家来、大いに戦う 9
「唯依、もう少しだから頑張りなさい。一人で寝たらバクに襲われるわよ」
帰りついてシャワーを済ませると、もう花火大会の時間が迫っていた。どうしても行きたいと楽しみにしていた唯依が一番眠そうにしている。ソファでコックリコックリ始めた唯依を寝せないためにも、一行は大蛇大社を目指した。
十分ほど登って下っての道のりを歩いていくと、神社らしき建物が見えてきた。歴史のある神社とは違い、まだ新築っぽさが残る建物で、あちこちに金細工が施されていた。都会に立っていたら金泥棒にあっという間に削られていたかもしれない。開け放たれた門をくぐると、白装束の男がプレハブ小屋から出てきた。門番をしているらしい。
「神代さんのご招待で来たんですが」
「……あんたらみたいな若いのが巫女様の知り合いだってか? まあ、今日は一般開放してるから、好きに入るとええ」
男はさっさとプレハブ小屋に戻り、一行はだだっ広い敷地を進んでいった。地面が土の、まるで学校の校庭のような場所だった。そこを突っ切って歩くと大きな神社にたどりついた。賽銭箱があって、なんとなく大悟がポケットから小銭を出して参拝すると、女達も続いた。
「これこれ、あんたらどっから来なさった? 龍神様には八回礼して八回柏手だろうに」
どこからか現れた爺さんに従い、一行はやり直しをさせられた。
「違う違う、おなごは柏手なぞ打たんでええ」
注文の多い神様だなと面倒になってきたあたりで、聞き覚えのある声がした。
「よく来たな。彼等は私の客人だ。案内してやってくれ」
神代はそう言ったきりどこかへ行ってしまったが、爺さんが手のひらを返したように丁重な態度をとった。
「こちらへどうぞ」
小高い丘を登ってついていくと、赤い毛氈を敷いた縁台に野点傘のセットがいくつか並んでいた。時代劇でご隠居様やうっかりした家来が団子を頬ばるシーンでおなじみのあれだ。それぞれに豪華な重箱が並べられていて、その重箱を挟んで一人ずつ座るように指示された。大悟、重箱、咲希、唯依、重箱、美夜という並び順になった。美夜の隣には甚平姿の若い男が座っていた。
「おぉ、すげえ美人じゃねえか。よく見ればそっちのお嬢ちゃんたちも」
「巫女様のお客人ですぞ」
言われると、チャラチャラした男は「おお、おっかねえ」と、あちらを向き、重箱を開けてつまみだした。盃に手酌して、グイグイと飲んでいる。
「ささ、あなた方もご遠慮なく」
爺さんが重箱の蓋を開き、箸やら盃やらをセットする。大悟と美夜の手元に盃が置かれ、爺さんはそばに立っていた女中らしき人に「お嬢さん達にジュースでも」と、声をかけた。大悟は「俺もまだ十九なので」と、言ってみたが、
「御神酒じゃ御神酒じゃ」
と、爺さんは一献注いでいってしまった。
「あら、美味しいわ」
舌の肥えたお嬢様を唸らせる味。宗教施設だからといって精進料理ではなく、豪華和風懐石といった感じの料理だった。ローストビーフやら刺身やらもあったから、大悟も退屈しない献立だった。
大悟は注がれてしまった盃をちびりと傾けてみる。少し悪戯して飲んだことはあるが、大人が見ている前で飲むのは初めての経験だった。そんな大悟でも飲みやすいと感じる日本酒は、喉ごしがいいのに芳醇で、米からできているのにフルーティといわれるようなものだった。
「ふむふむ、酒って美味いんだな」
「酔いつぶれたら置いて帰るからね」
見知らぬ施設で遠慮がちではあったが、それでもワイワイと食事していると、小さな女の子が丘を登ってきた。小学校低学年ぐらいだろうか、大人達と同じような白装束を着ている。遠巻きに大悟と咲希のいる辺りを見て、指を咥えていた。
「どうした? こっちきて食べるか?」
大悟が手招きすると女の子は嬉しそうにかけてきて、大悟の膝にちょこんと座った。大悟は左腕で女の子を支え、右手で盃を傾ける。咲希は楽しそうに女の子のリクエストに応え「あーんして」と、食べさせていた。
「おねえちゃんは、お名前なんていうのかな~?」
咲希がいつもより高い声で訊ねた。ちびっ子や小動物に話しかけるとき特有のあれだ。
「あたし、葵」
「あら、素敵なお名前ね。わたしは咲希、こっちのお兄ちゃんは大悟よ。ところで、葵ちゃんのパパやママは一緒じゃないのかしら?」
葵はシュンと暗い顔になる。美夜の向こうで飲んでいた男が代わりに答えた。
「そいつに親はいねえよ。いつの間にかこの施設のどこかで生まれた孤児だ」
いたたまれなくなった咲希は次々に料理を勧めた。大悟はガブリと盃をあおった。
「お、いたいた、お客人に迷惑かけたらだめでねえか。おや、おめえまだ『二つめ』のガキんちょのくせして……これは反省房さ入らねえばねえな」
