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家来、大いに戦う 8

 海水浴を想定していなかったことから、海辺の街で水着を求めるところから始まった。『ファッション中嶋』という古めかしい店に入ると、白髪交じりの髪と無精ひげをぼさぼさにした、店主らしき男が一人で店番していた。いらっしゃいませの一言もないまま、店主はポータブルテレビを眺めていた。

「あら、意外と可愛いのがあるじゃない」

 こんな田舎のパッとしない店にしては、という意味にも聞こえたが、店主は一向に振り向きもしなかった。

「でも、サイズが大きいのばかりです。おじさん、もうちょっと……バストが小さめのって無いんですか?」

 店主は「そこにあるものだけだよ」と、面倒くさそうにつぶやいた。

「唯依はスクール水着持ってきてただろ?」

 唯依はムーっと唸って悔しがる。

「……こうなったらトップレスでも」

「まあな、案外目立たないかもしれないし」

「ひどいです、昨夜は大事そうに触ってくれたくせに……」

 咲希が無言で二人にゲンコツをはって、唯依はしぶしぶ、店先に吊された浮き輪やビーチボールのコーナーを物色し始めた。海に近い店だから、ついでにこの手の商品も置いているのだろう。

 咲希と美夜は目星をつけて試着を済ませ、大悟も海パンを選んで会計に向かった。唯依はカラフルな水玉模様の浮き輪を手にしていた。

「カードは……使えないみたいね。おいくらかしら?」

 商品にはことごとく値札がついていなかったのだ。

「……ちょっと、聞いてるの?」

 心持ち大きな声を出した咲希に、店主はハーッとため息で応えた。

「金はいいから、さっさと出ていってくれないか……」

「そういうわけにもいかないでしょ? しっかりしなさいよ」

 店主は相変わらずテレビを見たまま、

「じゃあ千円均一でいいよ、そこに置いて、さっさと出ていってくれ」

 咲希はムッとした顔で三万円ほど置いた。きちんとした水着なら二着だけでもそれぐらいはするはずだった。

「そんないいものじゃねえよ。じゃあ一万な」

 咲希は面白くない顔で二万円引っこめる。

 残りの三人が財布を出して精算しようとすると、

「唯依のお宅にはご厄介になってるし、あなた達の分は福利厚生費っていうことで……」

 と、咲希。

 すると店主が声を荒げて言った。

「ごちゃごちゃやってねえで、さっさと帰れ」

 咲希が何か言い返しそうなのを見て、大悟が「ほっとけ」と、止めに入る。

「失礼な店ね。行きましょう」

 と、咲希は大悟に荷物を預けてさっさと出ていった。三人も慌てて後を追いかけたのだった。


 飲み物や昼食を買おうと入ったコンビニも似たような有り様で、賞味期限から一日過ぎた弁当を無償で押しつけられた。砂浜におりて取りあえず腹ごしらえとなったが、咲希と唯依はペットボトルのジュースをちびりちびり飲むばかりだった。

「これ、まだ生きてるよ。酸っぱくないし大丈夫だ」

 大悟が言っても信用しなかった二人だが、美夜がにおいと味を確かめて太鼓判を押すと、しぶしぶ開封して食べ始めた。

「それにしても、こんなにいいお天気なのに誰もいないわね」

 誰かが置き忘れたようなパラソルの下に座っていなければ、あっという間にこんがり焼けそうな日差しだった。それなのに、なんだか寒々しいぐらい人っ子一人いない。間違って遊泳禁止の場所に来たんじゃないかと確かめたくもなったが、海水浴場の看板もあるし、誰もいない海の家の更衣室で着替えを済ませてきたのだった。

「これだけ貸し切り状態だと、唯依がトップレスでも問題ないかもな」

「じゃあ、さっきのお店で何かビキニを買ってきましょうか。さすがに、『アンダーレス』は無理だし」

 咲希はエメラルドグリーンのビキニを、美夜は白地に赤い花柄のビキニにパレオを巻いた姿だった。咲希の真ん丸ながらに張りのある胸や、美夜のボリューム満点で柔らかそうな胸、細くくびれた腰からプリっと盛り上がるお尻、まぶしい太もも。唯依は、大悟の視線が二人の体をなめるように行ったり来たりしているのに気付いたらしい。一方の唯依は収縮色の黒のスクール水着で、なけなしの胸をさらに損しているし、自慢のロングヘアーもお団子に結い上げているから、『元気そうな女の子』にしか見えない。お姉さんな二人に差をつけられたと焦っているのだろう。

