歓迎される戦法ではないのだが、禁止もされていない。大悟は開始と同時にそいつを狙おうとカーソルを合わせた。

 三・二・一・開始。キャラクターを強化する補助魔法などの仕度が一斉に始まる。案の定、隠れていた一人が暴れまわる。レベルの低い仲間達が倒され、一気に形勢不利になった。

「こんにゃろ、今やってやるからな」

 すばしっこい敵にカーソルを合わせようと苦戦していると、携帯が鳴った。

「おいおい、こんなときに誰だよ?」

 片手で携帯を開いて確認すると中条の名があった。とっさにモニターの電源を切って電話に出る大悟。

「お嬢様が、うたた寝をなさっています。すぐにあなたも眠ってください」

「は、はい。了解しました」

 うたた寝にまで付き合わされるのかよと苦笑しつつも、初仕事に気分がたかぶってくる。アパートで使っていたものとは天と地ほどもの差があるフカフカのベッドに横になった。

 さっきまで大悟も居眠りしそうだったくせに、どうにも眠くならない。ギルド戦の興奮や初仕事に対する気負いなどから目がさえてしまったようだ。羊を数えてみても、いつの間にか「ギルド戦負けてるだろうな~」とか考えてしまって、『仕事』に集中できない。

 そこへ、ドアの開く気配があった。眠れないで目を閉じていた大悟は些細な物音にも敏感に反応した。思わず目を開くと中条と目が合った。

「眠れませんか?」

 穏やかな笑顔を浮かべるハンサムな顔。なんでも完璧にこなしそうな執事と自分を比べて、一層申し訳ない気分になる。

「す、すみません、なんだか急には」

「慣れないことですし、仕方がありませんね。では、起きてください」

 初日だから、うたた寝ぐらいは大目に見てくれるのかなと上体を起こした瞬間、

「御免!」

 静かながらも鋭い一言と共に、中条の拳が大悟のみぞおちを抉った。大悟は白目をむいてベッドに沈む。中条はそのまま大悟の手首を取り、自らの腕時計と照らし合わせて脈を測った。

「問題ありませんね。では、良い夢を」

 中条はモニターの電源を入れ、とどめを刺される寸前だった大悟のキャラクターを操る。眉一つ動かさずに相手ギルド員を着々と片付けていく。圧倒的不利だった戦を逆転勝利で終了するや否や、

「ごめん、仕事入ったから落ちるわ~」

 と、大悟っぽいセリフを残してゲームを終了したのだった。

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