大悟達を案内してきた爺さんだった。葵の手を引いて大悟から引き剥がそうとする。
「反省房ってなんだよ?」
大悟は爺さんをジロリとにらんだ。だいぶ酔いが回っているような顔だ。
「いえ、この子はまだ位の低い修行者でしてな、肉や魚、嗜好品の類は厳禁なんですわ」
客に気遣ったのか、にこやかな表情になった爺さんだが、なおも葵を連れていこうとする。
「俺は葵と花火が見たい。葵が美味い美味いってごちそうを食べる顔を見ていたい」
爺さんはチッと舌を鳴らして戻っていった。
「あんた、ちょっと飲みすぎじゃないの? ほら、あとはもうジュースにしなさい」
大悟は盃にオレンジジュースを注いで飲んだ。少し、わけが分からなくなっているようだった。
「お、始まるぞ」
特等席からは、遠くで職人達が準備している姿までよく見えた。放送が開始を告げ、花火の名前など解説しながら花火大会が始まったのだった。
腹に響く大きな音に葵は縮こまったが、
「ほら、綺麗だから見てごらん」
と、大悟が言うと空を見上げて目を輝かせた。
「た~まや~!」
大悟が叫んだのを見て不思議そうに見つめる葵だったが、咲希が叫んで見せると一緒になって叫びだした。たまや、かぎやと叫びながら、ケラケラと笑う無邪気な少女。いつの間にか唯依と美夜もそばにきて、賑やかな掛け声が続いた。
花火が小休止になると、神代がそばにいるのに気付いた。
「楽しんでいるようだな」
「はい、おかげさまで。すっかりご馳走になってしまって……」
美夜が代表して大人のやりとりをしていると、葵は怖ず怖ずと神代に歩み寄った。
「巫女様……あたし、我慢出来なくて、ご馳走を分けていただきました。ごめんなさい」
神代は葵の頭に手を置いて、穏やかな笑顔を浮かべた。
「よいのだ。そなたのような小さきものには修行などまだ早い。いつも言うておるのに、年寄りどもの頭のかたいことときたら」
大悟は、ふいに思い詰めたような顔をして神代を見る。
「この子を、守ってやってくれ! あんた偉いんだろ? 他のやつらにいじめられないように、真っ当な大人に育つように……」
神代は小首を傾げていたが、
「案ずるな。この子は龍神様より授かった子だ」
と、よく分からない返答をした。
「すみません、こいつ酔ってるんです」
咲希がフォローに入ったが、大悟は「へーきへーき」と、また盃に注ぐ。
「あんた、花火のどさくさに紛れてまだ飲んでたのね?」
咲希は大悟が盃を空けるのを見届けて、ペシっと右手を叩いて盃を取り上げた。
「咲希ちゃんはケチだなぁ。祭のときぐらい、いいじゃんか~」
大悟は咲希の太ももをさすりながら、盃を取ろうともがいていた。
「やめなさいよ、恥ずかしい」
美夜が盃を遠ざけてしまうと、大悟は咲希の膝枕に頭を預けていびきをかいた。
「ちょっと、一人で寝ると危ないわよ?」
咲希が揺り動かしてみても大悟は眠り続けた。うなされるようなことがあったらかけて起こそうと、手元にウーロン茶のボトルを引き寄せた。
「じきにクライマックスの大スターマインと、龍神花火が始まるぞ」
神代は似合わないカタカナ語を残し、葵の手を引いて戻っていくのだった。
放送がかかって、大スターマインが始まった。パラパラという小さな花火から始まって、次第に盛り上がっていく。大輪の花火が折り重なるようになってくると、広い敷地をぐるり取り囲むように、一直線の仕掛け花火が駆け抜けた。永遠に続くのではないかと錯覚するほどの連発が続き、仕掛け花火は八つに枝分かれした。空を焦がした花火が止むと、職人達がいた敷地中央に教壇のロゴにもなっている龍の顔が浮き上がった。仕掛け花火から枝分かれして、八つの頭を持つ巨龍。八岐大蛇を象った(かたどった)ものらしい。
丘の向こうから「龍神様ご光臨! 万歳!」と、掛け声が上がった。
「……ど、ドラゴンだ……逃げろ! 唯依、逃げろ!」
大悟が妙なうわごとを言い始めて、咲希はウーロン茶をかけた。気付けば唯依も縁台に横たわっていた。咲希は大悟に往復ビンタをはり続け、美夜は唯依を揺すって起こした。
「いてててて……頭いて~」
大悟は起きるなり草むらに走っていってオエーっとやった。唯依は起きるなり美夜にしがみついてプルプル震えていた。
「なんか、凄いのがいました。頭が八つあって真っ黒なドラゴンみたいなやつ」
甚平の男が立ち上がり、唯依に声をかけた。
「真っ先に龍神様に会ったとは、めでてえじゃねえか。さてと、俺は寝るぞ」
男が行ってしまうと、辺りには誰もいなくなった。唯依が「そこにドラゴンがいたんです」と気味悪いことを言いだして、女達は大悟を引きずりながら、そそくさと退散するのであった。