「どうせトップレスなら海パンでもいいんじゃないか?」

「え~。私も可愛い水着を着たいです~。でも、先輩がどうしてもそうしてほしいなら……」

 咲希がポツリと引き止める。

「なんかあの人病んでたみたい。関わらないほうがいいわ」

 唯依をからかって盛り上げようとした大悟だったが、またしばし波の音ばかりが繰り返された。

 大悟は唯依の浮き輪を膨らませてやって、頭からズボッと装着させた。

「おまえ、泳げないのか?」

「プールでは泳げるんですけど、昔、海で足をつっちゃって、凄く怖かったんですよ。でも、先輩が手をつないでてくれれば大丈夫だと思います!」

 やれやれ、と唯依の手をとって歩き出す大悟。

「唯依、待ちなさい。日焼け止め塗らないと」

 咲希に引き止められ、日焼け止めを塗られる唯依。これは時間がかかりそうだなと、大悟は一人で海に入った。海水は生ぬるいぐらいの温度だったが、かんかん照りの中では心地良い。筋肉を慣らすように緩やかな平泳ぎから開始して、クロールに移行し、極め付けに豪快なバタフライを披露した。海でバタフライかよという笑いを女達に提供しようと思ったのだった。美夜は狙いに気付いたのか、指をさして笑っている。唯依が歩き出して、そろそろ女達も泳ごうかという気配だった。

 アンコールに応えてもうしばらくバタフライをして顔を上げると、咲希が何やら慌てて浮き輪を抱え、砂浜を走っていくのが見えた。浮き輪を取られた唯依と、美夜も後を追っている。その方角を見てみると、誰かが溺れていた。

 大悟はフルスピードのクロールで急行する。近付いてみると、溺れているのは着衣のままの中年女性だった。大悟は抱きつかれないように背後から近寄ろうとした。しかし、女はどうやっても大悟のほうを向く。まさに、藁にもすがる思いなのだろう。そうこうするうちに、にわかライフセーバーは物凄い力で抱きつかれ、身動きが取れなくなった。

「落ち着け! 一旦離せ!」

 したたかに水を飲みながらも、なんとか動かせる左腕だけで水をかく。

「大悟、受け取って!」

 咲希が立ち泳ぎしながら浮き輪を放ってよこす。大悟は辛うじて浮き輪をかき寄せ、左肩からかぶった。浮力を得ていくらか落ち着いた大悟は、女のうなじ近くの襟をつかんで、なんとか呼吸を確保させ続ける。

「放してよ! あたしなんか……もう!」

 女が叫ぶ。どうやら志願して入ったらしいと気付いたが、放すわけにはいかない。咲希の到着を待って浮き輪を女にかぶせ、二人で曳航して浜に上がったのだった。

 少しふっくらとした四十代ぐらいの女だった。咳がおさまるのを待って事情を訊ねたが、「余計なことを……」と、呟くばかりだった。いくらか土地勘のある唯依が携帯で警察を呼んだ。大悟はとりあえず、と、流木など集めて焚き火をした。服が濡れたままでは寒いのだろう。女が震え続けていたのだ。

「……遅いわね」

 待てど暮らせどパトカーも救急車も来なかった。

「……この町はもう……死んでるのよ」

 意味深な言葉を聞いて、あれこれ訊ねる大悟だったが、女はまたしても無言を通した。

「あ、おまわりさんが来ましたよ」

 美夜が走っていって警官を引きつれてくる。

「ったく、面倒なことをしてくれたもんだ。この暑いのに調書を書かされる身にもなってみろってんだよ」

 非道な一言だったが、真っ先に文句を言いそうな咲希でさえ黙っていた。この町はたしかに何かおかしい。まともに相手をしたところでどうにもならないのは、すでに明白だった。

 警官と女はどちらが救助されたのか分からないぐらい、よろけた足取りでパトカーに向かった。

「いったい、何があったっていうんだ……」

「とにかく、この町を出ましょう」

 ――せっかく来たのにと唯依が残念がったので、隣町で見つけた市民プールに入って時間をつぶし、一行は別荘に戻ったのだった。

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